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波乱の大阪旅行 その三


 今まで1度もこんなに新幹線の旅が苦痛と感じた事なんてない。アナウンスが目的地を告げた瞬間、私はようやく安堵の息をつく。


 手前の座席に乗っている他の乗客たちが先にぞろぞろと出ていくのを見送り、いつもは感じない早くしてくれという黒い感情が渦巻く。


「──まだ入り口混んでるから、俺ら最後やな」

「はぁ〜……最悪」

「何で?」

「草間くんに、会いたく無かった」


 ホント、会いたく無かったよ……。


 世間って意外と狭い。出来ることならば暗い過去を振り返りたくない私。──でも、こうして会うと嫌でも思い出してしまう。

 それが嫌だから自分の気持ちが落ち着くまで彼氏なんかいらないって決めたのに。


 俊ちゃんに惹かれたのは、草間くんと少し似ていたというのもある。

 勿論、俊ちゃんの方がイケメン……って、顔じゃなくて、このふわって包み込んでくれる感じ。あとは2人共独占欲の塊ってトコはすごく似てる。

 草間くんはコンシェルジュなんて立派な仕事してて、この容姿。絶対モテるはずなのに、いつまで私の事思っててくれたんだろ。変なの……。


 人の波が無くなったところで草間くんは律儀に私のキャリーバックを取ってくれた。


「ありがとう」

「晶は、何処行くん?」

「彼氏と、駅出口待ち合わせしてるから、ここで」


 新幹線を降りた所で、私は草間くんから逃げるようにスマホを取り出して距離を取る。

 彼はこちらをじっと見つめていたが、もう此処まで来たら俊ちゃんが来てるはずだし大丈夫。


 すぐ電話に出た俊ちゃんに、これから出口に向かうと告げて電話を切る。

 時間的にも先にお昼かな。今回はホテルじゃないからチェックインまで時間潰ししなくてもいいし、荷物も持ったまま。

 しかも、初めての俊ちゃんのマンション。

 スマホで写真をもらったけど、実際に入るのは初めてだ。


「って、草間くん、何で私の方に来るの?」

「方向、同じやから」


 にこりと微笑む彼を邪険にも出来ず、私は小さなため息をついた。

 出口は同じだし仕方がないんだけど、草間くんと歩いていたら絶対俊ちゃん怒るよね。

 機嫌悪い俊ちゃん。怖そうなんだよな……普段でも身長20センチも差があるから見下ろされるとちょっとビクビクしちゃうのに。


「晶!」


 聞き慣れた声に、いつもは喜んで振り向くのだが、今日は笑えなかった。

 ギクシャクした変な動きで声のする方を見る。


 俊ちゃんは薄手のショールに黒のジャケットとカーキの薄手のセーターにちらりと見えるロング丈のカットソー。下はブラックスキニーパンツと同系色でまとめたバレエシューズを履いていた。


(ホント、二十代で通用しちゃう。歳よりも若く見えて、カッコいい)


 多分、ラフなセーター姿であっても一枚の絵みたいに整っている自慢の彼。私はモデルと会ったような少し蕩けた眼差しを向けていた。


「何、見惚れてんねん」

「いたっ!」


 デコピンされてようやく我に返る。私の着ている紺色のニットワンピースを見た俊ちゃんは、新色? と言って私の胸元を軽く引っ張る。

 あまり胸は無いけど、そうされるとブラジャーとか、色々見えるんですけどっ!!


「へぇ、晶の彼氏サン?」

「誰や、お前」


 えっと、なんか……こういうの、ハブとマングースだっけ?

 見えない火花散ってるし。何? この光景。


 俊ちゃんの眼力に全く動じない草間くんは業務用の笑みを浮かべながら、俊ちゃんに名刺を渡す。


「申し遅れました。私は、医療関係のコンシェルジュを行なっております、○株式会社、T支店の営業部所属の、草間慎吾と申します」

「今日は名刺持っとらん。化学研究所の薬剤・食品開発の第三チーム所属。辻谷俊介や」


 これはもらっておく、と名刺を受け取った俊ちゃんは、まじまじと草間くんを見つめていた。


「あんたは、何で此処に?」

「新幹線が一緒で、彼女の隣の席だったんです。この運命的な偶然に感謝ですね。辻谷さんは、晶とお付き合いは長いのですか?」

「晶〈さん〉や。今の一回だけは許したるけど、次は無いで」


 草間くんの言葉1つに、俊ちゃんの顔がかなり険しくなる。

 何で、楽しみにしていた旅行を、こんな過去の黒歴史で嫌な気持ちにされなきゃなんないの!


「俊ちゃん、行こう? 草間くん、お仕事頑張ってね、さようなら」


 私は俊ちゃんの手首を掴み、キャリーバックを引きずる。とにかくこの場から出たい──その一心で外に出る。


 東京とは違う、この空気。当たり前だが、3ヵ月ぶりの大阪は何も変わらない。

 勿論、平日であっても人が多い。それは多分、東京も一緒だろう。


 外に出られた事で、私は重苦しい空気から逃れたことの安堵から、長いため息をついた。


「晶、手首……」

「はっ! あっ! ご、ごめん! 俊ちゃんっ」

「いや〜まさか、晶がオレの手首引っ張って出口まで行くなんて。思わず抱きしめてキスしたくなったわ」


 それは勝利者の気分だったのか、私の態度に俊ちゃんは機嫌を良くしていた。しかし、それとは別に、元彼の登場はやはり気に入らないのだろう。


 私達はすぐに俊ちゃんの家に行く予定だったのだが、少し行き先を変えようと言う。


「昨日の続き、な──?」


 耳元に囁かれた甘い声。 

 それって、それって……!


 真っ赤になっている私の手からキャリーバックを奪い取る。


「ほな行くで?」


 陽気に話す俊ちゃんの向かう先は、ホテル街だった。

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