閑話 モブの休日
あたしの名前はモブ。
由来‥前世で目立たなかったから。
以上。
今日は休日だ。
――平和。
それだけで泣きそうになる。
朝の光がカーテン越しに差し込む。
どこからも「我が名は――」が聞こえない。
「……最高かよ」
ベッドの上で大の字になる。
ここ最近の出来事を思い出す。
喋るスライム。
名乗ろうとするワイバーン。
空中で二つ名を叫ぼうとして叩き落とされた大型魔獣。
「なんであたしの人生、自己紹介する輩と戦ってんの?」
胃がじわっと痛む。
⸻
そうだ市場へ行こう。
せっかくの休日。
今日は普通の女の子らしいことをする。
服を見る、甘い物を食べる、雑貨屋をのぞく。
「今日は武器屋には行かない……行かないからね……」
フラグを折って市場へ。
市場は賑やかだった。
「いらっしゃい!」
「今日の野菜は安いよ!」
うん、普通。
誰も闇を背負っていない、誰も右目を押さえていない。
うーん、幸せ。
焼き菓子を買う。
銅貨1枚(500円相当)。ちょっと贅沢。
ベンチに座ってそれをかじる。
「……おいしい」
普通の味、普通って素晴らしい。
⸻
しかし世界は甘くない
「……ふっ」
聞こえた低い笑い声。
あたしはゆっくり顔を上げる。
そこには――
黒マントではない。
ただの八百屋の兄ちゃん。
「……気のせいか」
過敏になりすぎだ、自意識過剰かもしれない。
焼き菓子をもう一口。
「――この大根は“堕天の根”と呼ばれていてな」
バシィン!!
無意識ハリセン発動。
「普通に売れ普通に!!」
市場が静まる。
八百屋の兄ちゃんは目をぱちぱちさせた。
「え? いや、ちょっとカッコよく売ろうと……」
「やめて。今それ流行ってないから」
流行ってない、パンデミック中なんだよ。
周囲の人がざわつく。
「やっぱりあの子、例の……」
「厨二病殺しの……」
「やめろその異名!!」
⸻
気分を変えよう。
美容院へ行く。
鏡の前に座る。
「今日はどうしますか?」
「普通で」
「普通ですね」
「とにかく普通で」
美容師さんがハサミを持つ。
「では……“静寂の――”」
バシィン!!
「技名つけないでカットして!?」
「す、すみません! 最近つい!」
なんで市民まで感染してんの!?
ハリセンが社会インフラになりつつある。
⸻
結局、街の半分を叩いてしまった。
あたしは宿に戻る。
ベッドに倒れ込む。
「休日とは……」
天井を見る。
ふと、前世を思い出す。
残業帰りの夜、疲れた体。
突然現れた、重度の厨二病野郎。
あのときは、ツッコむ暇もなかった。
「……今は、ちゃんと叩けてるだけマシか」
少しだけ笑う。
この世界は変だ。
でも――
あたしは、ちゃんと生きてる。
ハリセン一本で。
⸻
夜
窓の外で風が鳴る。
静か。
今日は誰も名乗らなかった。
……いや、何人か名乗りかけたけど。
目を閉じる。
「明日は平和だといいなぁ……」
遠くで、どこかの屋根の上。
「くくく……次なる舞台は――」
バシィン!!
「休日に仕込みすんなぁぁぁ!!」
――モブの休日は、完全には休めない。




