私と彼との出会い その一
(ここは異世界かっ!)
第一声の心の声はまさにそれ。
高桑晶、29歳。今いる異世界こと、『コスプレショップ』は私が人生初めて足を踏み入れた場所だ。
ここに来ることになった経緯を語ると長くなるのだが──。
──毎年恒例の病棟移動の季節。私らの外科病棟に移動してきたのは内科病棟のベテラン、佐藤千里さん。
千里さんは自分のことを「地味だ」と言う割にスタイル抜群で何よりも胸がでかい。あれに顔を埋めたら多分死ねる。
そして千里さんと一緒の勤務が増え、プライベートな会話をするうちに、彼女が私と同じ悩みを持っていることを知った。
「彼氏を喜ばせるにはどうしたらいい?」なんて、何とも可愛らしいことを聞いてきたから、私も一緒に男の人が喜びそうなところを探した。行き着いた結論がこのコスプレショップというわけだ。
……それに、彼氏を喜ばせる方法については私も聞きたかったから、千里さんとの会話はタメになる。
私の彼氏は辻谷俊介さん。化学研究所に勤めているバリバリ理系脳のイケメン。178センチの長身に、少しマットに染めた短い髪型は彼に良く似合う。
歳よりもかなり若く見えるし、楽しい事が大好きで、京都訛りの関西弁を話すそのトーンが大好き。
彼は元々大阪で働いているので、私とは遠距離恋愛真っ最中。
どうして東京で働く看護師の私が、関西のインテリイケメンと出会う事になったのか。それは──。
遡ること4年前。
私は当時付き合っていた彼氏に振られた傷心旅行で友人とUSJに行った。勿論、そんな楽しめる気分なんかじゃなかったけど、折角連れてきて貰ったので思い切り吹っ切ることにした。
新しいアトラクションで3時間待ちをしている時に、俊ちゃんとその友達に話しかけられたのが出会いの切っ掛けだった。
待ち時間は俊ちゃん達の話しが面白くて、あっという間だった。その後も一緒に行動して1日は驚くほど早く過ぎた。
「楽しかったか?」
彼に優しい笑みでそう言われた瞬間、私は傷心旅行も兼ねてここに来ていたことをふと思い出す。
不覚にも、初対面だと言うのに俊ちゃんの前で泣き出してしまったのは今となっては少し苦い思い出。
一緒に来た友達は俊ちゃんの連れといい雰囲気で、もはやデートのように行動していた。
彼女から返ってきたLINEは『ダブルデートでよくない?』と笑いマークと共に送られてくる始末。
(この人初対面なんだけど?! てか、イキナリ放置とか怖くない? だってここ、大阪よ、関西よ、悪いけど、田舎上がりの私は偏見じゃないけど関西怖いのよ!)
「怖がらんでええ」
携帯電話を見つめて固まる私の頭を撫でる優しくて大きな手──。
優しいイケメンと2人きりなんてシチュエーションにドキドキしっぱなしの私は、その後も少しだけ警戒しながら行動を共にする。時間が経つに連れて、関西人が怖いという気持ちはどこかに吹き飛んでいた。
隣で微笑む俊ちゃんを見つめていると、まるでデートしていると錯覚しそうになる。
それから、私達はメル友から始まり、俊ちゃんとは年に4回USJデートを重ねて現在に至る。
遠距離恋愛。しかも相手は有能な化学者のイケメン。エリート街道真っしぐらな人と一介の看護師の私。どう見ても最初から釣り合うわけ無い。
最初は遊びだろうと思っていた関係は思いの外続く。2回目のデートでディープキス、3回目のデートで景色の良いホテルに行き、そのまま一緒に朝を迎えた。
飽きる事なく毎日交わすメールは、他愛ない本日の実験と、謎のビーカーや試験管が並んだ研究室。そして商品開発についての進捗状況について楽しいメッセージが飛ぶ。
東京と大阪。住んでいる距離は遠いのに、俊ちゃんとのメールはまるで側にいるように心地よい。
────────
「ねえ、晶ちゃん。これってどうかなあ」
千里さんの声で私ははっと我に返る。危うくコスプレ衣装を持ってぼんやりしてる危ない人になるところだった!
「白のカチューシャに、メイド服……これにニーハイ白ソックスと、黒いベルトつきのヒールの高い靴を履いたら漫画キャラじゃないですか!」
「や、やっぱり似合わないよね……」
しょんぼりする千里さん、めっちゃ可愛い! 私が男だったらぎゅってしたくなる。
「千里さんは羨ましいくらい身長ありますもん。メイドより女王様が……!」
そこまで言いかけて私は口を閉ざす。
思わず心の声を呟いてしまったが、若干ぼーっとしている千里さんは、女王様のビスチェが想像出来ないようだ。
怒られなかったことにほっと胸を撫で下ろし、とりあえず千里さんが選んだメイド服を手に取る。
何となく鏡の前で合わせて見ると、可愛い先輩が両手を合わせてにこりと微笑む。
「晶ちゃん似合うよ! 次のデートに持っていきなよ?」
「ええ〜……そ、そうかなあ」
メイド。メイド。ご奉仕? 『ご主人様』って?
なーんか、私のキャラじゃないなあ……。
でも、俊ちゃんはモテるし、たまには彼を転がして見るのも悪くない? これも冒険。やるっきゃない!
気合いを入れた私は、それを即決で購入する。
「千里さんもいい加減進展したら?」
「えっ?」
「むふふ。そのビスチェ……千里さんに似合うと思うんですけど〜?」
「む、無理無理! おばちゃんのビスチェなんて気持ち悪いでしょっ!! 何言ってるのよ晶ちゃん」
真面目な千里さんを揶揄い、私達は1時間程でコスプレショップを後にした。