幼馴染の公爵令嬢が婚約破棄されたので支えていたら、なぜか王配になりました
休憩のひとときのお供に。
幼馴染の公爵令嬢が婚約破棄された。
クルーレスは伯爵家三男。幼馴染の名はカトレア。
領地が隣で、度々氾濫する川が二つの領地を縦断しているため協力体制を取ることも多く、交流が盛んだった。
クルーレスはカトレアの兄──フィブリス──と同学年でカトレアは五つ下。
小さい頃は、クルーレスたちの後ろをちょこちょこと付いてきて天使のように可愛かった。
そんな妹のようなカトレアの婚約者は王太子だった。
カトレアが浮気相手の男爵令嬢を虐めたと言う理由で婚約破棄されたのは学園の卒業パーティーでのことだったらしい。証拠もなく一方的にカトレアを糾弾したそうだ。
もちろん、クルーレスもフィブリスもカトレアがそんなことをするなんて思っていない。
すでに公爵を継いでいたフィブリスは即時王家に抗議を申し立てしている。
若き公爵の怒りは凄まじい。
そんな怒りの言葉と共にフィブリスから手紙をもらい、領地にある公爵邸へとやってきた。
久しぶりで懐かしい。
荘厳な扉を抜けて、エントランスに入るとフィブリスと共にカトレアが出迎えてくれる。
淑女の笑みを浮かべたカトレア。
その姿をフィブリスは心配そうに見ている。
クルーレスは殊更明るく挨拶をした。
「やあ! 突然来てすまないね。本邸に行く用事があってね、久しぶりに寄ってみたんだ……カトレアは可愛らしかったけれど、美しくなったね」
「クルーレスお兄様、久しぶりにお会いできて嬉しいです。褒めていただけて恐縮ですわ」
「カトレア、私はフィブリスと少し話しがあるから、先にガゼボに行ってお茶の準備をお願いしてもいいか?」
「ええ、もちろんですわ。クルーレスお兄様の好きなお菓子を用意してお待ちしております」
「ありがとう、楽しみだ」
カーテシーをしてカトレアの後ろ姿を見送った後、フィブリスは深くて長いため息を吐いた。
「カトレアはずっとあんな感じなんだ。家でも淑女という仮面を付けている。まるで武装するように」
「ああ、あれでは気が抜けないだろうな」
「それに、一度も泣いていない。泣くことが必要なことかは分からない。だが、一度くらい気持ちを吐露してもいいと思うんだが……」
「……それで? 俺に何をさせたい?」
「何も」
「何も?」
意図があって呼んだのだろうと思っていたが、そうではないようだ。
「さっきは助かった」
突然のお礼に何のことかと見つめると。
「ついでに来た、ということにしてくれただろう?」
ああ、あれのことか、と思い当たる。
「もし、フィブリスに呼ばれたと言うとカトレアが気にするかもしれないと思ったんだ。自分のことで気を遣わせたのか、と」
「今のあの子は何でも自分のせいにして気にする。よければ、そばにいて話を聞いてやってくれ」
「分かった」
「今夜はうちに泊まってくれるんだろう? 良いワインがあるんだ、今夜飲もう」
「いいな。フィブリスと飲むのどれくらいぶりだ? 随分と間が空いた気がする──」
フィブリスに促されて、他愛のない会話をしながらガゼボへ向かった。
フィブリスとカトレアは異母兄妹だ。
フィブリスの母は出産後体調が戻らず儚くなった。
その後、王妹が公爵に降嫁した。彼女のたっての希望だったらしい。
フィブリスの母を本当の姉のように慕い、フィブリスのこともとても可愛がっていた。
カトレアが生まれてからも変わらず愛してくれた。だからこそ、フィブリスはカトレアをとても可愛がり、家族を大切にする。
茶会後、仕事があるからと早々にフィブリスが退席し、カトレアと二人きりになった。──メイドはいる。
会話が途切れ、ふとカトレアの横顔を見る。
遠くを見つめるその表情は、全ての感情が抜け落ちたようで、儚く今にも消えてしまいそうに見え、思わず名前を呼んだ。
こちらを向いた時、カトレアは淑女の仮面をつけていた。
その姿に胸が締め付けられる。膝の上の手は強く握られ、筋が浮いている。
