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第三話

 ギルドを出た私は、まず現実的な問題に直面していた。

(……寝床)


 今日はもう、体力的にも精神的にも限界だ。

 受付の人に教えられた場所へ向かう。

 ギルド斡旋の宿――

 要するに、初心者向けの安宿らしい。


 木造二階建て。

 看板には「休息亭」と書かれている。

(ネーミング、優しい)

 扉を開けると、年配の女性が顔を上げた。


「いらっしゃい。泊まり?」


「はい。

 一泊お願いしたいんですけど」


「銅貨二枚。

 部屋は相部屋、食事付きだよ」


 私は即答した。

「お願いします」


(安い……!)

 銅貨を二枚、差し出す。

 女将さんは、手慣れた様子で受け取った。


「今日は運がいいね、ちょうど空きがある」


「助かります」

 部屋は質素だったけど、清潔だった。

 藁の寝台、毛布、最低限の荷物置き。

(日本のカプセルホテルより快適かも)

 しばらくすると、食堂に呼ばれた。

 スープと黒パン少しの肉、豪華じゃないけど、温かい。


(……ちゃんと“食事”だ)


 思わず、ため息が漏れる。

「異世界初日、生存確認完了」

 ハリセンを壁に立てかけ、椅子に深く座る。

 ふと、今日受け取った報酬を取り出した。

 銀貨が数枚、銅貨が少し。


(……これ、どれくらいの価値なんだろ)

 女将さんが、ちらりとこちらを見る。

「初めての街かい?」


「はい、通貨の感覚がまだ分からなくて」


「そうだろうねぇ」


 女将さんは、指を折りながら説明してくれた。

「基本は銅貨、銀貨、金貨、大金貨の順さ」


「上がるほど価値が高い、と」


「そう。銅貨は庶民の金。

 一枚で、だいたい軽い食事一回分」


(……日本円で言うと500円くらいかな)

 SE脳が即座に換算を始める。


「銀貨は?」

「銅貨百枚分、一週間の宿代とか、ちょっとした装備代だね」


「金貨は……」


「銀貨百枚、普通の人は、滅多に見ない」

 女将さんは、少し声を落とした。


「大金貨は、そのさらに百倍、一生分の金、って言われることもある」

(桁、エグ……)


「それ以上もあるけど、王族とか、大商人の世界さ」

 私は銀貨を見つめた。


(今日のあれ結構ちゃんとした報酬だったんだ)


「……とりあえず」

 私は銅貨の袋を閉じる。


「明日は、仕事探しですね」


「無理はするんじゃないよ」


「無理しないと、この世界では生きられなさそうなので」

 女将さんは苦笑した。

 部屋に戻り、寝台に横になる。

 天井を見上げながら、今日を振り返る。


 殺されて。

 神様に会って。

 殴って。

 登録して。

 泊まった。

(濃すぎる初日)


 目を閉じる。

 ハリセンは、手の届く場所に置いた。

「……明日も、ツッコミが必要そうだな」


 そう呟いて、私は深い眠りに落ちた。


 翌朝。

 銅貨二枚分の朝食は、思ったよりちゃんとしていた。

 黒パンとスープ、それに小さな果物。

(お得すぎる、優秀)


 私はギルドへ向かった。

 今日は――

 初依頼を受ける日だ。


 昨日よりも人が多い。

 視線が、ちらちらとこちらに向く。


(……気のせいじゃないよね?)


 受付の女性が、私を見るなり微笑んだ。


「おはようございます。

 本日、初依頼に参加されますか?」


「はい」


「では、こちらのチームに合流してください」

 指さされた先には、三人の冒険者がいた。

 全員、私より少し年上に見える。


「今日の依頼は、四人一組で行動してもらいます」

 私は近づいた。

「……えっと」


 一番背の高い、剣を持った男性が口を開く。

「俺はロルフ。前衛担当だ」

 がっしり系。

 安心感ある。


「私はミナ。回復と支援」

 落ち着いた女性。

 この人、常識人枠だ。


「僕はセイル。索敵と魔法」

 眼鏡っぽい青年。

 ちょっと理屈派。


(バランス、めっちゃいいのでは)

 三人の視線が、私に集まる。


「君は?」

 来た。


(……そういえば)

 私は、完全に忘れていた。

(名前、決めてない)


 前世では、特別でもなんでもないSE。


 目立たずバグを直して残業して帰って寝る。

(モブだったんだよなぁ)


 少し考えて、私は口を開いた。

「……モブで」

 一瞬、空気が止まった。


「……え?」

 ミナが瞬きする。

「モブ」

 もう一度言った。


「前世、モブだったので」

「いや、それ名前じゃないだろ」


 ロルフが即ツッコんだ。

(あ、ツッコミ枠取られた)

「仮名です」


「仮名でもおかしい」

 セイルが額に手を当てる。


「ギルド登録名は、正式な名前が必要なんだけど……」


「じゃあ、モブ・仮」


「余計ひどい!」

 三人同時にツッコんだ。

(あ、三方向ツッコミ、気持ちいい)

 受付の女性が、恐る恐る口を挟む。


「えっと……登録上は、呼称でも構いませんが」


「本当に?」


「はい……」

 私は即答した。


「じゃあ、モブで」

 ペンが止まった。

 受付の人が、震える手で書く。


「……モブ、さん」


「さん付けしなくていいです」


「そこじゃない!」

 またツッコミが入る。

 ロルフが頭を掻いた。


「まあ……名前はそのうち変えればいい」


「そのつもりです」

 本当か? 自分。

 依頼内容が配られる。


「街道沿いの見回り。

 最近、騒ぎを起こす者が増えている」


(またか)

 ミナが私を見る。


「モブさん、武器は何を?」

 私は、ハリセンを掲げた。


「これです」

 沈黙。


「……冗談?」


「本気です」

 セイルが真顔になる。

「昨日、ギルドで暴れた者を一撃で止めたの、あなた?」


「物理的にですけど」

 三人は顔を見合わせた。


「……よろしく」

 ロルフが、慎重に言った。


「こちらこそ」

 私はハリセンを肩に担ぐ。


(名前はモブ。武器はハリセン)

(うん、完全に主人公じゃない)


 でも。

 この世界で必要なのは、ちゃんとツッコめる人間だ。

 それなら、私は適任だ。


 こうして**モブ(仮)**の初依頼が始まった。


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