8.ハウズ強制収容所解放戦(中)
なんかぐちゃぐちゃ……
ーギルシア皇国・ハウズー
雷雨の中、ギリースーツを着込み森の中を進んでいたTF151は、ポイントブラボーの南城壁へと到着する。そこは古い城の城壁に囲まており、いかにも刑務所に最適な場所であると示している。
すると、CIFのウォルグ少尉がリュックサックの中から何かを取り出す。取り出されたのは長さ15センチほどの大きな釘だった。ウォルグは釘を足場のように打ち込み、瞬く間に壁を乗り越えてしまう。他の隊員は、彼の後に続いて城壁を乗り越えていく。
「早く交代来ないかな……」
城壁の上では、ポンチョを着てAK-47を持った若いソ連兵が呟く。ただでさえ寒い時期に、台風並みの雷雨、シベリアの奥地から徴兵されてきた彼の口からは、白く曇った息が出る。
「ん?」
ソ連兵は物音がした方に、とっさに銃を構える。しかし、振り返った場所には誰もいない。
「何だ、誰もいないじゃないか。脅かしやがって……」
安心した後、再び振り返ろうとする。その時、ソ連兵のうなじにナイフが突き刺さる。後ろから現れたニコがナイフを抜き取ると、死体を城壁から突き落とす。ドサッという鈍い音は、降り注ぐ雨の音にかき消された。
「警備を排除した」
「よし、本郷とジャックはここから援護、後は作戦通りに動け」
「了解」
集合した隊員たちは、雨風をしのぐギリースーツを脱ぎ始める。装備は個々によって違ってはいるが、室内戦を考慮した黒色の戦闘服で統一された彼らは異様な雰囲気を放っていた。
一方、ハウズ強制収容所の中央に位置する高度収容区画では、ソ連の特殊部隊スペツナズに捕らえられ、移送されてきたギルシア皇国特別研究員であるエリシャ・ハーデライトいた。彼女は、目の前で同じように拘束されている自分の恋人の父親、アイザック・フローラルの方をずっと見ていた。
「(大丈夫だ、必ず助ける……)」
拷問を受け、傷だらけになったアイザック大佐は、この後に行われる自分の処刑を前にしても、息子の恋人を助け出そうとする。
しかし、そんな彼らを牢屋番のソ連兵はニヤニヤと見下ろす。彼らにしてみれば、これから行われる敵軍将軍の処刑と、捕虜の女性に対する強姦行為の事で頭がいっぱいであった。
「ふん、何を考えてるか知らんが、そうしているのも今のうちだ。せいぜい今を大切にしておくことだ」
別室の牢屋番の部屋からはっはっはと言う高笑いが聞こえてくる。
「すまんなエリシャ君……」
「大佐、あの兵器だけはソビエトに渡すわけにはいきません。それに比べたら、私の命なんて……」
「そんなことはない。君は息子の恋人だ、親が息子と将来のお嫁さんを助けるのは責務だよ」
「わ、私なんかがホーキュンズなんかと……」
照れ隠しでそっぽを向くエリシャであったが、その顔は明らかに赤く火照っていた。
「ん?」
牢屋の外からコトンという音がするのを、アイザックは聞き逃さなかった。
「誰だ?」
牢屋の天井を見ると、天井の隅に位置する換気口から何かが中を覗いていた。
「ッ!?」
それは赤く光る四つ目だった。二人が驚いて壁に後ろずさる。そこから降りてきたのは、黒い服装をした数人の兵士、TF151の有田とニコだった。彼らの手にはM4とM9が握られており、有田が小銃で警戒、ニコが拳銃でバックアップという態勢をとる。
「お静かに」
しばらくすると、別室から悲鳴に似た声が聞こえてくる。しばらくして、M4を担いだ風間とAA-12を構えた萩原が牢屋の鍵を持ってやってくる。そして、牢屋の入り口から御子柴と数名の隊員が入ってくる。
「アイザック・フローラル大佐ですね?」
「いかにも私がアイザックだが、諸君らは?」
「あなた方を救出に来た特殊部隊です」
「なに?ギルシアにはその様な訓練を受けた特殊部隊はない……まさか、日本の特殊部隊か?」
