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異世界で口裂け女に聖女を添えたら意外と有能説

作者: 和ともなか
掲載日:2026/02/22

短編3作目です。開いてくれてありがとうございます。

 令和の人間ども、ごきげんよう。

 昭和からギリギリ生き残ってる口裂け女ですよ。


「ところで、ここはどこかしら?」


 さっきまでビルに囲まれた場所にいたのに、今はなぜか、見渡す限りの草原に一本伸びる土の道の真ん中に立っている。

 遠くにうっすらと森らしき影がみえるけど、こんなに山も舗装された道路も電柱の1本も見えないなんて、もしかして、日本じゃないのかもしれない。

 ワンチャン、北海道って可能性もあるけど、土の道って……。


「そういえば、信号待ちしてた男子高校生を脅かそうと近づいた時に、足元が光ったような? もしかしてあいつ、現代に生きる陰陽師か何かだったの?」


 陰陽師の技で、妖である私を海外に飛ばしたのだろうか。

 ほら、口裂け女の噂を知らない人間ばっかりだと、いずれ弱体化して消えていくから。

 いにしえの妖と違って、人の噂から生まれた都市伝説的な妖は、人の記憶から消えたら存在もあいまいになっちゃうのよねえ。

 実際、若者と外国人の割合が多い都心では、私の仲間はほぼ絶滅したらしい。


 え? そもそも口裂け女を知らない? 

 まあ…そういう子、増えてるわよね。遠野物語に出てこないくせに、そこまで新しくもないから。


 諸説あるけど、口裂け女っていうのは、黒髪ロングの美女で、口元をマスクで隠し、道行く人に「私きれい?」って尋ねるの。それで「きれい」って言われら「これでも?」ってマスク外して、大きく裂けた口を見せるのね。

 それで「きれい」って答えても「きれいじゃない」って答えても、包丁で殺すらしいんだけど……いや、殺したら噂広がらないから。


 まあ…いろんな口裂け女がいるけど、私は殺さない派。演出凝っといて最後に包丁って、なんか粋じゃないでしょ。

 だから私自身は、豆腐小僧くらい無害だと思ってる。だから令和まで生き残れたと思うんだけど……。


「ここが外国だったら、私もとうとう年貢の納め時ね」


 あーあ、と前髪を掻きあげながら一つため息をつく。


「そもそも、もう時代に合ってないのよね」


 KPOPアイドルの八頭身に、昭和女が張り合えるわけないじゃない。「私きれい?」って聞いて「きれい」って答えてもらえなきゃ、裂けた口とのギャップが生まれないんだから。

 てか、今の医療技術なら、この口も治せそうな気がするわ。


「はあ…嫌になっちゃうわね」


 とはいっても、ここで嘆いていても仕方がない。


「人間探すか」


 どうせ消えるなら、最後に口裂け女の真骨頂をお見せしたい。

 そう思った私は、第一村人を発見するため、キャメルのコートを翻し、森が見える方角へと赤いハイヒールで歩き出した。


 踏み固められているが、けっして平坦ではない土の道を丸一日かけて闊歩して、ようやく森の入り口に到着する。が、ここまで人影0!

 草原に角が生えたウサギが走り回っていて、二度見三度見したくらい。

 土の道は、森の中へと続いている。


「とりあえず進むか。草原より足元悪そ~。頑張るとか私のキャラじゃないのに」


 口裂け女はアンニュイな美女なのよ。

 そうぶつぶつ文句を言いながら森の道を歩いていくと、人が争っているような声が聞こえてきた。

 やっと、人間発見か!?

 気は急くけど脅かすつもりなので、そっと声がする方へと歩いていく。


 まず見えたのは、体格がいい薄汚れた男達だった。

 その中の一人が、3歳くらいの幼女を腕にかかえ、その子に剣を向けている。その周りに似たような男達が4人ほど。みな、革の鎧のようなものを身に着け、剣を握っている。

 男達と対峙しているのは、騎士のような甲冑姿の女に、地味なドレスの女中さん?


 ……平成から流行りだしたハロウィンの仮装ってやつ?


