ジムノペディ
外は土砂降りの雨。
部屋に響くのは、サティの『ジムノペディ』。
日常のなかに忍び込む静かな狂気と、逃れられない現実を描いたお話です。
短いお話ですので、よろしければ最後までお付き合いください。
この土砂降りの中、車に乗ってここを離れればもう、二度と戻ることはない。
彼女は「行かないで」と言いたいのだろうか?
ピアノに向かい、サティのジムノペティを弾いている…。
でも、俺は今日、彼女を捨てて現実世界に戻る…。
もうここに来る事はない。
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3月23日
今日は雨、俺の授業が終わったころ、呼び出しがあった。
学長からだ。
何だと思う? 夏休みの、3か月間、東京に行ってくれだと。いくら俺の研究がイタン学とはいえあんな不気味なところに行くか?
学生たちは8月から始まった大学前期で基礎知識の吸収が終わって1月からの後期、ようやくVRでの実験に慣れてきたようなのに。夏休みにも復習用の講座を開きたいと考えていたのに。それを放置してあんなとこ、行きたくないな。意味ないよ。イタンの研究はほとんど他人から聞いたこと、他人が体験したこと、たまに東京から連れてこられたイタンに対する実験や研究でわかるし。生きてる動いているホンモノと対峙するなんてイヤだ。
イヤだ、行きたくない。イタン学なんてするんじゃなかった。
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今は2XXX年。2000年代前半、日本は地球規模で起きたウィルスのパンデミックで、死者数5万8千人、感染者総数、1888万人、という事態に陥った。
このウィルスは不思議なことに抗体が作られても半年程度でなくなるため、再度かかることがある。つまり、ウィルスなので体内からの完全除去ができない上に新しい型を罹患する。そのため、数種の型のウィルスを1人の人間の体内に飼うことになる。また、型によって下がるQOLが異なるというものだった。QOL低下の顕著な例として、髪が薄くなる、味が分からなくなったり香りを感じなくなったりするが挙げられた。また一部の人には不妊症状が見られた。
運良く妊娠ができたとしても、ウィルスを持つ人々から産まれた子供は親世代が低下したQOL部分を持たない子供として生まれるようになっていた。
例えば、髪が薄くなった人たちの子は全身ヘアレス。味が感じられなくなった人からは味覚のない子、においが感じられなくなった人からは臭覚のない子、というように。
さらにヘアレスや味覚や臭覚がないその子たちが育つと次世代には不妊に拍車がかかった。しかしそこでも例外は存在する。妊娠し出産にまでこぎ着けられる人たちも現れた。だが、種々感覚が元々欠如しているため、いくら教えても感覚は育たず、人間、というよりロボット、という感覚が近い人たちになっていった。少なくとも一般的な人間にはそう感じられた。
そして、不思議なことも起こりだす。例外的に生まれたウィルス保持者たちはお互いに言葉を使わずにコミュニケーションが取れる。未来が見えるため、周りに神とあがめられるものが出てくる、など一般の人間の通常の生活に影響が出るようになってきた。
通常の生活に支障が出るようになると、一般人の、特にメディアたちは何を考えているかわからない人々をイタンと呼び、恐れるように仕向けた。そのため、大規模なイタン排斥、が始まった。
一般の人たちは日本中のイタンを一か所に集めることを求めた。同じ人間を殺すのは倫理的にいけない。でも、恐ろしさは狂乱を持ち込む。そこで、彼らイタンは日本でただ一か所、もともとイタン人口の多かった東京に集められた。一般的なウィルスに侵されたことのない人々には奇異に映る人々は3世代目になるとほとんど言葉をもたなくなって来ていた。そして、通常の人間にはわからないうちに彼らは超能力、テレパシーで会話をし、未来予知をし、自分たち、イタン、をお互いに守るようになっていった。通常の人間たちは何を考えているかわからないイタンたちを恐れ、日本中のイタンを一か所に集めることを決めた。
そしてその頃、彼らイタンが多く存在していた東京に集められた。そして東京は軍によって封鎖され、日本の首都は横浜に移された。
イタンを見るためには、東京に行くには首都.横浜で許可をもらう、研究者になって数ヶ月の移住をする、軍関係者になって警備にあたる、しかなかった。
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3月25日
学長からやはり俺は東京に行かねばならない、と告げられた。
イタン学を教えている以上、住んで肌で感じるべきだとのこと。実学と理論、両方を極めてこそ一人前の学者であると学長は言う。
お説ごもっともだ。だけど、たまに東京から連れて来られるイタン、ホンモノを俺は好きになれない。毛がないだけでなく、言葉を発しない。でも、頭の中にイタンが考えていることが映画のように映し出され話しかけられる。イタンは感覚がないのか叩かれても何をされても表情がかわらない。異質過ぎて気持ち悪い。
でも、この気持ち、いつから俺は持っているんだろうか?
