魔王に愛の手を
「・・そして勇者とお姫様は、末永く幸せに暮らしました。おしまい」
妹は[勇者のお姫様救出作戦]という物語に夢中。寝るときは,かならず、母さんにその本を、読んでもらってる。
その夜の読みは終わり、妹もやっと寝たかと思ったら、また、母さんは、最初から読み始めてる。母さんも、ウンザリじゃないのかな。 妹は、何度でも母さんにねだる。”この本読んで”と。
妹と僕とは、本棚で仕切られてるけど、同じ部屋だ。当然、声も聞こえるし、僕は物語をすっかり暗記してしまった。
最近、母さんから”勉強しなさい。中学受験あるのよ”って、言われてる。でも、この部屋では、妹に邪魔される事がよくあるんだ。金魚のフンのように僕の後をついてくる妹。ごくたまに”かわいい”って思う事はあっても、妹の”かまって、遊んで!”攻撃をスルーすると、大声で泣きだしたりする。
なんとかして、妹と部屋を別にしてほしいけど、
僕の勉強は、今、追い込み中。妹と母の寝息が聞こえて来た。3回目の物語の話しの途中でどちらも寝てしまったんだ。ちょっとうらやましい。僕もそろそろ眠くなってきた。漢字の書き取り練習は、まだ今日のノルマをこなしてないのに。
「それにしても、なぜ、同じ物語を聞きたがるんだろう。毎日、違う物語を聞く方が楽しいと思うけど。母さんもいやがらず、楽しそうに読んでいる。女の子って、わからないな。」
「まったくだ。さっぱりわからん。」
僕のつぶやきに、低くてしわがれた声が同意してくれた。父さんじゃない。誰だ!
声のする方を見て、俺は、驚いた。何かのサプライズ?
そこには物語に出てくる魔王がいた。
「は~。姫様は顔はかわいいけど、我儘なのじゃ。今日も”デザートにティラミスが欲しい”って、さんざんごねられた。ティラミスって、いったいどんな食べ物なのか?」
「俺に聞く事?ていうか、あんた誰?どうやって、入ってきたんだ?」
そこで僕はやっと気がついた。これは現実じゃない、夢なんだ。そういえば、さっき眠かったっけ。僕、寝てて夢の中なんだ。西洋のドラゴンが、僕と同じ大きさで、部屋の出窓の所にしょぼくれて座ってる。それって、現実ありえないし、無理だから。
この魔王に文句の一つでも言ってやろう。夢の中だ。なんでも出来るだろうしさ。
「あのさ、君、あの”魔王”?お姫様をさらったあげく、勇者が攻めてきて、あっさりやられちゃう、弱っちい魔王?」
「ううm確かに、わしは、魔王である。弱いわけではじゃない。勇者たちが強すぎるのだ。」
なんだその言い訳、ちょっと頭のほうが残念なのか?
「お姫様をさらわなければ、勇者達にやられる事もないじゃん。」
「そうもいかぬようなのだ。気がつくと、空を飛んでいて、姫を拉致してる」
そうか。スマホのゲームでも、悪役には、役割が決められてて、こっちで設定できない仕組みだ。
「そのお姫様が、我儘なんだって?ティラミスって、姫さんは、知ってたんだ。」
俺が覚えてる物語の中には、魔王に連れ去られた姫が、魔王城で、どんな生活をおくっていたか?なんて話はなかった。
勇者にあった時、姫は涙を流して助けを求めるだけだったはずだ。
「姫も我儘かもしれないけど、魔王さんも、姫にひどい仕打ちをしたんじゃないの?だから勇者に退治されちゃうんだよ」
「聞いて下され!!わしは、姫様には、城で一番上等な部屋で過ごしてもらってる。夕食だけ一緒にして下さいって、頭を下げてお願いしただけじゃ。爪一本触れてない。天命に誓ってもいい。
わしは臣下のように、姫様の言う通りなんでもした。」
魔王が頭を下げてってとこで、僕は、あきれてしまった。
「魔王たるもの、常に強く残酷で非情でなければいけない。勇者達がボロボロなるほど強く、部下たちは、周りの人間に非道の限りをつくし、さらってきた姫の親から身代金をいただく。そうじゃなきゃ、おもしろくないよ」
ゲームでもラスボスが強ければ強いほど、僕は楽しめるんだけど、この魔王にはどこまで出来るだろう・・
「いやいやいや、わしは、そんなの無理だから。部下たちは労働奉仕に行ってるし。」
奉仕 なんて魔王が使うのは、ちゃんちゃらおかしい。どうやら、この魔王、魔王に向いてない。仕事の選び方を間違ったんじゃないか?
「仕方ないのだ。姫様を連れての行きかえりは、空を飛び、当然、腹も減る。
で、野菜とかを、あたりの農家から少しだけいただいておる。その食費の分として、部下たちが働いておる。うちは、貧乏城でな。お金がないのじゃ」
じゃあ、姫をさらってくるなよ!と言いかけて、やめた。彼にはこの点だけは、どうしようもない事だった。部下の事とか、魔王城は貧乏 ってのは、初めてしった。
しかし、どうしようもないな。この魔王。スライムより弱っちいかも。でも悪い奴じゃないってか、可哀想なヤツだ。勇者達にやられない方法はないものか。俺はしばらく考えたけど、いい案が浮かばない。一時休戦って事に出来ないかな。
「あのさ、ダメモトだけど、勇者達に頼んでみたら?多分、導師と魔術師とかいるんだろうから、知恵と力を借りるんだよ。姫の我儘をかなえてくれるかもしれない。魔王城の貧乏もなんとかしてくれるかも。それから、我儘な姫は、家に帰すことだね。ちょうどいい。勇者に連れて帰ってもらえば?」
どの世界でも、女の子ってのは、かわいいけど面倒なんだよな。自分の思い通りにならないとすぐ泣くし、優しい処があっても気まぐれだし。
「僕の言った事忘れないで。勇者達に、生活の事を相談して、姫を連れてかえってもらうんだよ」
「あれはあれで、我儘な所もかわいいのだが・・仕方あるまい。」
僕は彼にしっかり覚えてもらうよう、誓約書をかき署名をさせた。
やれやれと、僕も疲れたしもう寝るか。って、夢の中で寝るってあるんだ。
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「お母さん、いつもの本がない」
妹の甲高い声が響く。まったく、いつでも騒がしい奴だ。
「どれどれ、いつもここに置いて・・あら?”魔王と姫と勇者達”って、こんな題名の本、あったかしら?まあ、夜も遅いから、この物語を読んであげる。いつもの本は、明日、ちゃんと探しておくから」
母さんの読み聞かせのを聞いてると、その物語は、夢の中で、僕が魔王に言った通りに進んでいる。「そして、魔王と勇者達は、いつまでも仲良く暮らしました。おしまい」 で物語が終わった。まあ、似たような物語も多いから、その中の一つなんだろう。
寝る前の、漢字の書き取り練習帳に、誓約書と魔王のサインを見つけて、僕は信じられなかった。もしあれが、現実だとしたら、僕は魔王の悩みの相談にのった って事になる。イヤな予感がした。
出窓のほうから、「はぁ~。忙しくて、やってられぬわ。」と聞きおぼえのある声が聞こえた。