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3.神聖ソビエトと日本

お気に入り登録、ポイント評価していただいた皆様。感謝の極みでございます。

ー神聖ソビエト連邦・クレムリン宮殿ー


神聖ソビエト連邦の首都、モスクワの中心地に建つクレムリン宮殿は、ロシア語で『城壁』を意味する。その宮殿の執務室の椅子には、赤の国旗を背にしたヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン共産党書記長が座っていた。


堂々たる姿。少し老いてはいるが、その姿にはしっかりと威厳が感じられる。


彼の背後にある国旗のデザインは、革命を意味する赤地に、労働者と農民のシンボルである鎌と槌を交差させ、その上に五大陸の労働者の団結を意味する五芒星を配している。


ヨシフ・スターリン。鋼鉄の男、彼はそう呼ばれていた。


同志タワリシチスターリン閣下。至急、お耳に入れて欲しいことがあります」


ウイスキーを片手に少し変わった地球儀を眺める鉄の男、もといスターリンに、NKGB(国家保安人民委員部)のセルゲイ・イワノフ中佐が口を開く。


「どうした同志セルゲイ・イワノフ。だいぶと疲れた顔をしているが、何かあったのかね?」


スターリンは、目の前で落ち着きがない彼を鼻で笑うと、何かと聞く。彼の目には、背中が凍えるような冷たい光が宿っている。いくら対外諜報機関の凄腕諜報員であっても、彼の威圧には耐えきれない。


数年前、スターリンは政敵である党員を祖国への裏切り、スパイ行為の罪を着させて粛清させた。その時の冷酷な恐ろしさがセルゲイの心を蝕む。


「わ、我が国の東方、ギルシア皇国の東に面するベルガル湾に島国が転移してきました。なお、ギルシア皇国の難民船、カルネアデスを占拠するはずだったスペツナズ部隊が島国の海軍に身柄を確保されたとの情報が入りました」


失敗しましたという報告に、スターリンの眉毛はピクリと動く。


「なに?それは失敗したということか。東方解放作戦はどうした?結局、皇都の空爆は凌がれ、未だに抵抗が続いていると聞くが?」


彼の言葉に、報告に来たセルゲイの足は小刻みに震える。これほどの失態だ、誰かが責任を取るか武功を挙げるかしないと、自分が粛清の対象となる。


セルゲイは必死に言い訳を考える。下手をすれば銃殺、良くても極寒の地シベリア送りだ、おそらく家族も同様。


スターリンは、そんな冷酷な行いをいとも簡単に実行する。もともと、軍人時代から人間不信で他人をなかなか信用しなかったが、共産党員になり、書記長となって実権を握ると、自らに忠実を誓う部下や娘の恋人まで酷い仕打ちをした。果ては、戦争中に捕虜となった息子の交換すら拒否した。


「す、すでにカルヴァド大陸の七割は我が同志たちが解放済み。残すは西のラムダ共和国とギルシア皇国、その島国のみとなります……」


「ほぅ?で、その島国とやらはなんという国か?」


日本ヤポーニェッツです」


それを聞いたスターリンは眉をひそめる。神聖ソビエト連邦がこの世界に転移してきて二年が経つ。日本にはそれ以前に、元の世界で日露戦争という屈辱的な敗北を味わされた。


こちらに来てから戦争、戦争の毎日。しかし、この男は飽きてはいない。占領地の物資は人も金も食も己の獲物になる。兵士は自分の持ち物だ、自分の野望を達成するための捨て駒だ。


そうでなければ、彼がここまで自国民に自国に戦乱を強いらせたりはしない。むしろ、他国と融和体制をとり、ともに発展していくという道もある。しかし、そんな戦争はちっとも面白くない。この男は本気でそう考えていた。


しかし、ここは神聖ソビエト社会主義共和国連邦、社会主義である。全ての人民は平等に生きる権利があり、全ての人民は働く義務がある。その中に、他国との融和などこれっぽっちも含まれていない。彼らからすれば、貰えるものは貰え、獲れるもは獲れ、奪えるなら奪えの精神だ。


「日本との交渉はいたしますか?」


「無論だ、奴らが素直に共産主義に准じてくれるなら、融和も考えてやろう」


「分かりました同志スターリン閣下」


こうして神聖ソビエト連邦は、日本との接触を図ろうとする。モスクワの天気は今日も雪だった。


「願わくば、日本を労働者の楽園としてやろう」



ー日本・東京ー


東シナ海での海自の臨検も大詰めになった頃、ここ東京でも、一人の男が真剣な顔をして俯いていた。時の内閣総理大臣、田沼健三である。台風の直撃後の数分前に起こった揺れで執務室は散らかっているが、田沼は直そうとしない。そんな中、唐突にドアがノックされる。


「笹倉です」


「入りたまえ」


秘書の笹倉洋一が書類を抱えて入室する。それを見た田沼は頭を抱えながら少し唸る。


「総理、海外との連絡が一切途絶えました」


「いつ?」


「台風が直撃した直後です。各国大使館が何度も交信を試みています。さらに、空自による無人機偵察を行った結果、朝鮮半島があった位置に、未知なる大陸の存在が見られました」