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3月27日
仕方ないから東京に行く、と学長に伝えた。でも、まだヒカルには伝えられていない。アイツは絶対嫌がる。東京だもんな。
今日は晴れだった。青い空が気持ちよく広がっていた。東京で空を見たら、綺麗なのかなぁ?
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4月6日
しばらく日記を書き忘れてた。
ようやく、ヒカルに東京行きを伝えられた。ヒカルはやはり泣いた。なんでそんなところに行かなきゃならないの? イタン学なんてしてるからじゃない! イタンの人たちは人じゃないのよ。だからあなたの全てを盗んでいくの。私からきっとあなたを奪っていくわ。だから行かないで! と。ヒカルもイタン、嫌いなんだな。
ま、俺たちは一般人だから、上の決めたことには逆らえないんだよ。別に永久にヒカルの前からいなくなるわけじゃない。研究者としての務めを終えたら帰ってくるから、な。
と言って慰めたけど。
そしてヒカルは唐突に俺にピアノでサティのジムノペティを弾いてほしいとねだってきた。
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4月7日
うん、毎日、日記書けてる。
俺、ヒカルに言われて気づいたけど、なんでイタン学、始めたんだっけ? イタンに興味があった? だとしたらなぜ?
まあ、週末、実家に行ったときに親父たちに聞いてみよう。子供の頃からだったのかなぁ?
お、天気、書き忘れてる。晴れだった。そして、暑かった。
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4月11日
今日も晴れ。
親父とおふくろに、東京行き、を話した。
二人とも顔色が変わった。ま、東京だもんな。
親父は、
絶対行かなければいかんのか? 誰かに変わりを頼めないのか? 学長は私の知り合いだから、行かなくてよいように頼んでみようか? と。
おふくろも、
ねえ、お父さんにお願いしていかなくてよいようにしていただいたらどうなの? だって東京って連絡も取れないんでしょ? 電話もなく、生きているか死んでいるかわからなくなるような所に行くなんて、嫌だわ。どなたか変わりを見つけていただいたらどうなの?
と、執拗に言ってきた。
これじゃ、なんでイタン学、始めようと思ったのか、忘れちゃったんだけど、親父たち覚えてる? なんて聞けないよな・・・。
ま、いいか。
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ウィルスは、一度宿主の、患者の体に入ると一生とどまり続ける、というのは周知の事実。よい例は、帯状疱疹。
子供の頃に水ぼうそうにかかった人は神経の近くに水ぼうそうのウィルスが居座るため、大人になって体調不良やストレスが加わると水ぼうそうのウィルスが暴れ始めて痛みを感じさせるようになったりする。
パンデミックを起こさせたウィルスは数種。たいていは毛が生えなくなることからわかるように胸腺にとどまっており、宿主の調子が悪くなると何度でも復活し発症する。
そしてその数種のウィルス達は何と遺伝子の中で息をひそめ、世代を超えて伝搬していくすべを身に着けていた。
そのため、本人に自覚がなくともいきなりウィルスが発現し、発病する人がいる。
そしてまた、発現しないまま、ウィルスが保持され、イタン、になる子供たち、大人たちが現れるようになった。
イタンになると、たとえ子供であっても、家族と引き離され東京、に強制連行されていくことになる。そのため、親は子供がイタン、であることを隠し通し育てなければならない。
ヘアレスの子供であればカツラをつけさせ、体毛があるように見せる。予知ができる子であれば親以外には予知を話させない。テレパシーが強い子であれば声を使い話させるよう仕向ける。テレポーテーションはさせない。などなど・・・。
しかし、子供、ゆえに無邪気に他人に自分の力を見せてしまう子は東京、につれていかれてしまうのであった。
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5月20日
とうとう、東京行きの日だ。
晴れ。
大学まで行くと巨大な装甲車みたいな車が来ていた。これがこれからの3か月間の俺の家。東京での別荘になる。
中はワンルーム。ベッドもキッチンもトイレもシャワーもある。東京へはすべて自動で行く。たった一人での殴り込みになる。
この車、イタン、からのテレパシーなどの攻撃を確実にはじくことができる唯一の乗り物だそう。でも、イタン学、を収めている俺からするとナンセンス。
だって、イタン、が使えるのは見えない力。物体を重力に逆らって浮かせることも可能。つまり、車は物体である以上、これは浮かせられてしまうし、イタン、の思うように使われる可能性があるということ。
ま、東京、に行って早く帰れるように頑張ろう! 着くまで、ヒカルの作ってくれた音楽、聞こう。
ん? サティのジムノペティ、に似ている。これいつまでたっても終わらない曲じゃん!