 子どもを人質に取っている男達の背後で、私は顎に指をあて首を傾げた。

 さらに不思議なことに、見た目は日本人じゃないのに、言葉がわかる。


「ゲヘヘヘッここまで女ばかりとは思ってなかったな。今日はついてるぜえ」

「女は高く売れるし楽しめるからなあ。さあ、こいつの命が惜しけりゃ無駄な抵抗はしねえことだ」


 あらまあ、悪人のテンプレートのような台詞。

 この国、土の道で道路事情悪いうえに、治安も悪いのね。

 おや? 強盗達の剣も女騎士の剣も本物っぽいんだけど、今どき長剣が標準装備って、いったいどこの国なのさ?


「それにしても、女達の涙は間違いなく本物ねえ」


 口裂け女って、職業柄、人の恐怖や悔恨の感情には敏感なの。

 ねえ、女に乱暴な男って最低じゃない?

 別に女の味方じゃないけど、口裂け女って、男に虐げられ傷つけられた女の憎悪も少々背負ってるのよ。まっ、諸説あるけど。


 というわけで、私はこの男達がきらい。


 気配を消すことをやめ、足音を立てて近づいていく。

 ハッと気づいた男達が表情を引き締め、こちらに振り返る。そしてまた、ニヤァと頬を弛めた。


「おい、また女が増えたぞ」

「ねえ、私きれい?」


 お決まりの台詞を言いながら、のんびりと男達に近づいていく。


「ガハハハハッ俺はもっと胸がデカいヤツがすきだぜ!」


 調子に乗った男の1人が私の腕を掴もうとしてきたので――

 とりあえず蹴り飛ばした。

 勢いよく木に激突した男が、大きく木を揺らして力なく倒れこむ。

 強盗達が一気に臨戦態勢を取った。

 が、遅い。

 瞬時に距離を詰め、次々に蹴り飛ばしていく。

 100mを3秒で走る口裂け女の脚力を甘くみてはいけない。


「さあ、残るはあなただけよ」

「こっこいつがどうなってもいいのか!?」


 仲間が一瞬でやられ、動揺を隠しきれない男が、幼女に刃を向けて怒鳴り散らす。

 その様子を流し見ながら、蹴り飛ばされた男が落とした長剣を拾い上げた。


「ねえ、人を刺そうとしてんだから、刺される覚悟はあるんでしょう?」

「ここここいつがどうなってもっ」

「あなたがその子を刺す前に、私があなたを刺しちゃえば問題ないでしょう?」


 都市伝説系の妖怪って、なぜか身体能力が高いのよ。

 目で追えない速度で間合いを詰め、幼女に向けている剣を上にはね上げる。


「うわああああ」


 手から剣が消えた男は、慌てて逃げようと幼女を放り投げる。それを女騎士が滑り込んでキャッチ。私は無様な男を蹴り飛ばして、強盗はすべて地に伏すこととなった。



「助けてくださり、ありがとうございました」

「本当に助かりました」

 気絶している強盗達を縛り上げてその辺に転がした女騎士と女中さんが、口々に礼を言ってくる。この女中さん、意外と武闘派っぽいわね。


「ありがとっヒック、ごじゃいまっしゅ」


 しゃくりあげながらも、あどけない口調で幼女も礼を言う。

 改めて幼女を見れば、銀髪…いやプラチナブロンドってやつ? 瞳も澄んだブルーで、なんかすごいわね。


「ところで、ちょっと道に迷ったんだけど、近くに町はないかしら? 出来るだけ人が多くて大きい町がいいんだけど」


 妖が紛れるには、人が多く死角になる場所も多いに越したことはないからね。

 すると弾かれたように顔を上げた女騎士が、それでしたら、と言いながら距離を詰めてきた。顔が近いわ。


「ぜひ、ご一緒しませんか? いえ、あなたの強さを見込んでお願いいたします! もちろん報酬もお支払いします。モンタナ辺境伯様が治める町まで、護衛をお願い出来ないでしょうか」

「護衛って……」


 私、妖怪なんだけど。

 確かに治安が悪い物騒な国みたいだけど、妖怪の私もなかなか物騒な存在なのよ。

 期待に満ちた3対の瞳に見つめられ、私は小さくため息をつきながら、マスクのゴムに手をかけた。


「……これでも?」


 ゆっくりとマスクを外す。が、3人ともきょとんとした顔でこちらを見ている。

 え? 私の口裂けてない? 

