表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

止まった刻

作者: シルフィア

何となくです。

母死んでます。


源良は女です。

暖かくなり始めた日だった。


寒い日も嫌いじゃなかったけれど、暖かい日のほうが好きだった。


そう、あの日までは。


「本日の天気は晴れで、春の陽気がかんじられるでしょ・・・」


ニュースキャスターが最後まで言う前に、僕はテレビを消した。

一人暮らしの家に沈黙が降りる。

もう一度テレビをつける気にはならず、電気を消して部屋に向う。


その前に、仏壇寄った。


「今日も、何もなかったよ。母さん」


仏壇には優しそうに微笑む母の姿がある。

その写真は唯一母の映っているものであり、元々僕も一緒に映っていた。


仏壇を後にした僕は部屋に向う。

殺風景なそこには必要最低限の家具しかおいていない。


明日は晴れ。

春の陽気。


寒い日が続いた冬が終わって、やっと春を感じられるようになった日。

嬉しくて、つい外に出てしまいたくなるような日。


そんな日に、僕は悪夢を見た。


家の前の道に出て、芽吹き始めた梅の木を見た。

小さな蕾がたくさんついて、もうすぐ花が咲きそうだった。

いずれ咲くであろう白っぽいピンクの花を思って微笑んでいた。


次に見たのは赤い花びら。

数えきれないほど飛び散って、僕の足下にも舞い散った。


「え?」


花びらだと思ったのは血で、母が僕を抱きかかえて倒れていた。

近くにはへこんだ車、僕たちを残して去って行く。


「お母さん?」


母は僕の声に答えなかった。


「あぁぁぁぁぁぁ!」


僕は自分の声で目が覚めた。

叫び声をあげたせいで喉が痛い。


冷や汗をかいていて、肩が震えていた。

今の僕にはその寒ささえ心地よく感じる。


また、夢を見た。


母が死んでしまったあの日。

僕をかばって死んでしまったあの日の夢。


もう何年も前の話だけど、僕は一度だって忘れた事はない。

あの日から、僕は晴れた日に外に出られなくなった。

日の光を浴びると頭が痛くなる。

当時の友達には吸血鬼とか、悪魔とかののしられたけれど、全く気にはならなかった。


家の中で、たった一人で、母を思って生きて行く日々も、僕は嫌いじゃない。

それ以外の行き方なんてもうとっくの昔に忘れてしまった。


単身赴任の父は家に全く帰ってこないけれど、口座にお金が振り込まれる。

お金さえあれば父に用はない。


あった事さえない父に、興味なんてないのだ。


『ピンポーン』


インターホンが鳴った。

この家に訪れるのは、何も知らないセールスマンか、宗教の勧誘か、お情け程度の回覧板くらいだ。

そっと扉を開けるとそこには男の人が立っていた。


「おお、本当にいた」


明るい声には驚きが含まれている。

外観なんて気にしないから、庭は草が生えっぱなしになっているし、お化け屋敷に見えない事もない。


「こんにちは。新郷歩しんごうあゆむ君だよな?」


「はい・・・そうですけど、何か?」


その男性はニッと笑って手を差し出して来た。


「オレの名前は源良! 孤児院ファイリートルゥーの職員だ。今日はお前を迎えに来た」


孤児院? 迎え?


「そう、お前んとこの親父さんから連絡があってな、保護してくれるようにって頼まれたから」


ああ、ついに顔も知らない父も僕を見捨てたのか。

落胆もないけど嬉しい事でもない。


「お前さ、学校いってないだろう? 小学校も中退してるし」


「外に・・・出られなくなったから」


今日も外は晴れていて玄関から外には出られない。


「話は聞いてるよ。まあ、おいで」


手を引っ張られて、太陽の下にさらされる。


体が焼ける。

頭の中で警報が鳴る。


『逃げろ、はねられる。また、失う』


どうしようもなくうずくまっているとふと誰かの体温を感じた。


「母さん?」


「大丈夫。大丈夫だよ。外は怖い事ばっかりじゃない。目を開けごらん」


人の体温というのは妙に落ち着くもので、僕はゆっくりと目を開けた。


目の前には僕があの日見上げた梅の木。

その木には満開の梅の花が咲き乱れていた。


あの年から、その外に出られなくなって見る事が叶わなかった梅の花。


「やっと、見れた」


「ほら、綺麗だろう?」


横には源さんの姿があって、不思議と外が怖くなかった。


「僕は・・・許されていいのかな?」


僕が、あの日、外に出なければ

上なんか見上げていなかったら

母は死なずにすんだかもしれないのに


「罪は一生消えないよ。でも、それを一緒に背負って行く事ならできる」


「それを望んでいいの?」


「当たり前さ。さて、オレと一緒に来てくれるかな?」


差し出された手を、僕は思い切ってつかんだ。


「一緒に行こう。お前は、一人じゃないよ」


あの日で止まってしまった僕の『刻』はこの日、動き出した。

気分を害さない程度に読んでくだされば本望です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