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老竜と騎士と魔法使いと少女

作者: 新橋

 

 昔、昔、誰からも忘れ去られた洞窟に、一匹の年を経た古い竜が棲んでおりました。

 その竜は驚くほど長生きで、神々が天を分けて争った時代を覚えているほどでした。

 そしてまた、神々でも退治できないような、とてもとても強い竜でした。

 鱗は鋼の様に堅牢となり、牙や爪は剣や槍よりも鋭く、吐く炎は火山の如く全てを薙ぎ払いました。

 

 しかし竜はいつしか、神々や魔族や人間たちとの戦いにも飽きてしまいました。

 居心地の良い洞窟に巨体を横たわらせ、数千年にも及ぶ戦いの疲れを、数千年の眠りで癒す事にしたのです。

 地上では季節が何度も巡り、多くの生命が死に、そして多くの生命が生まれ、また死んでいきましたが、竜は延々と眠り続けました。



 ◇



 最初にその竜を起こしたのは、ピカピカの鎧を纏った騎士でした。

 騎士は、竜に対して長々と名乗りを上げて、よく磨かれた剣で鱗を刺し貫こうとしました。

 しかし竜の鱗はとても堅かったので、騎士の剣は根本からぽっきりと折れてしまいました。

 竜は震える騎士を一口に飲み込んでしまいましたが、鎧が歯に当ったので、ペッと吐き出しました。

 吐き出された騎士は金属音を響かせて地面を飛び跳ね、叫び声を上げながら逃げ去りました。

 竜は大きな欠伸をして、また深い眠りにつきました。



 ◇



 次に竜を起こしたのは、ガリガリに痩せた魔法使いの老人でした。

 騎士が、竜の眠る洞窟を訪れてから数百年の年月が過ぎ去っていました。

 その魔法使いは、神代の言葉で恐る恐る竜に呼びかけました。

 竜は、神代の言葉で丁寧に返答しました。

 昔の言葉を聞いて、すっかり懐かしくなってしまったのです。


 それから老人は、竜がうんざりするほど長々と質問を続けました。

 神々の戦いの事、滅んだ古代文明の事、失われた呪文と秘蹟の事…。

 竜は、憶えている限りの事を老人に教えてやりました。

 老人は涙を流して喜びました。


 しかし質問が三日目になると、魔法使いは寿命で息絶えてしまいました。

 竜は、腹の足しになりそうになかったので食べるのは止しました。

 代わりに洞窟の脇に小さな穴を掘って、亡骸と羊皮紙の束を一緒に埋めてやりました。

 竜がまだ日の出る世界に居た頃、この小さな種族はそうやって死者を弔うのを見て知っていたからです。

 竜は少し残念そうな顔をして、また長い眠りにつきました。



 ◇ 



 最後に竜を起こしたのは、ボロボロの衣装を着た小さな女の子でした。

 魔法使いの老人が、竜の眠る洞窟を訪れてから数百年の年月が過ぎ去っていました。

 少女はただの村娘でしたので、普通の人間の言葉で竜に話しかけました。

 地上では魔物が溢れかえり、人間達を苦しめていると言うのです。

 竜は、少し首を傾げました。

 そして小さな女の子に尋ねました。



「我が同胞達は、何をしておるのかね?」


「あ…あの…たぶん…貴方が最後の竜です…」



 竜は、首を真っ直ぐに伸ばし沈黙しました。

 長い、長い沈黙でした。

 女の子が耐え切れなくなって話しかけようとした時、竜は咆哮しました。

 それは身を引き裂く様な慟哭でした。



 ◇



 竜は、洞窟を出て数千年ぶりにその巨大な翼を広げました。

 竜は風よりも速く飛び、魔王が築いた城塞に向かいました。

 魔王は全ての人間の王国と厄介な竜族を滅ぼした後、日夜を分けず宴を開いて得意の絶頂でした。

 そこに竜が空から舞い降り、嵐の様に口から炎を吐き出して魔王を城ごと焼き払ってしまいました。

 天と地が裂ける様な大音響の中、地上の生き物達は巨大な竜が飛び去るのを茫然と見上げていました。



 ◇



 竜は洞窟に戻り、少女に言いました。


「そなたの願いは叶えてやった。代わりにどこかで竜を見かけたら、私に知らせに来てくれ」


 少女は、首が折れそうになるぐらい何度も頷いてから洞窟から出て行きました。

 竜は魔法使いを埋めた場所まで戻ると、長い溜息をつきました。

 それから老人の墓を爪で少しだけ撫でると、また深い眠りにつきました。



 ◇



 この物語の竜は世界に残った最後のドラゴンでした。もう誰からも起こされる事もなく、今でもその洞窟で眠り続けているそうです。

 太古の昔、彼が仲間たちと翼を連ねて、蒼穹を翔け巡った夢を見ながら…。



 END


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