 思わず手で頬を触って確かめるが、ちゃんと耳まで裂けている。うん、間違いなく口裂け女ね。なのに? なんで? 口裂け女を見た反応がそれなの?

 しばし見つめあうと、ああ…と何かに気づいたように女騎士が声をあげた。


「あなたは蛇か鰐の獣人、もしくはリザードマンをご先祖に持つお方なのでしょうか。お恥ずかしいですが、私はいままで都から出たことがなかったので、人種には詳しくないのです」


 眉を下げた女騎士に、は? と思わず真顔で返してしまった。

 ん? どゆこと? 

 私と似たような方々がいらっしゃる国なの? というか、獣人とかリザードマンて、RPGやラノベにしか出てこないと思うんだけど。

 私の微妙な反応をどう受け取ったのか、女中さんも身を乗り出す。


「あの、大昔には獣人の国と争っていた時期も確かにありましたが、今は差別もなく、どの国でも、エルフもドワーフも獣人も見かけますよ。そこまで気にされなくても大丈夫かと思います」


 いえ、大丈夫じゃないわ。

 さらに気になる単語出てきたのだが? エルフにドワーフってあなた……。


「おくち、もっと大きいひといるよ」


 幼女もまったく怖がりもせず、そんなことを言う。


「ですからお気になさらず、どうか辺境伯様の町までご同行いただけないでしょうか。あっ申し遅れました。私はこちらのレベッカ様をお守りする騎士、アンジーと申します」

「私はレベッカ様の専属メイドのリリアです」


 突然、始まった自己紹介。私のこと知らないって、こんなに気まずい気分になるのね。

 女騎士は見た目通り騎士で、女中さんはメイドさんか。


「……わたしは口裂け女よ」

「クチックチシャ、クチシャケさん! おんな。レベッカはね、レベッカで、おんなよ」

「わっわたしも女です。リリアも女です。クチシャケ殿の種族は性別もおっしゃるのですね」


 違いますけど。

 クチシャケって、あなた達、私の口が魚の鮭に変化したらどうしてくれるの。


「はあ…もうどうでもいいわ。人のいる町に着くまでよ」

「引き受けてくれるのですね! ありがたい」

「ありがとうございます!」


 まっ、少しの間の辛抱ね。

 土地勘のないところで意地張るより、地元民についていくほうがいいでしょう。……なんか、妙な場所だし。


「それではクチシャケ殿も、こちらにお乗りください」


 女騎士が、2頭の馬が引く箱馬車へ乗るように促してくる。

 そう、あえて無視していたのだが、最初からずーっと女騎士とメイドの後ろには、観光地でしか見かけない馬車が存在していた。

 この馬車、やっぱり仮装の舞台装置とかじゃないのね。


「御者は私が務めますので、ご安心ください」


 女騎士が馬車の前の座席に軽やかに飛び乗りながら、二カリと眩しい笑みを向けてくる。

 脅かす立場の口裂け女を困惑させたまま、馬車は静かに動き出した。


 道中は、特に話すこともなく無言で進んでいく。

 さきほどの強盗のせいで泣き疲れたのか、幼女レベッカは馬車が進み始めて早々に、メイドの膝を枕にして眠ってしまった。


「そういえば、強盗はあのままでよかったの?」


 適当に縛り上げていたけど、あいつらの剣もそのまま放置だったから、目を覚ましたら簡単に抜け出せるんじゃないかしら。

 向かいに座っているメイドは、困ったように眉を下げた。何かをためらうように、口を開け、また閉じる。


「私はこの国のこと知らないから、あなた方がいいならいいんだけど」


 軽く肩をすくめてみせると、メイドは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


「……本来なら、捕まえた盗賊は、近くの町の警備隊に引き渡します。懸賞金がかかっている場合もありますし。ですが、私たちは急いでいるので、一刻でも早く、辺境伯様の領地に入らなければならないので……」

「ふ~ん、あーそう」

 なるほど、訳アリってわけね。

 そもそも私に護衛を頼むほど物騒な国なら、最初から護衛を雇うんじゃないかしら。お金に困っているようには見えないし。

 でも、それが出来なかったから、女3人で移動してる?


