2.海自の臨検
ただ単に人を殺す描写を書いているわけじゃありません。人が死ぬことに関しては、何事に関してもシビアにならなくてはいけないと思います。私が作中で人を死なせる時、決まってネット上の死体の画像を見ます。見ていると、本当に胸が痛くなってしまいます。こうした作品では簡単に人を殺せますが、現実では絶対にそうはいかないと思います……
『人の死について。作者より』
ーカルヴァド大陸・ベルガル湾ー
三年前、カルヴァド大陸北西に一つの国家が転移してきた。この世界に国が転移してくるのはよくあることだ。大陸に存在する国家のトップ達は、転移してきたその国と友好的に接しようとした。
しかし、転移してきた国は友好どころか、派遣されてきた各国特使達を人質として捕らえ、属国になれと要求してきた。無論、そんな馬鹿な話は到底受け入れることはできないと各国は反論した。
そんなある日、転移してきた国は自分たちのことを『神聖ソビエト連邦』と名乗り、要求に応じなかった国を手始めに隣国から侵攻し始めた。当初、この無謀な国家に世界中が一致団結し、連合国として神ソ連と全面対決を挑んだ。
しかし、神ソ連はその圧倒的な物量と兵器の質で連合国に差をつけ、瞬く間に二国を制圧、独裁からの解放という大義名分のもと、二国の指導者を処刑した。そして、社会主義の名の下、属国として傀儡国家を打ち立てた。
カルヴァド大陸東部に位置するギルシア皇国も他人事ではなかった。昨日、植民地化した隣国グレイセルから攻め込んできた神ソ連赤軍が、皇都に空爆を開始した。皇帝であるエンズ・ギルシア六世は難民と共に山と海を挟んだ隣国ラムダ連邦共和国へ無理やり亡命させられていた。
「ホーキュンズ……」
「どうした?」
ギルシア皇国の皇帝であるエンズは、隣に座る学生時代の同期のホーキュンズ=フローラルの方を向く。
「俺の考えは、本当に良かったのだろうか?」
「皇族の考えなんか、一般市民の俺には分からんよ。ただ、言われればちゃんと従うが」
「皇都ではまだガルム将軍が率いる近衛師団が抵抗を続けている。ラムダで対策を立て直すしかない」
二人はカタゴリア王立学校の同期卒業生であり、王族と平民である関係でも、親友と呼べるほど仲が良かった。
「エリシャの事が心配か?」
ホーキュンズが金髪をたくし上げてそう言う。
「あいつなら大丈夫だ、皇都の地下研究所で、新型兵器の開発を続けている。もっとも、多くの人手がいるがな」
「なら俺もそろそろ徴兵行きか……まぁそんな事より先に疎開させた弟の方が心配だが」
「やっぱお前の弟想いは何年経っても変わらないなっ!」
二人は顔を見合わせて笑い出す。
「やはり、ラムダと同盟を結ぶべきか……」
「そこまで切羽詰まってんのか?」
「この現状を見れば分かる。しかし、ラムダと同盟を結ぶにせよ、安全保障を大義名分に派兵された兵士による略奪が心配だ」
「評判悪いしな〜、軍国の軍隊ってのは」
エンズがそう言った瞬間、突然船内に爆発音が響き、船が大きく揺れる。護衛の兵士が血相を変えて走ってくる。
「どうした!?」
「ほ、報告します殿下!そ、ソ連の工作員に武器庫と詰所が襲撃され、武器が強奪されました!」
数分後、メインフロアに侵入して来たのは、茶色の砂漠迷彩を施されたギルシア皇国陸軍の主力小銃、キルアライフルで武装したソ連の工作員だった。武器を奪った工作員は銃を乱射しながら難民達の前に躍り出る。
「よく聞け、この艦は我々ギルシア革命軍が制圧した!この艦はこれよりソ連方面に転進、君たちは奴隷になってもらう」
「そ、そんな!?」
「私達がなにをしたって言うんだ!」
「うるさいぞ!静まれ劣悪種ども!」
リーダー格の男がライフルを乱射し、文句を言った難民と警備の兵士を数人撃ち殺す。辺りに血しぶきが舞う。
「こうなりたくなかったら俺たちの言うことを素直に聞け!」
「くっ!?」
「やめろエンズ、お前が出たら元も子もない」
ホーキュンズは工作員に突っかかろうとするエンズを止める。
「今はおとなしくしておこう。チャンスはまだある」
「しかし」
「ここでお前の正体がバレたら全て御破算だ。今は我慢しろ、エンズ」
「くっ、分かった……」
エンズは頭を冷やし、ホーキュンズの隣に座る。誰もが生存を諦めかけていた時、ホーキュンズが不意に外を見ると、見たこともない船が難民船に近づいていた。