「カトレア」
優しく名前を呼び、膝の上の手を取りそっと開く。
これまでずっと握りしめていたのか、爪の跡が傷になっていた。
「手当をしよう。薬箱を」
メイドから薬箱を受け取り手当する。消毒をし、傷薬を塗って、包帯を巻いていく。
「よし、出来た。強く握りしめないように、ここにチョコレートでも貼っておこうか」
「ふふっ、ありがとうございます。お手間をおかけして……」
言葉が途切れて顔を上げると、カトレアの瞳からハラハラと涙がこぼれ落ちていく。
それでもカトレアは淑女の笑みを浮かべたまま。
痛々しいその姿に思わずカトレアを引き寄せた。
「ふっ……う」
両手で顔を覆い隠すカトレアを見ないように抱き込む。
「大丈夫だ、カトレア。大丈夫だよ」
こんな時、気の利いた言葉が浮かばない自分が情けない。腕の中の小さな背中をゆっくりとさすり、時折ポンポンと優しく叩く。
どれくらいそうしていただろうか、寝息が聞こえてきて覗くと、胸に頬を押し当てたまま眠ってしまっていた。眉尻が下がり、安心したように眠るカトレアに幾分かホッとする。
「寝顔は子供の頃のままだな」
涙で濡れたまつ毛をそっと拭う。そのままなだらかで柔らかな頬にそっと触れていると、メイドの咳払いが聞こえて慌てて手を離した。
カトレアの膝裏に腕を差し入れて抱え上げる。
カトレアの自室まで運び、ベッドにそっと下ろすと、後のことを任せて部屋を出た。
フィブリスの執務室を訪ねると、とても良い笑顔で迎えられる。
「やはり、クルーレスを呼んで正解だったな。助かった。お礼ついでに仕事も手伝ってくれるだろう?」
有無を言わさぬ物言いに笑いながらも、仕事を手伝うべく若き公爵が睨む図面へと視線を落とした。
夕食時、食堂にやってきたカトレアの顔からは淑女の仮面が外れていた。
泣き疲れてクルーレスの腕の中で眠ってしまったことを、恥じらっているようだ。
顔を赤くして、俯きながらもチラチラとこちらに視線を向ける。
目が合うと、ボンッと音が鳴りそうなほど顔を赤くして俯くし、時々両手で顔を押さえてバタバタと悶えている。
そんなカトレアを見るフィブリスの目は生暖かい。
「そういえば──」
わざとらしく声を上げたフィブリスの方を向くと、晴れやかな顔で──
「クルーレスは婚約者いないよな? うちの可愛い妹、カトレアはどうだ? クソ野郎だったが王太子の婚約者が務まるほど優秀で見た通りこんなにも可愛くて美人だ」
「お、お兄様っ!」
「おい、そんな露店売りみたいに。三男の俺なんかゆくゆくは平民だぞ」
「そんなこと。うちの余らせてる爵位も付けてやろう」
「そんな、爵位をおまけみたいに……」
いよいよ、言い方が露店売りの販売戦略みたいになってきた。
「いやいやいや、こんな平凡で魅力なんてない男、カトレアにも選ぶ権利があるだろ、俺なんかじゃ釣り合わない」
「そんなことありま……せ……ん……」
首まで真っ赤にして俯く。
「昔っから、カトレアはクルーレスのこと好きだったもんな。せっせとクッキーを作って渡し──」
(貰ったな、あれ手作りだったのか)
「プレゼントに貰ったリボンをクルーレスが来るたびに付けて──」
(あー、いつも付けてくれるから嬉しくて更にプレゼントしたっけ)
「クルーレスが来る日は玄関に飾る花を自分で温室から取ってきて飾って、今日も──」
「お、お兄様っ、もうっ、もういいですからぁ」
涙目でフィブリスの口をカトレアは手で押さえた。
アハハハハと楽しそうに笑うフィブリス。
「どうだ! うちの妹は可愛いだろう?」
と、得意げに言う。
そんなこと、言われなくても知ってる。
「もし……もし、そうなったらフィブリスが義兄になるのか……」
「ああ、こき使ってやる」
「じゃあ、とりあえず見届け人になってくれるか?」
フィブリスが満足そうに頷く。
恥ずかしそうにフィブリスの肩に顔を伏せているカトレアに近付き、片膝をつくと、フィブリスがカトレアの背中を押す。