 まっ、妖の私には関係ないことよね。


 興味を失くしたように窓の外に視線をやったら、メイドリリアがホッとしたような気配があった。

 なぜそんなに急いでいるのかって訊かれるかと思った? 訊かないわよ、面倒そうだもの。私は町に着いたらさっさとおさらばして、口裂け女としての道を歩みますから。


 数時間ほど経過し、日が暮れてきたが、ここまでの道程で目にした人工物は、今使っている土の道しかない。

 言葉は通じているけど、やはり日本ではないのかと、知らずため息がもれた時、馬車の進みがゆるくなり、とうとう停止する。


「今日はこのセーフエリアで、朝まで休憩します」


 女騎士アンジーが馬車のドアを開けて、笑顔で告げた。

 外に出ると、土の道の脇に作られた運動場のような広場に馬車は止まっていた。広場を意味深に石柱が囲んでいる。なんだかイギリスのストーンヘンジっぽい。

 広場の端のほうには、安いキャンプ地にありそうな素朴な作りのかまどがある。


「こんなとこで夜を過ごして大丈夫?」


 もちろん私は平気よ、そもそも寝ないし。

 幼女を含めた女3人に尋ねると、アンジーがしっかりと頷いて、石柱を指さした。


「この街道にいくつか設けられているセーフエリアは、あの結界石のおかげで、魔物はここに入って来れません」

「魔物……」

「あ、もし魔物が来ても大丈夫ですよ! 私は剣の他に火魔法が使えますし、リリアも水魔法が使えます」

「魔法……」

「はい。火と水なので、野営には困らないんです私達」

「……」


 胸の前でこぶしをぎゅっと握る彼女の顔は、大真面目だった。

 ふとリリアのほうを見れば、手のひらから水を噴き出し、お鍋に注いでいる。


「……」


 冷静さを取り戻そうと空を見上げれば、群青色になりつつある空に、見知らぬ惑星がいくつか輝いている。

 私は無言で小さく数回頷いた。


 あーここ、地球じゃないわ。

 あーここ、剣と魔法の異世界だわ。


 なんか今、ラノベとかアニメで流行ってたわよね、異世界転生てやつ?

 あーなるほどなるほど。それなら今までのこと全部説明つくわ――って私、妖怪なんだけど何故に!? 