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5月21日
曇り、らしい。
東京に着いたらしい。
らしい、というのも着いた、とのアナウンスはあったが、車から降ろしてもらえない。窓もないのでどうなっているか知るすべは車のモニターのみ。この車の中にいつまでいなきゃいけないんだ!
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5月22日
曇り。
車の開口部がようやく開かれ俺は外に出ることに成功! ま、仕事で東京の知事、とやらに呼ばれたんだが・・・。
車の外に出るまでに扉は三つ。各扉を開けては閉めて、車の中には絶対に外気を入れないようにして出る。ウィルスの感染防止のためだ。しかも俺は外気を直接吸わない、触れないように体にピタッと張り付く透明の防護服、を着て、だ。
車から出てみると、そこには普通の街、があった。俺が外に出た場所は・・・?
初めての東京。意外と普通の場所だった。3階建てくらいのビルがあり、公園もある。少し離れると住宅街、一戸建ての家々が点在している。緑の庭が家々の前に広がっている。
俺が住んでいた街は、高層ビル群、そして公園はビルの中。だから緑が日を浴びる、なんていう図を想像もしていなかった。
人気はほとんどないが車の外に迎えに来ていた、子供?について歩いていくことになっていた。
さすがイタンの子。毛がまったくない。ツルツル。触ってみたい気がして、でも、感覚がないイタンだからと頭をなぐってみた。
痛い! 何するの? 痛いよ。さわらないで。
と一言、頭の中に言葉が送られてきた。
そう、イタン、は言葉を口から発しない。そして、直接頭の中に話しかけてくる。
え? 痛いの? ごめん、触ってみたかったんだ、ごめん。
と俺が言葉を発すると、
痛いよ・・・。
と反応があった。
いくつ? 学校行ってるの?
と聞くと
6歳。学校は行かなくても勉強は一人がすれば全員でシェアできるから行ってない。
と。
言葉を持つ僕たちはシェアなんてできないから6歳になったら学校に行くんだよ。そして勉強する。
そうなんだね。そして僕たちの研究をあなたは仕事にしている。
6歳なのにそんなことまでわかるの?
わかるよ。知りたいことは皆の「思念」につなげばわかる。「思念」は皆が今まで勉強したことがわかりやすく並べられているところ。そこにあなたのデータも入っている。思念に行かない自分だけの情報もあるけど、それは誰が好き、とか嫌いとかの感情だけ。
相変わらず、頭の中に言葉が響く。
周りを見渡すと、本当に気持ちよい街、が広がっている。電柱もない、車もいない、芝生と緑の木と、車が双方向で行き来できるくらいの幅の舗装路。時間も心なしかゆっくり流れている気がする。これが東京? イタンの街? なんだか普段、俺が暮らしている街、忙しく人々が行きかう街、コンクリートでできた街とは違う。優しい気分になれる・・・。
着いたよ。じゃ、ここで。
と6歳の彼は俺に袋小路の奥の小さなビルの前で手を振る。ビルの周りは芝生。木も生えていない。芝生の公園の真ん中にビルがぽつんと建っている感じ。近くには建物も何もない。六歳の彼はどうやら俺をここに置き去りにするようだ。
え? ここで待つの?
と聞くために振り替えると・・・。いない。後ろには道。
どこに消えた? ん?
さえぎるものは何もない。従って隠れることも不可能。どこに消えた?
ビルを背にして探していると、急に背後に気配が生まれた。
振り向くと毛がないからか尼僧のような顔。日本の着物とドレスを足して二で割ったような腕の先まで、足先まで隠れた服を着て立っている女性がいた。
こんにちは。俺は・・・。
と言いかけると頭の中に、
ようこそいらっしゃいました。ここへは私たちの「研究」でいらしたのですよね。お手柔らかに。
と鈴の音のような声が響いた。彼女の笑顔は不思議と見覚えがある気がした。
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5月28日
俺はこの数日間、イタン、の生活を垣間見てきた。とはいっても車、の中からだが。
車の中から一部のイタンたちにつけたカメラ兼GPSで彼らの生活を探る。
イタンたちの平均寿命は23歳。ただ、たまに長生きするものもいる。これは俺が東京に来る前に取った統計から出したもの。
今回「知事」に会いに行った際、年齢も含んだ統計を取ってもらうことを約束。すでに俺の手元に来ている。イタンの仕事は早い。「思念」とやらを使っているのか?
