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英雄のいない英雄譚  作者: 931N
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プロローグ

「プロローグ」


そこはすでに地獄と呼んでも差し支えのない場所だった。

周りに生者の姿は無く、ただ燃え盛る家屋に、無造作に積み上げられた、かろうじて人の原型をとどめた炭の山。

地面には炎を映し出す液体がそこかしこに溜まっていた。

火と影が目に映るその場所でそれが血液だと言うことに所見では気づけないかもしれない。

しかし、少年は知っていた。

積み上げられた炭の山が、つい先程まで、活気に溢れた商店街の人々であったことを。

地面に溜まったその液体が、切られ、殴られ、なぶられた人々から流れ出たと言うことを。

少年は知っていた。

少年はその目で見ていた。

少年はその目で見させられていた。

すでに枯れ果てた喉は声を発することができずに、ただただ、瞳から流れ出る涙が少年の視界をゆがませた。

ゆがむ視界に、一つの影が映り込む。

「小僧、貴様だけは生かしてやる。貴様は刻みつけた恐怖を伝播させ、矮小な存在たる人間に我々の王の再臨を告げよ。再び始まる地獄の中で、貴様は死ぬのだ。」

影は大きく、その圧倒的な存在感は、恐怖も合わさり少年を圧迫した。

その姿に満足したのか影は、炎の中へと消えて行った。

圧倒的な存在の消失に、少年の緊張は解かれ、意識を手放した。




少年が目を覚ますと、日はすでに鎮火された後だった。

周りには多くの大人がおり、死体の処理や調査を行っていた。

何人もの人間に代わる代わる質問を受け、やっとの思いで答えると、皆一様に顔を伏せ嘆いた。

「奴が戻ってきた。」

「あいつの支配がまた...。」

少年は大人たちが何を言っているのかはわからなかったが、自分を救いに来てくれたのだと、英雄たちだとそう思った。

そして、そこでやっと英雄好きの妹、家族のことを思い出した。

少年は走った。

少年の生家から商店街まではかなりの距離がある。

火の手は家までは及んではいない。

もしくはあの英雄たちに救われているに違いない。

そう思った。

そう願った。

そう、信じたかった。

「小僧、貴様だけは生かしてやる。」

あの影の声が頭の中にこだまする。

だが、いくら走れど、焼けた家屋が途切れることはなかった。

おかしい、そんなはずはない。

そう思いながらも、少年の足は止まっていた。

まだ10年と少しだが、自らが育ったこの街で、家の場所を間違えることはできなかった。

「・・・・・・・・ぁ。」

少しは喋れるようになったはずの喉は、再び声をあげなかった。

少年の目の前の光景がそれを許さなかった。

焼け落ち原型のなくなった家の残骸。

その前、少年の足元に積み上げられた、男と女、そして子供の死体。

かろうじて、誰だか判別できる程度の死体。

判別出来てしまうが故の苦痛が少年を襲った。

「うぁぁあああああああああああ!!」

叫んで叫んで叫び散らした。

父が母が、妹が死んだ。

苦痛に耐えるには、10歳という年齢はあまりにも若すぎた。

垂れ下がる妹の手を握った。

ザラザラとしていてすでに、妹を感じることはできなかった。

常に厳格で家を支えていた父、厳しく、時に優しい側面を持っていた母、英雄に憧れていた妹。

なぜ死ななければならなかった、なぜ救われてはいけなかった?

物語の中の英雄は、全てを救うと言うのに。

物語ではないからか?

現実の世界では英雄は救う人間を選ぶのか?


・・・いや、違う。


「この世界に、英雄なんて存在しないんだ。」


少年はちかくにあった妹の絵本を取り、近くでくすぶっていた残火に投げ入れた。

勢いを増した炎は涙に濡れる少年の瞳に映ったが、少年の瞳にはすでに、燃え盛る復讐心が滾っていた。


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