魔女と幼児と悪魔の軍団!
こんにちは!
見かけは子供、中身も幼児のルカ・バウアーです。
皆さま、お元気でお過ごしでしょうか!
ヒーローの後日談と言うものは余り語るべきでないと言いますが、
「めでたしめでたし」の後を語る事は禁句でもあるのです。
なぜかと言いますと、
彼等は、皆「ウェーイ」とやっている時が華であって
その後日とは、たいてい地味で平凡な日常なのです。
そう、この私の様にです。
もう舞台の照明は別の場所を照らしているのですから。
私は、ただいま別荘地に来ております。
別荘ですよ、別荘!!
子供は寝るのがお仕事のようなものですが。
ゴロゴロとお昼寝の毎日です。
えぇ、こうなると分かっいたのです。
セントヘレナ島…網走……
少々暗くジメジメした別荘ですが、
ほんと、よいトコロだなー(棒)
そうして物語は始まり、思わぬ処で照明が戻ってくる事になるのです。
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時は暦にして999年の暮れ、15年以上にわたり続く魔王軍の猛攻に人類は滅亡の危機に瀕していた。
ここは王都アンツの南、
深い山々が連なるこの地には嘗てドワーフが作りし地下の迷宮が存在する。
そして既に人々から忘れ去られたはずの、洞窟の奥深くから少女の生活感溢れる声が響いてくるのであった。
「ふぁ~あっ」
そこでは歳にして15・16ほどの少女が眠気を追い払う様に岩場に僅かに溜まった水で身体を拭っている。
「ふっ、私としたことが♥」
彼女はニマリと笑うと思わず漏らした欠伸をかみ殺し壁に掛けていた桃色のゴスロリ魔導着を纏う。
そして手慣れた指さばきで桃色の髪をリボンで縛りあげ、
空腹で鳴り止まないお腹にドングリを数個放り込んだ。
桃色一色の美少女魔導士の完成である。その姿は中世の魔導士と言うよりは現代の魔法少女に近いものであった。
そしてステッキと魔導書を手に取ると空洞の奥に描かれた魔法陣へと向うのである。
彼女の名前はリリー・レヴィン。通称桃色のリリー。
嘗てはアンツの都において将来の宮廷魔導士と期待された魔導学院の首席学生であったが、今では何をどう間違えたのか、この迷宮の奥深くで一人自給自足の生活をする引き籠りになっていた。
彼女は魔法陣の傍らに積み重なる物体に目をやると片足で隅へと追いやる。
そこに転がるのはパンツにパンツに染み付きパンツにパンツにドングリの殻と、
大量のゴミと下着の山であったのである。
それは彼女の生活力の低さと共に、いま行っている召喚魔法の困難さを物語っていた。
既に不眠不休に近い作業は二週間に及び彼女の体力と下着の替えとを限界に近づけていたのだ。
寧ろ彼女に言わせればペットボトルの排尿物が転がって無いだけでも自分は頑張っていると胸を張るであろう。
そして彼女は乱暴に最後の術式を書き連ねると頬を上気させ思わず笑い声が漏らす。
「クークックッ遂にリリーの大召喚魔法陣が完成です!!」
嘗て伝説に謳われし知恵の勇者は、魔導書の導きにより12の悪魔を使役し王都アンツを建国したと伝えられている。
だが彼女は12の悪魔より更に奥深く神々の最も怖れし者、知恵の王ですら使役しえなかった。最悪・最凶の悪魔の存在を見つけたのだ。
「かの大悪魔を使役したならば私は、このダンジョンの主となるでしょう!いやそれ処か再び外の世界で暮らす事も夢では有りませんクークックッ」
彼女は邪悪な笑みを見せると天井を仰ぎ天空の星を思いうかべ
魔法陣に聖遺物を置き魔導書を開き詠唱を始める。
『嘗て空から落ちしもの天使にして悪魔』
『歳を経た三頭の龍、我らが全能なる主、龍を抑え底なしの淵に投げ入れ鍵の上に封印を施す』
『我、命の水を持って封印に誓う』
二重に連なる魔法陣が強い光を放ちながら空中に浮かびあがり、
地獄と現世とを繋ぐゲートを構築されていく
『地獄の底より深き場所この世で一番悪しき者』
そして彼女は地獄の更に奥へ手を伸ばす、
地獄ですら生温い更なる深き封印、…そこは世界の果て、神を怯えさせし者、封印するしか御し得無かった存在、
『封印されし大悪魔、我が契約に基づき現世に再び蘇り給え!』
『異界召喚!』
凄まじい爆発音が鳴り響き魔法陣からあふれ出した大量の水蒸気が坑道中を満たす。
そして中央に現れた地獄の穴から、一つの小さな物体がポテンと地面に落ちると、
コロコロコロと彼女の足元まで転がって来たのである。
彼女は溢れる喜びを押し隠す事が出来ずに、その人影に向かい歓喜の声びを上げる。
「私の名はリリー・レビン!ようこそ我と契約せし至高なる使い魔三頭龍よ!」
そしてリリー・レビンの恍惚とした笑みは次の瞬間には固まり、次第に青くなり、白くなり、赤くなり、七変化を遂げた後にメガトン級のショックを受けたとばかりに両手で頭を抱え上げ膝から崩れ落ちたのである。
「う・うそでしょ・・・」
そこに居たのは5歳程度の人間の幼児であったからである。
彼女は茫然と独り言をつぶやき続ける。
「なぜ・・・人間の幼児が・・・地獄の最奥に・・・封印・・・いや失敗・・・嘘」
幼児は自身のお尻の埃をパンパンと払うと
膝から崩れ落ちたリリーの肩をポンと叩き、
自らを「ルカ・バウアー」と名乗ったのである。
どこかで聞いた名前だと感じるが彼女の意識は、ここで途絶える事となる。疲労が限界に達し緊張の糸が途切れた事で深い眠りの闇に落ちたのだ。
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ザブーン!