平均寿命が23歳だからかここでの成人は13歳。一般社会であれば未成年。そんな彼らが夫婦として生活をしている。専業主婦に主夫、もいれば共働きも。ただ、不思議なことに何もしていない人たちもいた。毎日、起きてご飯を食べて、散歩をして本を読んで眠る。それだけ。本や新聞は一般人の街からデータでやってくる。
イタンは毛がない。つまり鼻毛などの埃を体内に取り込まないように防御するものがない。そのため、一般人の新聞や本を持ち込んで何らかの「菌」がついていた場合、彼らは全滅になる危険性があるから、データで行われていた。
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6月3日
雨。
今日、俺は知事に会いに行った。
彼女からミーティングを申し込まれたからだ。
一人でこの間の道を進んでいくと急に目の前に人が現れ、次の瞬間、消えた。
人が消える? なぜ?
と考えていると急に目の前に知事が現れた。
あなたは人が目の前から消えたことにびっくりしているの? それとも現れたことに?
と笑いながら聞いてきた。そして、
私たちはいつの日からか瞬間移動ができるようになったの。だから急に現れたり消えたりするのよ。移動をするとき、もう、歩かなくてもよいの。
そう続けた。俺は
気持ち悪い、普通の人間となんて違うんだ!
そう考えていると、
そんなこと、考えちゃだめよ。皆「人間」なのよ。
とクスクス笑いながら俺を見ていた。
やはり気持ち悪い、人が考えていることがわかるなんて。わかりあえることなんてキットない、と考えていると、
今日、あなたを呼んだのはピアノを弾いてほしかったの。
そう彼女は言うと、俺を彼女のビルの一室にある、グランドピアノの前に連れて行った。
サティのジムノペティ、弾いてくださる?
といい彼女はグランドピアノのそばのソファに座った。
なぜピアノを弾けると思ったんだ?
と聞くと、彼女は答えず優しいほほえみを投げかけ、待っているだけだった。
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6月5日
雨。
かなりひどい雨のせいか、見た夢が悪かったからか夜半に目が覚めた。
夢はこうだ。
俺がまだ子供だった頃、クラスにほとんど話さない子がいた。転校してきた女の子。黒髪で長めのおかっぱという感じ、でいつもオドオドしてる子。
転校初日、俺の隣しか席が空いていなかったからその子は隣に座ることになった。
不思議なことにその子が隣に来るとなぜかその子の考えていることがダダ漏れ。
私は転校生、XXXっていうの。よろしく。
と言う言葉が俺に向かってニコッと笑うと同時に頭の中で響く。
授業が、始まると
教科書を見せて欲しい。
俺はわかるので、声に出して返事をしていた。俺にはわかるのだが、声、をかけてきているわけじゃない、らしい。
周りの奴らに聞くと、
優しいね、すごく面倒み、良いじゃん!
とか
あの子が声出す前からなにして欲しいか気を使ってやってやるなんて、実は好きなんじゃね? ヒューヒュー!
とか。
お前ら、本当に聞こえてないのか?
俺は疑問に思い、周りのあの子に対する反応を見ていたが何も会話をせず、従って何も起こらない。
そこには無、だけ。
あの子、はいるけど、居るだけ。
たまに笑顔、それ以外は何もしない。
ただ勉強はやたらと出来る。成績は何をやらせても一番。国語の授業で先生に指名されて読まされる時だけ、声、がしている。
音楽の時間、俺はピアノが弾けたので伴奏を先生に頼まれてよく弾いていた。たまに授業で好きな曲を弾いてよい、という時があり、そんなときはサティのジムノペティ、を弾いた。皆は
変な曲~!
と言っていたが、あの子だけは
ニコニコしながら聞いていた。
ある時、授業参観があった日、誰かの親が、
あの子、XXXちゃんイタンじゃ無いの?
と言い出した。あの子、XXXちゃんの親は
違います、私たちは一般人です。だから子供がイタンなわけはないです。
と言っていた。
しかし、しばらくすると授業中なのに背広姿の大人たちが、大人が簡単に入れそうな大きな箱をガラガラと押しながらやってきて教室の前で止めた。
ヤダ! 行きたくない、助けて!
背広姿の大人たちが、その箱の扉を廊下で開けたとき、俺はあの子にそういわれた気がして隣を見た。あの子は泣きそうだった。
何あれ?
とクラスメートたちが騒ぎ出す。
え? XXXちゃんを連れに来たの?