「カトレア、淑女のカトレアも素敵だけど、俺は恥ずかしそうに笑い、甘えるように怒るそんなカトレアが好きだよ。カトレアを笑顔にするのは俺でありたいと思う。可愛いカトレア、俺と結婚してくれる?」
左手を胸に当て、右手を差し出す。
「婚約破棄された私でもいいのですか?」
「ふふっ、婚約が破棄されたからといってカトレアの魅力はほんの僅かだって損なわれていないんだよ? 可愛いカトレア」
カトレアは一度フィブリスを見て、フィブリスが頷くのを確認してから、体ごとこちらに向き直る。
「私も、クルーレスお兄様と一緒にいられたら……大きな困難だって乗り越えられる」
辛かった今を乗り越えられたのはクルーレスのお陰だと言っているように聞こえる。
「ずっと……ずっと、心から笑っていられると、そう思います」
そっと手を取ってくれた。
「よろしくお願いいたします」
周囲から拍手が起きる。
「やあやあ! これはめでたいぞ! すぐにでも婚約の書類を作成しよう。結婚式は半年後でいいかい? いいよね? さあ、前祝いだ! 使用人達も集めて、皆でお祝いしよう」
屋敷中が活気付き、夜にも関わらず別邸にいた前公爵夫妻までもがやってきて、屋敷はお祭り騒ぎとなった。
しこたま飲まされた翌日、自領からやってきた両親と兄によって婚約の書類が作成され、提出。そのまま結婚式の日取りまでもが決定し、伯爵位まで貰えることになって驚くやら嬉しいやら。
「俺が、伯爵……大丈夫か?」
「私より優秀なくせに何を言っている。伯爵じゃ勿体無いくらいだ」
「それはないだろ」
「貴様、謙遜は時に嫌味になると知れ。存分に私が使い倒してやるから覚悟しとけ」
「お手柔らかにな、義兄上」
驚異的な早さで物事が進み、大騒ぎの二日間だった。
──一方王宮では。
「なぜ、婚約破棄などしたのです! この馬鹿者」
「え、な、なぜそんなに怒っていらっしゃるのですか?」
「陛下が怒り狂っています。お前は、お前はっ! くっ」
突然ネジが切れたようにソファに座り項垂れる母──王妃に王太子リーズリアンはそっと近付く。
「大丈夫ですか……母上」
「もう、終わりよ。私もお前も終わり」
何が何だか分からず不安が湧き上がる。
「何が終わりなのですか? 言ってくださらないと分かりません」
「教えてあげるわ。お前は陛下の子じゃないの。私が不義をした末にできた子。だからお前には元々王位継承権はないのよ。だけど、カトレアには王家の血が流れてる。公爵の今の妻、カトレアの母親が陛下の妹だから。だからお前は王太子になれた。カトレアに、王家の血が、流れていたから!」
「へ?」
「陛下に言われたわ、浮気性なところは私にそっくりだってね。ほんと、因果応報とはこのことね」
「そんな……」
「お前のことがバレた時、額を地面に擦り付けて許しを請うたわ。陛下は王家の醜聞になるよりはと、カトレアと婚姻し正当な血を残す道を選んで公表しなかった。カトレアと結婚するならば、と。それを、お前が、お前が台無しにしたの!」
狂気の目で見てくる母にガタガタと体が震え、恐怖が足下から這い上がってくる。
「こうなっては醜聞であろうと公表しなくてはならない。私たちはここから追い出されるから準備しておきなさい。行く先なんて限られているけどね」
それだけ言うと、母はよろよろと部屋から出て行った。
リーズリアンはガクンと膝をついた。
喉から搾り出すような声で泣き、その場に蹲った。
──三ヶ月後。
「お断りします。お帰りください」
カトレアは王宮からの使者──宰相の言葉を聞く前に断り、退出を促した。
王家の醜聞は瞬く間に王国を駆け巡った。
王妃の不貞と王太子の出自、王太子による身勝手な虚偽の婚約破棄、そして、王家による隠蔽も。
元王妃も元王太子も修道院に行くことになったという。
浮気相手の男爵令嬢もただでは済まないだろう。
醜聞に加え、フィブリスの怒りをかっている。賠償金は爵位を返上しても払いきれる額ではない。行く末は金持ちの後妻か妾、さもなくば娼婦か。そんなところだろう。