「あった?朝鮮半島じゃないのか?」


「いえ、一つの大陸です。そして、東シナ海で沖縄の直接調査を行っていた佐世保基地所属のいそゆきが、領海に侵入した船舶に対して臨検を行っていました」


「現在進行形でか?」


「はい、これがその写真です」


その写真には、ギルシア皇国と書かれた大型船の周囲に、護衛艦や巡視船が待機している写真だった。


「この船はギルシア皇国という国家の避難船だったようです。ギルシア皇国は現在戦争中で、難民と化したギルシア国民を隣国のラムダ共和国まで移送する予定だったらしく、船内には1000名ほどの避難民が乗船していました。立ち入り検査を実施した結果、ギルシア皇国の組織ではない武装船員と銃撃戦になり、一人が負傷しました」


「それは何という組織なんだ?」


「ギルシア革命軍、そう名乗ってますが、彼らの本当の名称は神聖ソビエト社会主義共和国連邦、国家保安人民委員部の工作員です」


「は、はぁ?ソビエト?」


神ソ連と聞いた田沼は現状を把握できず呆然としていた。しばらく経って意識を取り戻した。


「ソ連って、あの社会主義の?」


「まさにその通りです。私もにわかに信じれませんが、海自基地に拘束した工作員はロシア語を話していると……」


「少し頭痛が……」


ため息をつき、椅子の背もたれにもたれかかる。台風、異世界転移、ソ連、何でこんなに面倒臭いことが自分の政権中に起きるんだと悪態を吐く。


「どうされますか総理」


「国民にはありのままを伝えることにしよう。緊急閣議を行う、皆に召集をかけてくれ」


「かしこまりました」


一時間後、各省の大臣が続々と官邸に集まる。誰もが確かな状況を掴めないまま、今回の騒動の対応に追われていた。


「総理、これは一体何が起こったのですか?」


文部科学大臣の城島秋人が田沼に国を開く。


「気象衛星アマツカミによる周囲の分析結果によると、ここは今まで我々が住んでいた世界とは違う。北アメリカ大陸が存在せず、ユーラシア大陸も形が違う。ここは全く違う地球だ」


「国家ごと転移でもしたのか?」


「まさか、ネット小説でもあるまいし……」


「そのまさかだ」


モニターに映し出されたのは、元いた世界と全く違う地形に存在する日本列島だった。


「う、うそだろ?」


「これが数時間前の映像だ。本土に台風が上陸した直後だ。この時、なぜか台風の影響がないはずの北海道からの連絡手段が全て失われた。その後、沖縄から北海道まで、全ての国土がこの世界にやってきた。そして、東シナ海では海自の護衛艦が転移直後にギルシア皇国の船舶と接触した」


「総理、国民にはなんと?」


「ありのままを伝える。下手に隠したところでいつかは広まってしまうからな。それと、むやみな混乱を引き起こしてもらっては困る。しかし、石油と天然ガス、食料とレアメタルの備蓄が気になるな……」


「その点に関しては一つ……」


そう言ったのは外務大臣の杉原勇哉だった。隣国との領土紛争や、長年争ってきた歴史問題を解決することに成功した。その手腕が認められ、外交の全てを任されている。


「拿捕した輸送船、それに乗っていた一人がギルシア皇国の皇帝と名乗っています。現在、身柄を東京まで丁重に移送してます」


「皇帝、皇族と言ったものか?」


「そのようですね。羽田に到着後、会談を行ってもらいますよ?」


「分かった。そして、もう一つ頭に入れておかなければならない事がある。この世界には、すでに時代遅れとなった社会主義国家、ソ連が存在しているとのことだ」


ソ連と聞いた大臣たちは驚きの顔を浮かべる。ここにいるほとんどの官僚が冷戦やソ連崩壊を経験している。ソ連に対して杉原が説明する。


「正式名、神聖ソビエト社会主義共和国連邦。我々と同じく、この世界に二年前に転移してきた平行世界のソ連です。彼らは転移後、周辺各国に侵略し、植民地化しています」


「それは何年ぐらいのソ連だ?」


「おそらく、冷戦中のソ連です。書記長はスターリン、存命中です。」


「後々、彼らから接触があると思うが、到底話の通じそうな相手ではないな」


「一応、全国の基地に警戒態勢をとらせる。もしものためにな……」


防衛大臣の穂高がそう言うわけとは。あの時代のソ連、冷戦中のソ連はとにかく危険すぎる。核兵器を持ち、常に西側諸国に照準を合わせていたという話がある。一時、報復装置というのが誤作動を起こし、あわや核戦争に突入するという事態もあった。


「とにかく、向こうが我が国の権利を踏みにじるなら、我々は断固としてそれに抵抗するつもりだ」


田沼の言葉は多くの大臣の賛同を呼び、緊急閣議は終了。国民には田沼本人から異世界に転移したことが伝えられた。


日本国民は多少の混乱があったものの、この国難に日本人という種族が団結し、共に乗り越えようという意思が生まれていた。

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