ダンジョン内に水の音がこだまし暖かい湯気が立ち昇る。
リリーがせっせと魔法で湯を沸かし岩場の窪みに水を流し込んでいるのだ、
その先では幼児が極楽とばかりに湯船につかって寛いでいる。
幼児はオチョコを片手に貴重なお酒をクィっと飲むと可愛らしい声で小原庄助さんを歌っている。
「朝寝・朝酒・朝湯が大好きで~♪そーれで、身上つ~ぶした」
リリーは呆れた様に手拍子を打つと
「あ~あ~♪もっともだ~♪もっともだ~♪」
と、(なーにーがもっともなのだ!)と心の中で悪態をつく。
『神の敵対者』
『神の送りし御使いであり悪魔の長となった者。』
『淫蕩の悪魔アザゼルの別名』
『怒りの子であり悪魔の王にして生まれながらにして人間の主』
とは、どこの誰の事であろうか!
それとも娑婆ボケ!娑婆ボケなのかと!
(※務所暮らしが長くボケてること)
魔法陣から現れた悪魔は、これ以上ないくらい駄目な子供であった。
頭の先から爪の先まで遊び人なのである。
リリーは憂鬱そうにガックリと目を伏せ肩を落とす。
「あーあ、分かってたのよね……どうせ失敗するの……」
魔王軍に襲われたザサイの砦から逃げ出して半年……
リリーは半年前に守るべき戦場の砦から逃げ出した脱走兵なのである。
人の兵隊に見つかっても街を追われ魔王軍に見つかっても魔物の餌にされると
戻る場所が無い彼女が辿り着いたのがこの南の果てのダンジョンである。
そして、半ば気づいてしまっていたのである自分に大事を成し得る事は無理であると、
そもそも何か成しうる人物なら、こんな処で貧しくドングリなどを食べてるわけはないのである。
その事実を知るために費やされたダンジョン生活であった。
その時、ダンジョンの奥から
「グルルルルルルゥ」
と地響きの様な獣の唸り声が響く。
その声こそ、このダンジョンが現在においても廃墟である理由であり、嘗てこの栄えたこのドワーフの都を滅ぼした伝説の竜がリリーを呼ぶ音でもあった。
リリーは、この半年で3度英雄の誉れ高い竜退治を挑みたものの彼女の召喚した魔物は全て伝説の竜の胃袋の中に綺麗に消えてしまっていた。竜にとってリリーの存在はオヤツを用意するメイドに等しいものであり今も4度目の生贄を御所望しているのである。
リリーは、この後に彼女にとって最後の生贄を捧げる事になり
そうして時の歯車が周り世界は大きく変わり始めるのである。
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ゴゴゴゴゴゴゴゴゴー!
ダンジョン内には台風の如く爆風が荒れ狂い放電を含んだ闇と瘴気の渦が
幼児を中心にトルネードを巻き起こしていた。
ダンジョン奥の遺跡に鎮座する巨大な伝説の竜も驚きの余り仰け反り。
リリーは立ちすくみ目前の現実を理解できずにいた。
数時前に彼女は眠気眼でヨチヨチと後を付いてくる幼児の腕を引き罪悪感に胸を押しつぶされそうになりながらも4度目の竜退治に向かったのである。
そして幼児とリリーの姿を見た伝説の竜は石の様に冷たい表情で興がさめたとばかりにすすら笑うと、彼女に魔法を唱える間も与えず乾いた鱗の腕でつかみ取ったのだ。
『くだらぬ、くだらぬ。この様なくだらぬモノを連れて来るとは…興もさめたわ』
伝説の竜は幼児には興味を示さずにオヤツの標的をリリーに変えたのである。
リリーは竜の腕の中で氷で心臓を掴みとられた様に体をガタガタと振わせ彼女の使い魔に最後の救いを求め見つめたのである。
こんな時こそ使い魔の出番である。
伝承通りの力の見せどころなのである。
そして彼女の視線の先では幼児が顔を伏せ地面にうずくまり何か不思議な呪文の様なモノを唱える
「うぇ」
辺りには甘酸っぱい匂いが漂いえずいた声が響く
そう、幼児はこんな時に二日酔いでお酒をもどしているのである。
(あ、アンタはアルー中かい!!)