「そしてこれは、さらに強い結界箱です。これが発動している間は、半径3メートル以内に、魔物どころか悪意を持つ人間も近づけません」


 内心動揺している口裂け女に気づかず、アンジーがいつのまにか手にしていた箱の説明を始める。

 え、なにその最新型防御機器は。剣と馬車の生活レベルのくせに、悪意が読める技術ってなにさ。


「……それがあったのに、強盗に襲われたの?」

「いやっ、あの時はその、トイレ休憩で短時間で……いえ、これは大きめの魔石が必要なので頻繁には使えないと温存した私が浅はかでした」


 昼間のことを指摘すると、アンジーはあわあわした後、最終的にしょんぼりしてしまった。

 あら、この子、よく見たら若いかも。

 かまどのところで、アンジーに向かって「火をつけてくださーい」と叫んでいるリリアも、改めてみると頬に丸みがあって、もしかしたらどちらも10代かもしれない。

 ちなみに幼女レベッカは、いまだに馬車で爆睡中です。


 このセーフエリアを今夜使うのは私達だけのようなので、かまどの横に馬車を移動させ、そこで暖を取って夜を明かすことになった。

 リリアのスープが出来上がる頃、馬車からリリアを呼ぶ声がしたため、アンジーがレベッカを抱っこしてこちらに連れてくる。

 ファンタジーなバッグなのか、手のひらサイズのポーチから、リリアがパンを幾つか取り出して皿に乗せていく。

 そして4つの皿にスープを注ごうとしたので、私はストップをかけた。


「私の分はいらないわよ。食べないから」


 え? と驚いたリリアが動きを止める。

 クチシャケ殿、とアンジーが神妙な顔で名を呼んだ。名を、口が鮭に…いや、もういいわクチシャケで。


「食料の残量を心配されているのであれば、大丈夫ですよ。脱出する時に多めにマジックバッグに詰めて持ち出してますから」


 おいアンジー、脱出って軽く身の上バラしているぞ。

 そっちがその気なら、こっちもバラすわよ。


「あーそういう理由じゃないのよ。私、人間じゃないの。だから、遠慮して断ってるんじゃなくて、もともと食べないの」


 すると思いもしない方向から反応があった。


「うん、クチシャケさんは、レベッカたちとちがうのよ。えっとね、ひと、ちがうの」

「え…レベッカ様、それはどういう?」


 かまどの横にあった石に腰かけたアンジーの膝の上で、レベッカが訳知り顔でうんうんと頷いている。


「あら、おチビさん、気付いてたの?」


 これは意外。


「クチシャケさんは、しぇいれいさん?」 


 ブルーの瞳でまっすぐにこちらを見つめながら、こてんと首を傾げる。


「しぇいれいさん? ああ、精霊ね。そんな清らかなモンじゃないわよ、私は」

「しぇいれいさんちがう? んーあっ、ようしぇいさんだ! うん、クチシャケさんは、ようしぇいさん!」


 断言された瞬間、私の身体がフッと軽くなった。

 この世界に来てからずっと感じていたダルさが消え、急に背筋が伸びて力がみなぎってくる。


 ヤダちょっとこの子何者? 影響力が強い! 

 なんだかさっきより、お肌つるつるで、髪もつやつやな気が――


 OK!!


 私は今日からあなたの妖精さん!

 口裂け女、美には非常に貪欲でございます。

 つやつやつるつるになるなら、妖怪だという拘りなど簡単に捨ててやりますわ。


「あらバレた? そう私、妖精なのよ」


 内心の高揚を隠してそっけなく返すと、レベッカの顔が花開くように輝いた。

 あら、可愛いじゃないの。


「なんと! クチシャケ殿は妖精様でしたか! あのように強かったのも納得です」

「まあっ妖精様が味方してくださるなんて……ああ、さすがレベッカ様ですわ」


 アンジーが目を見張り、リリアは目に涙をためて口元を手で隠し、震えている。

 おい、護衛がそんなに簡単に信じて大丈夫か? 


「ああ。さすが聖女様だ。これはまさしく神の御導きでしょう」


 だからアンジー、さっきからうっかり発言が多すぎるぞ。


「聖女様って……」


 思わず小さく呟くと、アンジーとリリアが同時に頷いた。


「レベッカ様は、まぎれもなくこの国唯一の本物の聖女様なのです」

「アンデットのような魔物を倒せて、穢れを浄化でき、治癒にも優れた光魔法を持つ、まごうことなき聖女様なのです」


 凛々しい表情で二人が告げる。言われている当人のレベッカは、いつのまにかパンを頬張っていた。

 お腹空いてたのね……って、ちょっと待って穢れを浄化?


 あっぶない。

 危なかったわ。


 不用意にこの子に触れていたら、妖の私は聖なる力で消滅させられてたかも。だって、ちょっと口で妖精って断言しただけで、こっちが変化するほどの影響力の持ち主よ。尋常じゃないわ。