そして、現在の王位継承権を所有しているのは王妹を母に持つカトレアだけである。
あれから、色々吹っ切れたせいか、クルーレスが側にいるからか、カトレアは落ち込むことも淑女の仮面をかぶることも少なくなった。
キッパリと宰相に言うカトレアの隣でクルーレスは苦笑する。
カトレアの隣で腕を組んで不機嫌な顔を隠そうともしないフィブリスにも。
「しかし、これは王家の存亡に関わることでございます。了承を頂けねば帰ることはできません」
「そんなこと、私の知ったことではありません。私はもうクルーレスお兄様と伯爵家を継ぐことが決まっています。どうぞお帰り下さい」
「しばし、しばしお話を」
「話など聞く気はありません。そもそも、私が王家に対してなぜ配慮するなどとお考えになれるのですか? 先だっての王太子──もう元王太子ですが、あの方が起こした出来事をお忘れになられたのですか? まだ謝罪も誠意ある対応もないと聞いておりますが?」
「いや、それは、あの……」
不機嫌顔のフィブリスが少し思案しニヤリと笑う。
嫌な予感しかしない。
「時に宰相殿。うちのカトレアにはもう婚約者がいる。伯爵家三男クルーレスだ。この男は優秀な男でね、後々うちの爵位の一つ、伯爵家をカトレアと共に任せる予定なのだが、宰相殿としてはカトレアに王位を継いで欲しいということでよろしいかな?」
「はい、その通りです」
「じゃあ、この婚約はどうなるのだ?」
「は、王には然るべき──」
「返答は間違えない方がいい。間違えればカトレアの怒りをさらに買うぞ」
フィブリスの呼ぶカトレアと言う声が“唯一の王位継承者”と聞こえた。宰相を脅すとは肝がすわっている。
何十歳も年上の宰相がフィブリスとカトレアにタジタジになっているところは少し面白い。
「まあ、先に片付けるべきことがあると言うカトレアの言葉が正しい。謝罪と、誠意ある対応と、慰謝料。加えて、関係者の処分についても詳しく伺いたいものですね?」
関係者の詳細を聞いてフィブリスが何をするつもりなのか、想像するだけで恐ろしい。
改めて思った。この兄妹はよく似ている。
「は、カトレア様の希望通りに致します。ですので、ぜひご了承頂けましたら……ひらに、ひらにお願いいたします」
「とりあえず、話だけは聞いて差し上げます。クルーレスお兄様よろしいですか?」
前半と後半があまりにも違う言い方でまた苦笑した。
最終的にカトレアは次代の王に決まり、クルーレスは王配になる。
ちまたではカトレアとクルーレスの恋物語が人気を呼んでいる。
身分違いで幼馴染の二人、お互い思いを告げることはなかった。しかし、言いがかりで婚約破棄され、悲しみにくれる公爵令嬢を献身的に支え、救い、笑顔にした幼馴染の青年との間に隠していた恋心が再燃する。やがては二人は結ばれ幸せになる。そんな話を大分大袈裟にしたものだ。
仕掛け人は十中八九フィブリスだろう。
世論の後押しを受け、カトレアとクルーレスは結婚。その後、王位を継承し女王となった。
王が事実を隠し王家の血を持たないリーズリアンとカトレアを結婚させ偽王を立てようとしたことなど諸々の問題の責任をとって退いたせいで婚姻後すぐの王位継承となった。
「今日、視察先で見つけたんだ、これ」
「これ、子供の頃クルーレスがくれたブローチにそっくりだわ。サイズ違いで二つも?」
「一つはカトレアへ、もう一つは……」
ほんの少し膨らんだお腹を優しく撫でる。
「クルーレスもお兄様も気が早いわ。このままだとこの子が産まれてくる前に子供部屋がプレゼントで埋まってしまうんじゃないかしら」
すでに山のように積み上がったプレゼントを思い浮かべ顔を合わせて笑う。
女王と女王を支える王配は、いつまでも仲睦まじく善政を敷き、王配の傍らでは自然な笑顔で笑っていたという。
【完結済み・全12話】
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