「それはご想像にお任せします。そちらの女性はどなたでしょうか?」
御子柴は片目に付けていた暗視装置を取る。
「ギルシア皇国特別研究員のエリシャ・ハーデライトです。どうして日本の部隊が?」
「詳しいことは後で話します。今言えることは、我が国とギルシアは同盟国です。今から、このリストに書いている重要人物を救出します。案内していただけますか?」
「構わないが、ここには彼ら以外にも市民が多く……」
「申し訳ありませんが、今の我々だけでは全員を救出することはできません。あと30分、それまでにこのリストに載っている人物を救助、他の人質を南から脱出させなければなりません。急いでください」
「分かった」
「これを」
アイザックは御子柴から手渡された拳銃を握ると、彼らと共に牢屋から脱出する。目指すは国家の重要人物が捕らえられている二つ横の塔だ。
「こちらAチーム、コールサイン『アリス』『ラビット』を確保。Cチームは陽動作戦に移れ。Bチームは残りのお客さんを救出せよ」
『了解した』
『了解』
『こちらホークアイ、Aチームの前方に招かれざる客を確認。かなりの人数が接近中だ、注意しろ』
「Aチーム、了解。お二人とも、隠れててください」
2人を物陰に隠したTF151Aチームは、暗視装置を付け直して迎撃態勢を整える。その先に見えたのは、AK-47を構えた屈強なソ連兵たちだった。おそらく、連絡が取れなくなった牢屋を確認しに行くのだろう。すでに牢屋番のソ連兵は風間と萩原が排除している。
「まずいな……」
「殺りますか?」
「待て、もう少し引きつけろ」
M4を握る御子柴は、右手を上げて静止させる。城の中はろうそくが灯されているがほとんど見えず、ソ連兵はTF151の存在に気付かず、その距離はだんだんと近づく。
10m、そろそろお互いの吐息が聞こえてきそうな距離だった。緊張感で汗ばむ手、引き金にかかる人差し指が、脳から発せられる殺人の命令を今か今かと待っている。
その時、ちょうどこのタイミングで雷が落ちる。窓から侵入してきた光に、それまで目の前にいたお互いの姿がはっきりと見える。ソ連兵たちから見れば、TF151の隊員たちは古城に潜む吸血鬼のようだった。
「撃て!」
「Нет(やめろ)!」
ソ連兵たちは御子柴たちに撃つなと叫ぶが、彼らの持つ米国製の銃は無慈悲だった。消音器で音を無音化された銃弾は、驚いて後ずさるソ連兵の頭を的確に撃ち抜く。しかし、ソ連兵たちの悲鳴は廊下に響き、辺りが騒がしくなる。
「作戦変更だ!陽動を開始しろ!」
「Cチーム聞こえるか!?作戦変更、陽動開始だ!」
『分かったよコンチクショウが!』
途端に、刑務所中庭の物資集積所か派手に吹き飛ぶ。退路を確保するCチームが事前に設置しておいたC4爆弾による爆発だ。そして、Cチームは物陰から集まってきたソ連兵たちと銃撃戦を開始していた。
「先に一般市民を解放しよう!」
一般収容区画にたどり着いたAチームは、奪った鍵で牢を片っ端から解放する。
「皆さん落ち着いて聞いてください!我々はソ連軍ではありません!これよりあなた方の脱出を支援します!」
「兵士さん、俺たちはまだ戦える」
「えっ?」
市民たちの言葉を聞いた御子柴は、その言葉に意表を突かれる。
「武器庫の位置を知ってる、俺たちもソ連軍と戦うぜ」
「……わかりました。ですが、10分後には南城壁から脱出して下さい。味方の航空機による爆撃が開始されます。アイザック大佐、彼らの誘導を頼めますか?」
「分かった」
脱出した市民たちは、刑務所の武器庫から小銃やショットガンを取り出すと、アイザックの指示に従い、ソ連兵に向けて攻撃を開始した。Aチームはその間に、この施設に駐屯するソ連軍の指揮官と、指揮官お墨付きの政治将校の確保へと向かう。
野球の練習が忙しいんで、三日に一回の更新になります。