「リリア。妖精様なら、ご相談しても良いのではなかろうか?」

「ええアンジー。私達だけでは心もとなかったものね」


 まてまてアンジー&リリア、勝手に私を巻き込もうとするんじゃない。


「とりあえず、ご飯にしたほうがいいんじゃない? おチビさん、もう食べてるし」


 レベッカを指させば、ハッとしたようにリリアがスープを皿に注ぎ始める。

 では話は私が、と頼んでもいないのに、アンジーが勝手にここまでの事情を話し始めた。


 アンジーの話はこうだった。

 昨日、突然第二王子派が、勇者召喚の儀を行った。

 それが成功して、一人の男性が降臨したそうだ。

 勇者は聖女と協力して魔物に奪われた土地を取り戻す任務に当たるのだが、聖女であるレベッカが幼すぎると物言いがついたらしい。

 確かに幼すぎるのだが、レベッカの代理に選ばれた人物が問題だった。

 本来なら聖職者から選ばれるはずが、第二王子派のごり押しである公爵令嬢が選ばれた。この令嬢、光魔法は使えても、魔力も弱く大した実力もないらしい。


「そのため、あの者達は、勇者に公爵令嬢を侍らせ、実務はレベッカ様に押し付けようと考えていたのです」


 ちなみにレベッカのご両親は第一王子派。

 なんかややこしいんだけど、第一王子の方が年上だから位が上とか無いらしく、どちらかと言えば、母親の実家が強い第二王子派の方が強いらしい。


「それで、向こうのいいように使われる前に逃げてきたと」

「端的に言えばそうです。こちらの主な騎士や従者、侍女の動向は見張られていたので、ノーマークだった私とリリアがレベッカ様を連れて、第一王子派の手引きで城を脱出したのです」