「エンズ、エンズ」
「どうした?」
「外を見てみろ」
エンズは立ち上がり外を見るが、変に首を傾げる。
「白い船?それに奥には灰色の船がいるな」
「あれは、ギルシア近衛師団の海軍艦艇じゃないのか?」
「……いや違う、海軍の船は全て大口径砲が占めている。あんな小口径砲を載せた船は見たことがない 」
「それに、高角砲や対空砲すらないぞ?見えるのはあの小さな主砲だけだ」
しばらくすると、白い船から警笛が聞こえてくる。工作員達も船の存在に気づき、警戒を強める。
『こちらは日本国海上保安庁である。貴船には日本国領海に侵入しつつある。速やかに領海外へ進路を変更し、日本国領海より退去せよ』
「ニホン国海上ホアンチョーだと?ホーキュンズ、知ってるか?」
「俺が知ってるわけないだろ」
「そうだったな、お前は絵は上手いけど、勉学はいつも追試だったな」
「バカにするな」
エンズは失笑する。
『警告する。こちらは日本国海上自衛隊である。貴船はたった今、日本国の領海を侵犯した。これより立ち入り検査隊を派遣する。臨検に備えよ』
「こんどはジエータイっていうやつらが警告してきたぞ?」
よく見ると、ホアンチョーと名乗った3隻の白い船は、難民船の前後に回り込み、進路を塞いでいた。そして近づいてくるジエータイと名乗った灰色の船の側面には、武装した多くの兵士が構えていた。
「た、隊長、奴らこの船に乗り込む気では?」
「対戦車ロケットを使って沈めましょう」
「いや待て、降伏したと見せかけてここまで誘い込もう。奴らを人質にとって、航路の安全を確保しよう。お前らは甲板の無反動砲へ配置につけ」
工作員達はを甲板に出す。これが後に大誤算になるなど、当事者達は知らなかった。
「こいつらはどうするんですか?」
「下手に移動されても困る、ここに俺と数名を残して討ってでるぞ」
部下に命令するソ連工作員のリーダー、フロアでは不安が広がる。
「嫌な予感がするな……」
SH-60Kに乗り込んでいる立ち入り検査隊の隊長である瀬川は、折り曲げ銃床型の89式小銃をいじりながらつぶやく。彼は今年で立検隊を任されてされて四年目になる。故に、隊長としての責任感や状況判断力は特に優れている。
その時だった、武装した船員が甲板から無反動砲や機関銃で攻撃してきた。警戒していたヘリは難なく避けることができた。すぐさま、ドアガンナーと呼ばれる隊員がM2重機関銃で撃ってきた船員を攻撃、排除する。
「くそっ!攻撃された!降りろ!」
パイロットの怒号とともに二機のヘリコプターから後部甲板へ懸垂降下した検査隊は、それぞれが6人ほどの分隊となって配置に着く。隊員たちの顔は、すでに戦闘モードだった。
「全隊員、武器の安全装置を外せ、突入用意!」
「第一班、準備完了」
「第二班、準備完了」
「突入準備完了しました」
「武装したテロリストを発見した場合、1度警告した後拘束。攻撃があった場合は応戦を許可する。GO、突入だ!」
瀬川の号令に従い、ライオットシールドを持った隊員を先頭に、続々と突入していく立ち入り検査隊。
「武器を捨てろ!」
「海上自衛隊(JMSDF)だ!」
「動くな!武器を置いて投降せよ!」
しかし、テロリスト達は警告を聞かず、黒のボディアーマーを身につけた隊員に向けて、サブマシンガンを乱射する。そして、その弾丸が運悪く先頭にいた隊員の下半身に被弾し、一人が動けなくなる。
「がはっ!?」
「撃たれた!?撃たれたぞ!」
「シールドはカバーに回れ!総員、応戦を許可する!海保に増援を要請しろ!」
「援護してくれ!」
負傷者を後ろに引きずり、残りの隊員達はH&K社のUSPやMP5といった銃器は正確に射撃する。狭い艦内では短機関銃や拳銃の方が有効な威力を発揮する。通路にいたテロリストを排除し、奥へと進んでいく。
「おいっ!」
「ヒィ!?」
途中、瀬川は先ほどの銃撃戦で足を撃たれてしまい、倒れているテロリストを見つけると鋭い眼光で睨みつける。テロリストは恐怖し後ずさりするが、足を撃ち抜かれているため逃げることはできない。
「他の仲間はどこにいる?素直に喋れば命だけは助けてやる」
「うぅ、仲間は、メインフロアにいる」
「人質はいるか?」
「こ、この船は難民船だ。人質はわんさかいる」
「分かった、誰かこいつを拘束して連行しろ」
隊員が腕を縛り、テロリストの一人を護衛艦に搬送する。
「行くぞ」