とリリーのツッコミが入るなか伝説の竜は、まるで蠅でも払うが如く巨大な尾をふるい幼児を叩き潰した。
いや、潰したように見えたのである。
岩が砕けモクモクと大量の土煙を舞い上げるなか、その先からは幼児の可愛らしい声が響きわたったのだから。
『魔軍召集』
幼児の放った言葉と共にダンジョン奥に広がる巨大遺跡は黒い闇でつつまれ、地獄が現世に再現した様な禍々しい空気が辺りを飲み込んだのだ。幼児が手に持っていたのは転移門のアイテムであろうか、そこからまさに地獄の闇が溢れでたのである。
そして溢れ出た闇には数多の魔法陣が浮かび兇悪な魔獣に騎乗した神の如き魔神達の軍団が次々と顕現化ているのである。
そして現在である。
これには、伝説の竜も動揺しギロリと掌の中のリリーに目を向ける。
『奴は何者なのだ!』
だがリリーにしても昨日召喚したばかりの幼児の事など知るわけがないのである。
仕方なく地獄の最奥に封印されていた者だと告げる。
その答えに伝説の竜は目を見開くと、みるみる動揺の色を広げ
『至福の1000年の終わりに悪魔の子が蘇る、その下には獣の刻印の者が集う。その刻印は獣の名。そして第六の御使がラッパを吹き鳴らす』
この世界に伝わる黙示録を呟く、その声には怯えの色が見てとれる。伝説に謳われる龍が怯えているのである。そして確かに次々と顕現化する魔神達には等しく『L・B』と言う謎の刻印が刻まれていた。
『獣の刻印……本物なのか!な、何てモノを蘇らせたのだ……は…』
『最終戦争が起こるぞ』
圧倒的な戦力差を前に絶望に満ちた伝説の竜の声が洞窟内に響く。
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ダンジョン奥の古代の遺跡の上に黒い雪が降る……
幼児の呼び出した魔神達は伝説の竜どころか、この古のドワーフ達が作ったダンジョンすら崩壊させてしまったのである。
半年ぶりに見る灰色の空。
リリーの頬に落ちた雪片は体温で溶けて流れ落ち黒いススの跡を残す。
この黒い雪は遥か遠く北の大地で魔王との激戦を繰りひろげる勇者ポポス・バウアーが古代魔法により巻き上げた微粒子がこの地まで降り注いでいるのである。何時の時代も英雄とは当事者からすれば死と恐怖をもたらす災厄なのである。
そして嘗てザサイの砦から逃げ帰ったリリーを、親の仇とばかりに激昂し追いかけたレジスタンスのニーナ・バウアー…。いま、なぜそんな事を思うかと言えば。
幼児のルカ・バウアーと言う名前に聞き覚えがあった事を思い出したからである、
バウアー家の名はリリーにとって常に災厄をもたらしていた。
目の前には、神話の世界から抜け出した様な悪鬼・羅刹の悪魔の軍団が整列していた。
面倒臭そうにしかめっ面をしている幼児を前に軍団からは一人の死霊の王が進み出る。
ミイラを彷彿とさせるその死霊は片膝をつくと深々と頭を下げ告げる。
「お久しゅうございますルカ・バウアー様。
現在、この世界の事は配下の者に調べさせておりますが、ご安心を…」
そうしてニマリとミイラは笑うと
「素晴らしきかな。この世界は敵に満ちておりますぞ!」
そして
「英雄に必要なものは正義でも力でもなく力強き敵の存在です」
と悪魔の理論を続けるのであった。
「あなた様の素晴らしき物語に終わりはないのですよ」
これ以上なく嬉しそうな死霊に、幼児は苦り切った表情で引きつった笑みを見せると、何か言おうとして。やはり昨夜のお酒をリバースする。
雲の隙間からは僅かな陽光がさし冷たい冬の風がリリーの髪を撫でる。
リリーは、幼児の姿を眩しそうに見つめ
彼に付いていこうと心に決める。
この先何が待っているか分からない人生だけれども、
彼等からはどこか春の木漏れ日を感じさせるのだから。
時は勇者ポポスが魔王と激戦を繰り広げ、ニーナ・バウアーが滅びた王都でレジスタンスをする人類滅亡前の冬の時代、ここに嘗て神にすら戦いを挑んだ悪魔の軍団が蘇ったのである。
幼児のちょっとした後日談ですので、彼が封印されるまでの物語『人類滅亡前に転生させられた『遊び人』だけど!』は下記になります。
http://ncode.syosetu.com/n8800de/