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波乱の大阪旅行 その六


 LINEに追加された草間くんは連絡をしてくることは無かった。別に何もされていないのに、いきなりブロックはさすがに酷いかなと思い、私も静観を決め込む。


 ホテルで十分過ぎる程お風呂に入ったので、歯磨きと洗顔だけ済ませて布団に入る。

 Tシャツにスラックス姿の俊ちゃんが獲物を見つけたように目尻を下げて笑いながら布団をめくる。

 そのまま触れるだけのキスを繰り返し、正面からきつく抱きしめられた。


「晶と一緒に家に居れるなんて、夢みたいや」

「それはこっちの台詞だよ。俊ちゃんと一緒で幸せ」


 身長差のせいで、必然的に彼の胸もとに顔が埋められる。暖かい体温と、規則正しい心臓のリズムを聞くのが好き。


「晶……」

「ん?」


 少しだけ身体を持ち上げられ、私は俊ちゃんの横から胸の上にうつ伏せで寝かされた。顔の高さが一緒になり、彼の精巧な顔立ちを見つめるだけで胸が高鳴る。


「ん……」


 瞳を伏せたまま唇を重ねていると、野生の獣はニヤリと笑う。さらに私のパジャマの前ボタンを外し、ブラジャーの上から胸を撫でていた。


「ちょっと、俊ちゃんっ! も〜……」

「晶が可愛いからつい……それにな、これ脱がせて下さいって言うてるようなもんや」


 可愛いパジャマが悪い、と真顔でそう言う。──勝手だなと思うが、求められる事は嬉しい。


 私みたいに何も魅力が無くても、神様は平等。こんな素敵な彼氏をくれるなんて。

 甘い空気をぶち壊す俊ちゃんの仕事用携帯がブーブーと音を立てる。彼は数ヶ月前から休暇申請をしているので、これが鳴るということは余程のことだ。

 大きなため息をついた俊ちゃんは、のろりと布団から出る。


「──もしもし?」


 明らかに機嫌の悪そうな態度。そんな姿を見て笑いを堪える。

 乱れた前ボタンを整えて、彼が電話を終えるのをじっと待つ。


「はい。はい──。分かりました」


 再び布団に戻ってきた俊ちゃんの表情は、どこか冴えない。


「仕事?」

「トラブルやて。明日取引先に謝りに行かんと」

「お仕事優先、そんなの当たり前じゃない」

「……すまん」


 しょんぼりしている彼を抱きしめて、ちゅっとキスをする。


「俊ちゃんは明日の予定変更、お仕事でしょ。そんなの当たり前。俊ちゃんがこうして、今だけ私の側に居てくれることが嬉しいよ」

「晶、お前はほんま……出来た女やなあ……」


 嬉しそうに目を細めた俊ちゃんが唇にかぶりついてきた。


「ちょ、ちょっと! 明日もお仕事なんだから今日は大人しく寝ましょ!?」


 荒ぶる狼さんは顔を引き剥がされたことで頰を膨らませていた。そんな少しだけ子供っぽい仕草に笑いながら、私は彼の着ているTシャツをたくし上げる。

 引き締まった胸板に唇を寄せて、少し長めにその皮膚を吸う。完成した小さな赤い痕を手のひらでそっと撫で、にこりと微笑む。


「──これで俊ちゃんに何かあっても大丈夫だね? 私のだってマーキングしたから」

「……お返し」


 ニヤリと微笑んだ俊ちゃんは、私のパジャマのボタンを2つだけ外す。


「い──」


 鎖骨の上に軽く歯を立て、その後は肌を吸いあげる。──絶対、つける気だと思いその頭を撫でる。


 満足した俊ちゃんが子供のように無邪気な笑顔で私の身体につけたキスマークを見つめていた。


「晶、明日はすまん」

「いいよ、明日は久しぶりに大阪観光でもしてくる。今は、スマホがあるから地図も便利だし」

「終わったら連絡する。待っててな」


 もう一度触れるだけのキスをして、互いに抱きあったまま眠りにつく。


────────


 仕事になった俊ちゃんと梅田で別れる。慣れない手つきでスマホの地図を見ながら、電車でプラプラ移動を決め込む。

 西心斎橋はできれば明日がいい。俊ちゃんと一緒に観に行きたいし1人であちこち出かけて、柄の悪い人にでも絡まれたら厄介だ。

 時間潰しにデパートでも回ろうと思い、お店を探す。──元々私はあまりお洒落なタイプではないし、俊ちゃんみたいに何でも似合うような服を持っていない。


(そうだ、明日俊ちゃんにコーディネートしてもらおうかな)


 ガラス張りのショーウィンドウに展示されている細身の肩出しのニットと、巻きスカートがふと視界に入る。

 スカートは好きなのだが、身長が微妙で服に悩む。周りの友人達は「丁度いいじゃん!」って言うけど、俊ちゃんと並んだら完全にチビだ。

 履く靴もとあるアーティストさんみたいにシークレットブーツとか履いた方が釣り合うのだろうか? でも、望んでもこれ以上伸びないし。

 あと5センチ身長があれば、マキシワンピも着たかった。今これを履くと子供が無理して着こなした感が酷い。それも、私の顔立ちが幼いせいもあるかも知れないけど。


「あのスカート、千里さんが似合いそう」


 身長の高い綺麗な先輩が展示品を着ている姿を想像する。私は自分が可愛い服を着るよりも、人が着ている姿を妄想する方が好きなのだ。


「誰が似合うって?」

「職場の先輩……って、うわあ!!」


 ついつい相槌を返してしまったが、声のする方に視線を向けると、そこにはスーツ姿の草間くんが立っていた。

 相変わらずニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべて、私の顔を覗きこんでいる。


「なんで、草間くんが此処に……!」

「いや、俺のホームやし」


 俊ちゃんが今日は仕事でここに居ない事を悟られたら色々厄介だ。


「俊ちゃんが待ってるから、じゃあ……」

「彼は今日仕事やろ? 嘘ついてもバレバレ。単純だなあ、晶は」

「う、うるさいわよっ! だからって、草間くんに関係無いでしょう?」


 つい顔を真っ赤にして反論してしまった。こんな場所にいつまでも居たくない。

 俊ちゃんに合鍵も借りてるし部屋に戻ろう。──そう思い踵を返した瞬間、強い力で手首を掴まれた。

 何で? と草間くんの手を見つめる。


「離して」

「嫌や。俺は、晶とやり直したい」


 昨日は俊ちゃんに怖い顔をされていたのに、草間くんは全く懲りてないらしい。

 いくら冷たく引き離しても、彼はお坊っちゃまで、私に振られた事を根に持っているのだ。


 ──今日俊ちゃんが仕事に駆り出されたのも、彼ではなくその後ろ盾によるものかも知れない。

 彼の背後には、あちこちの企業とリンクしている両親が実権を握っており、敵に回すとかなり厄介だ。


(関係ないかも知れないけど、俊ちゃんに迷惑をかけたくない)


 どう返答しようか悩んでいると、無言は肯定と理解した彼は唇の端を吊り上げて笑う。


「茶くらいはええやろ?」

「……お茶だけね」


 手を繋ごうとしてきたので、それだけはさり気なく振り払った。それでも彼は嫌な顔をしていなかったのでそこはほっとする。


 お茶だけ、お茶だけ──。


 俊ちゃんの仕事に迷惑はかけたくない。だから、我慢。

 しかし、彼の向かった先はお茶の飲めるところでは無いと言う事に、私はまだ気づいていなかった。

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