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処刑少女VSスパイ少女(手描き挿絵あり)  作者: azakura
【1章】《反旗》のエルゼ
2/7

1-1

「はぁ」


 拘置所の独房にて、冷たい壁に背中を預けて体育座りをするエルゼはため息をついた。広さ四畳程度の、テーブルと布団、トイレに洗面台が設置された灰色の簡易部屋に閉じ込められている。まったく、本当に息が詰まる。

 スパイの任務に失敗して捕らえられてから一カ月が経過していた。


(これまで敵に捕らえられた経験はあるけど、今回のように、一向に助けが来ないのは始めてだ)


 三日もあれば姉妹たちが助けに来てくれていた。そもそも捕らえられるケースは、相手の懐に潜るためわざと捕まるのがほとんどだったが。しかし最先端のAI技術と監視装置、ロボットなどを駆使したこの科学の街では、助けに来たところで逃げ回るのが精一杯か。


(二人は逃げ切れたのかな。捕らえられたという話は聞いていないし、大丈夫だろうけど)


 ともに潜入したチームの二名の安否は知らされていない。捕らえられたら共謀者としてエルゼも裁判に出廷しなければならないので、おそらく逃げ切ったとは思われる。ITのスペシャリストがいるので、そこは大丈夫だろう。

 エルゼはテーブルに手を伸ばしてチョコレートクッキーをもしゃもしゃ頬張る。死刑囚という立場であり、懲役刑は科されていない。ゆえに労働の義務もなく、独房で待機せねばならないが、比較的緩い生活を送っていた。服装もラフな白の半袖Tシャツに黒の短パンの格好だ。


(毎日教誨師の話を聞いて、祈りを捧げて、それに実験動物のつもり? 注射を打たれて医者の診断を受けて、脳波を測定される。これが今の、私の日常)


 はぁ、エルゼはもう一度ため息をつく。

 暇だ。

 暇ゆえに、エルゼは目を瞑った。


 目を瞑って、


(なぜ、私はこんな境遇になったんだろうか)

 ――――……。


       ■


 生まれてからずっと父の顔は知らなかった。


 ドイツ人で娼婦の母は若い日本人旅行者の男と一夜を明かした。誤って妊娠してしまい、中絶しなかった理由はさすがにエルゼは知らないが、結果的に望まれることもなくエルゼは誕生した。それが今から十六年前のこと。

 幸いにも虐待はなく、母は自分の食事を減らしてまでエルゼを食べさせようとしてくれた。男にカラダを売って必死に働いていていた。娼婦という仕事の課程でできてしまった娘ではあるが、その娘には多少の愛情はあったと思う。

 でも、貧困は解消されなかった。


「やだ! おかあさんかえってこないよ!」


 エルゼが五歳の時に母は娘を児童養護施設に預け、行方を眩ませてしまった。数日続いた空腹が我慢できずに泣き喚いてしまった次の日の出来事だった。そのことを後悔して何日も施設ですすり泣いていたことは、十年が経った今でも鮮明に覚えている。


(施設の大人たちは身よりのない私に優しくしてくれて、確かな愛情を持って育ててくれた。けど、貧相な暮らしは変わらず……)


 満腹になることはなく、味の薄い料理ばかりの毎日。遊ぶ気力さえも起きなかった。

 しかし。


 ――転機が訪れたのはエルゼが六歳の時だった。

 洒落たメンズハットを被った壮年の男性が施設を訪れ、エルゼに目を向けたのだ。


「君は非常に優秀のようだ。ぜひ私の娘として迎え入れたい」

「えっ!?」


 目を丸くするエルゼ。たしかに数日前試験のようなものを受けさせられたが。

 その壮年男性の偉大さは後で知ることになる。


(彼の名は、国内どころか世界で名を馳せる大富豪、ランドルフ・フォーゲル)


 交通インフラに飲食業界、ホテルなどの観光業界、果ては軍需産業まで、多大な売上を誇る企業たちのトップに立つ男。一代で巨万の富を築き上げてきた男だ。


「これからはおいしいものもたくさん食べられる。勉強だってできる。もう、無理しなくていいんだよ」


 膝を折って、幼いエルゼと同じ目線で語りかけてくれたフォーゲル氏。

 エルゼは涙を流して、


「よろしくおねがいします」


 快諾した。


(そこに裏があることなんて、幼い私が気づくはずがなかった)


 フォーゲル氏に連れてこられた屋敷に入ると、年齢の近そうな三人の少女たちがエルゼを出迎えてくれた。


「この子たちも君と同じく両親を失った子たちだ。まだ増えると思う。お姉ちゃんや妹と仲良くしてくれ」


 すると、真ん中にいた子がニカッと笑ってエルゼに手を差し出した。


「あたしはレイ、よろしく!」


 たどたどしいドイツ語であいさつした少女はどこか男の子っぽく、それにヨーロッパ系ではなく東アジア系の顔立ちだ。聞けばレイは日本から来た女の子で、エルゼと同い年らしい。


「私はルシアだよっ」

「私はセレナ。あたらしいおねえちゃんだ」


 ルシアはスペインと中国のハーフで、セレナはイタリア系のアメリカ人。二人のドイツ語もたどたどしいが、エルゼは無垢な笑顔で、


「よろしくおねがいします」


 数年かけて姉妹はさらに三人増えて、トータルで七人の姉妹になった。仲良く遊んで食事をして、勉強して、入浴して、一緒のベッドで寝たりして。大富豪の家ではあるが変わった遊びをしたわけではなく、鬼ごっこのようなルールのある追いかけっこをしたり、アニメを見たり、クレヨンでお絵かきをしたり。特に初期の頃は親睦を深める意味で、母代わりのメイド長からおままごとの遊びを推奨され、レイが父親役で、エルゼが母親役をやることが多かった。


(姉妹たちと過ごす日々は心地よくて、どれもが宝物。お父様は教育にも惜しみない費用を投資してくれて、姉妹揃って最高の教育を受けさせてくれた)


 たとえばドイツ語のほか、日本語と英語で自在にコミュニケーションを図ることができるようになった。私立の学校にも通ったが、屋敷でも家庭教師が付いて指導してくれた。


(とまあ、ここまではただの幸運な少女の物語ですけど、これで終わるほど甘い世の中ではないですよね)


 そう。

 一般市民には決して叶わない幸福を授かる代償として、彼女らには三年ほど前に“裏の顔”が与えられたのだ。


(スパイチーム――《楔-kusabi-》という顔を)


 日本を好むフォーゲル氏が名付け親のチーム。“分断を図る”、“小さな力で大きな結果を生む”の意味が込められているそうだ。


(お父様はグループの障壁となる世界の経営者や政治家の弱みを握り、機密情報を盗み、時には暗殺してまで成果を上げる恐ろしい一面があった)


 そうしてスパイとしてのキャリアを順調に積んでいた先日のこと。



「次の標的は――《加速する科学の不夜城(イマジナリーパート)》だ」

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