 やっぱりこの二人、敵方に知られていない新人だったのね。若いと思ったわ。


「それで、なんだっけ? 辺境伯だっけ?」

「はい。辺境伯領は、レベッカ様の御母上のご実家なのです。相手が王族となると、対抗できる方は少なく…。本当に辺境伯様が、レベッカ様の御祖父様で良かったです」


 なるほどねえ。

 まっ、小さいのに大変ねえって感想しか出てこないけど。

 それにしても勇者召喚か。昨日といえば、私がこの国に飛ばされて来たのも昨日なんですが。


「あの足元光ったのってもしかして召喚……」


 まさか陰陽師に飛ばされたんじゃなくて、巻き込まれ召喚だったなんてこと……口裂け女はそれ以上考えるのをやめた。

 ああ、夜空に浮かぶ不思議惑星がきれいねえ。


「このまま何事もなく無事に辿り着ければ良いのですが」


 おやまあアンジー、それはフラグというものよ。

 噂をすれば、ほら。


「さておチビさん、ここで問題です」

「うん?」


 パンとスープを完食して、果物のジュースを飲み干したレベッカが小首を傾げる。

 食欲と睡眠欲が満たされて、頬に赤みがさして顔色ばっちりね。

 私は自分の長い黒髪を指でつまんで持ち上げてみせた。


「妖精である私は、この長い髪を使って戦います。どんなふうに敵をやっつけるでしょうか?」

「あのねっ、びゅーってのびて、グルグルッてまくのよ!」


 びゅーっと言いながら、レベッカが短い両手でバンザイする。

 あら、あまり期待してなかったけど、なかなか良い回答。

 私の髪がうねうねとメデューサのように動き出す。これなら使えるかもね。


「アンジー、リリア。今すぐレベッカを連れて馬車の中へ。結界箱を発動させて」

「クチシャケ殿?」

「敵さんのおでましよ」


 アンジーとリリアが弾かれたように立ち上がる。

 リリアが即座にレベッカを抱き上げて馬車の中に押し込み、アンジーが箱をいじってから馬車の中にそれを置いた。

 二人がそれぞれの剣を抜く。リリアの不思議ポーチには剣も入ってたのね。


「いや、あなた達も馬車の中に――」


 言い終わる前に、全員その場を飛び退く。

 敵さん達も、こちらに気づかれたとわかったらしい。

 気配を消すことをやめて襲ってきた奴らは5人。

 素早く動きながら髪の束を伸ばす。

 1人2人3人、髪の量と強度的に3人が限界か。髪で拘束した3人を地面に転がす。初めて使った技にしては上出来だと思うわ。

 でもこいつら、昼の強盗達より格上ね。

 アンジーとリリアが、拘束し損ねた黒づくめの男達と剣を交える。

 さて、ここからはノープランだ。


「レベッカ様! 中にお戻りください!」


 リリアの声で振り向けば、開いた馬車のドアからレベッカが顔をのぞかせている。

 おっと、あの子を取られたらゲーム終了よ。

 瞬時に馬車に寄ってドアに手をかけてから、ふと思いつく。


「レベッカに次の問題です。私のこの手は、どんな風に変化して、敵と戦うでしょうか?」

「クチシャケさんのおてて? んーと、おててで…あっ、おててでレベッカをたかいたか~いするの!」


 私はレベッカの両脇に手を差し入れ、ひょいと頭上より高く持ち上げた。


「は~い高い高~い」


 レベッカがキャッキャッと喜ぶ。


「いやっ、違うから!」


 無自覚に体が動いてたわよ。聖女の言霊、恐るべし!


「ほらもう~髪をナイフで切って脱出しかけてるじゃないの。でも聖女に触れても消滅しないことがわかってよかったわ」


 手が変化して戦うってのは、幼女には難易度高い質問だったかもね。

 よしっじゃあもう面倒だから、蹴ろう。


 さっさとレベッカを馬車に押し込めてドアを閉めると、100m3秒の俊足でもがいてる3人を続けて石柱の外へと蹴り飛ばした。

 うわあ、という人の声とギャギャッと動物らしき声が響く。あ、動物じゃなくて魔物か。

 蹴られた奴らは魔物と戦ってるみたいなので、アンジー達の加勢に動いた。


 アンジーの剣が弾かれた瞬間に男を蹴る。が、躱される。おや?

 飛び退いた男が、退けー退けーと叫びながらさらに飛び退いていく。

 リリアと剣を交えていた奴も後退し、やがてセーフエリアは静寂を取り戻した。

 2人とも剣を構えたまま、気配を探っている。

 かまどの薪がはぜる音だけが響く。


「もう大丈夫と思うわ。私の妖か…妖精センサーがそう告げてるわ」


 私の一声で、2人の肩から力が抜けた。

 カランとリリアが剣を落とし、見れば両手が震えている。


「私もまだまだです。精進しないと」

「リリアはメイドにしては充分強いと思うが」

「守れなければ意味がありません」


 まあ確かにそうだけど。

 落とした剣を拾い上げてポーチにしまったリリアは、馬車のレベッカの元へと向かった。


「昼間の強盗より、格段に強かったわね」


 アンジーが同意するように頷く。

 私の蹴りを躱すなんて。そんな相手と互角にやりあっていたアンジーは、結構強いんじゃない? 聖女の護衛を任されたのは、ノーマークだったからだけじゃないかもね。


「昼間の奴らはおそらく単なる野盗ですが、今回は第二王子派の刺客でしょう」


 まあ、そうでしょうね。


 のんびりごろごろは好きだけど睡眠は特に必要ない私と、アンジーとリリアが交互に見張りを行った。

 大丈夫。睡眠不足はお肌の敵だけど、この子らは若いから、すぐ取り戻せるわよ。


 予想外の私の存在に恐れをなしたのか、朝が来ても出発しても、再び襲われることはなかった。


「町の防壁が見えてきました!」


 アンジーの声が弾んでいる。

 馬車は順調に進み、とうとう目的地である町が見えてきたらしい。


「もうすぐ到着する町には、人が沢山いるのかしら?」

「はい。この国で2番目に大きい貿易都市ですから」


 答えるリリアの声も弾んでいる。

 たのしみね~なんて言いながら、レベッカがリリアと微笑みあっていた。


 ふむふむ、2番目がどれほどの規模かわからないけど、貿易都市なら、私が出没できる路地裏もありそうね。

 ようやく見えてきた土の道以外の人工物に、私のマスクの下の口角もあがる。


 さて、この子達と別れたら、雑踏に紛れて妖怪口裂け女に戻りますか。


 そう、この時の私はまだ知る由もなかった。

 聖女の影響力が、どれほどのモノかということを。

 それでもまあ、私は私の道を行くだけよ。


 End



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