立入検査隊の隊員達は、人質がとらわれていると思われるメインフロアへと急ぐ。
ーベルガン海沖・難民船カルネアデスー
誰かが瀬川の肩を叩く。
「で、どうしますか隊長?敵さん達、すでに仲間が捕まってるのに出てくる様子が全くないですよ?」
メインフロアに続く通路に、10人の立入検査隊の隊員達が、各自割り振られた銃器を手に、壁に張り付きながら待機している。全員の視線の先にはメインフロアに続くとみられる正面扉が存在する。
「突入は俺たちがやるぞ、中には助けを待っている人がいるんだ」
瀬川はJMSDFと書かれたキャップ帽子を被り直し、89式小銃の残弾をチェックする。安全装置を外し、セレクターを単射タに切り替える。砲雷科の部下が緊張した表情で瀬川を見る。
「どうした?嫌ならここにいて構わないぞ?まぁ、俺ら先輩に任せておけばいいよ」
「で、ですが……彼らは見たことない銃を使っています。ここは本当に自分たちがいた世界なんですか?海だって緑色なんですよ?」
「俺には分からんが、その可能性も否定できない。しかし、今は任務を全うすることだけを考えろ。余計な邪念は、チームに悪影響を及ぼす。ついて来る意思があるなら口にするな」
「りょ、了解しました」
「……隊長、準備が整いました」
「よし、突入準備だ」
瀬川がそう言い終えた後、隊員の一人がドアノブに近づく。その手にはM84音響閃光手榴弾が握られている。スタングレネードやフラッシュバンとも呼ばれ、100万カンデラ以上の閃光と、180デシベルの爆音を轟かせる非致死兵器である。世界中で暴徒鎮圧や特殊部隊の間などで重宝される。
「全く、俺たちはいつからSBUになったんだ」
隊員の一人がボソッと呟く。
「そういうな」
「いきますよ……」
スタングレネードを持った隊員が逆の手で3秒数え、金属製のドアノブを捻る。安全ピンを外し、地面を転がす様に投げ入れる。
メインフロア、部屋の端に押し込まれた後からずっと、ホーキュンズは外の音に耳を澄ませていた。
「聞こえる……」
「何が?」
「聞いたことのない銃声……それにソーリアの銃声だった」
「ここは防音加工だぞ?どうしてそんな音が聞こえるんだ?」
エンズは困ったように首を傾げる。ホーキュンズは学生時代から勉学に対しては全くダメだったが、その分身体能力や精神力も他の学生と比べてズバ抜けていた。
「もしかしたら助けが来たのかもしれない、さっきの海上ジエータイって名乗った連中が」
その時、神ソ連工作員のメンバーが近くにいる扉が少し開き、黒い物体が転がり込んでくるのをエンズとホーキュンズは見た。エンズは何か分からず呆然としていたが、ホーキュンズは直感で、それが手投げ爆弾の類であると判断し、エンズの頭を地面に押し付け、両耳を塞いだ。
爆音、耳をつんざくような爆音と閃光が部屋一面に広がり、辺りから悲鳴が聞こえる。
「ぎゃあ!目が!?目が見えない!」
「耳が痛い!助けてくれ!」
幸い難民達は少し距離が離れていたためか、被害は少なかったようだが、工作員のメンバーに関しては、至近距離で爆発を食らったためダメージが大きかったようだ。そして、あっという間に突入してきた集団の数人に組み伏せられてしまった。
「確保!」
「確保しました!」
「こちらは日本国海上自衛隊です!皆さん、慌てず我々の指示に従ってください!」
閃光をもろに見て、難民達の眩んだ目が治るのを確認すると、黒いボディアーマーを着た海上ジエータイと名乗る兵士らしき人物が口を開く。
「この船を占拠していたテロリストは、日本国領海侵犯及び、公務執行妨害の容疑で逮捕、もしくは射殺しました。あなた方はこれより日本国の保護下に入ります。この中にどなたか階級の高いお方はおられませんか?」
「私でよければ話を聞きますよ」
そう言って海自隊員の前に出て来たのは、麻の羽織りを脱ぎ、ギルシア皇帝服を着たエンズの姿だった。
「失礼ですが、あなたはどちら様でしょうか?日本語が喋れるようですが?」
「私はエンズ・ギルシア、ギルシア皇国の現皇帝だ。この度は、我が国の難民船をソーリアの工作員から奪還してくれて感謝している。はて、ニホン語と言っていたが、我々が喋っている言語は大陸共通語だよ?」
エンズの姿を見た海自隊員達は、状況をよく読めないまま呆然と立ち尽くすのだった。しかし、日本語が通じたのが何よりの収穫だったかもしれない。