誰だよ、XXXちゃんがイタンだなんて言ったやつ?
とクスクス笑いながら言い合っている。
助けて!
今度はかなりはっきりとあの子は俺に伝えてきた。俺も何か嫌な予感がして、あの子の手を取り、2階の教室の窓から飛ぼうとするとき、俺は一人の背広の大人につかまれた。彼女は顔面蒼白、目は大きく見開かれていた。大人のほうが早かった。
僕、暴れない、XXXちゃんはオジサンたちと出かけるだけだから、手間をかけさせないでくれ。
痛い! 離せよ!
と俺が言うか言わないかで背広はドスンとしりもちをついた。いや、つかされたように見えた。
他の背広が近づいてくるとそいつらは紙が風で舞うように窓の外に飛ばされていった。
廊下に残っていた背広の一人が箱の何かのスイッチを触る。すると、箱から、アームのようなものが飛び出し、あの子をつかんでしまった。すると箱自体が少しずつ動き出しアームにつかまれたあの子は箱の中に運ばれドアは閉まった。
助けて!
と叫んでいたあの子の声もドアが閉まると消えてしまった。
俺は何もできなかった。
背広たちはそのまま箱をあの子を入れたまま、どこかに運んで行ってしまった。
そんな夢。
俺は本当にあったことだと思っているが、誰一人覚えていない「夢」らしい。
なぜかその後からイタンが嫌いになった気がする・・・。
なぜ、こんな夢を見たんだ?
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7月15日
晴れ
知事は最近、俺に会うたびにジムノペティ、を弾けという。なぜだ?
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8月20日
いよいよ、家に帰る日。
俺は知事にあいさつに行った。
とはいっても、土砂降りだからと、知事が来てくれた。そして、俺に向かって少し目線を落とし話し始めた。
研究はいかがでしたか? イタンの生活、理解できましたか? 私たちも普通の人間です。痛みは感じるし、感情もあります。ないのは感覚、です。香り、はわからない。味、はわからない。感覚はないけれど人間です。それをお忘れなく。
少し目線を上げながら、知事は続ける。
あなたが帰ると、東京を出ると、データとして横浜に送っていたデータはなくなっているでしょう。コンピュータで制作されたデータも所詮電気信号。一般人と異なるイタンが持つ電気信号で書き換え可能です。
私たちの「思念」はあなたたちコンピュータでいうクラウド。一般人は機器をつながないとデータにつながれないけど、私たちは何もなくてもシェアできる。ちょっと異なる人間なの。確かに違う、でも、あまりいじめないで。差別を続けると私たちも戦わなくてはならなくなる。
と伝えてきた。さらに一呼吸置くと、彼女は続けた。
あなたは私が誰だかわかっている? 子供のころ、私を助けてくれてありがとう、といえばわかる? あの後、私はすべての人の中の私の記憶を消すことを強制されて、ここに連れてこられた。だけどあなたの中には居続けたかった。だから私はあなたの記憶だけをあいまいにしておいた。
実は私はヒカル。あなたの彼女のヒカル。あなたがここ以外で会っていたヒカルはすべて幻。私が送っていた念。私がここから出ることは禁じられているから、念を送っていた。
だからイタン学をあなたに学んでほしくてそう仕向けた。でも、私はもうじき死ぬ。だから、最期にあなたに会いたくて、ここに来てもらったの。東京行きはわたしがしくんだの。
ありがとう、大好きだった。
最期に私、ジムノペティ、弾けるようになったの。私が弾いている間にここから立ち去ってね・・・。すべてを忘れて横浜に帰れるわ。
待ってくれ、俺、ヒカルといたい。帰らないよ。ここにいさせてくれ!
ダメよ。あなたは一般人。私を忘れなければならない。この曲でさようなら。
そういうとヒカルはピアノに向かってジムノペティ、を弾き始めた。
嫌だ、帰らない!
という俺の言葉と裏腹に俺の体は車に向かって歩いている。
やめてくれ! ヒカル、俺はお前と一緒にいたい・・・。
土砂降りの雨の中ジムノペティ、が響きだす。ヒカルは目に涙をためながら弾き続けていた。
ヒカル! ヒカル!
車の扉が閉まり、車が動き出す・・・。
突然、冷静になった俺・・・。
あ、今日、俺は家に帰るんだ。ようやく、イタンの街から出られる。よかった!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
雨の日にサティの『ジムノペディ』を聴きながら思い浮かんだ、少し静かでダークな世界をお届けしました。
読者の皆様の心に、少しでも静かな波紋を広げられたなら幸いです。
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(※本作はカクヨムにも掲載しております)




