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第十八話

――名乗り始めたのは、スライムだけじゃなかった

 結論から言う。

 私の胃は、死にかけていた。

「……うぅ」


 ギルド医務室の簡易ベッド。

 天井を見つめながら、私は腹を押さえる。

「無理」

「今日は無理」

「世界の歪みとか知らん」


 隣で、医師が首を振った。


「外傷なし」

「毒なし」

「魔力異常なし」


「じゃあ何!?」


「過剰な精神的ツッコミによる内臓疲労ですね」


「そんな診断ある!?」

 そこへ――

 扉が勢いよく開いた。


「失礼します!!」

 受付のお姉さんだった。

 顔が、完全に終わっている。


「……来た?」


「はい」


 私は、目を閉じた。

「スライム?」


「それだけなら、まだよかったです」


「やめて」

 彼女は、報告書を読み上げる。


「・コボルトが集団で隊列を組み」

「・オークが自分の役割を語り」

「・ワイバーンが――」


 一拍。

「空中で自己紹介してきました」

 私は、静かにベッドから起き上がった。


「……それ」

「世界アウト判定でいいよね?」


「満場一致です」



ギルド・臨時指令室


 壁一面に貼られた地図。

 赤い印が、増えている。


「発生源は、ほぼ同時多発」


 学者が、震える指で示す。


「共通点は――」

「“言語化”“自己定義”“役割意識”」


 衛兵隊長が、呻いた。


「魔物が……」

「自分を“物語の登場人物”として認識し始めてる……」


「ダメだ」

 私は即答した。


「それ、人間でも拗らせるやつ」

 全員が、私を見る。


「……モブ殿」


「言いたいことはわかる」

 私は、ハリセンを机に置いた。


「ツッコミは、

 “盛り上がりすぎた物語を現実に戻す行為”」


「今は――」

 胃が、きゅっと鳴る。


「世界そのものが盛り上がりすぎてる」

 ギルドマスターが、静かに言った。


「出動できるか?」

「……条件付きで」


「条件?」


「報酬上乗せしてください、あと休みも欲しいです」

 全員、真顔で頷いた。

「了解した」



現場・草原地帯

 遠くからでも、わかった。

「……整列してる」


 コボルトの群れが、

 無駄に綺麗な陣形を組んでいる。


「おかしい……」

「本来なら、もっと散らばって……」


 私は、前に出た。

「聞こえてる?」


 一斉に、視線が集まる。


 リーダー格らしきコボルトが、

 一歩踏み出す。


「我は――」

 パァン!!

 ハリセン一閃。


「名乗るな!」

「ぐっ!?」


 コボルトが、頭を押さえる。

「な、なぜだ……」

「言葉にしようとすると……」


「冷静になるでしょ」

 私は、淡々と言う。


「それが正解」

 周囲のコボルトたちも、動きを止めた。


「……俺たち」

「何をしようとしてたんだ……?」


「役割を与えられようとしてた」

「でも――」


 私は、指で地面を指す。

「ここは戦場でも舞台でもない」

「ただの草原」


 沈黙。


 陣形が、崩れる。

「……腹、減ったな」

「狩り、行くか」

 元に戻った。


 同行していた冒険者が、呆然と呟く。

「……説得でも魔法でもない」

「現実確認……」


「ツッコミです」

 私は、胃を押さえた。


「……でも」


「正直、限界近い」



幕間・闇の観測所


 漆黒の闇同盟・上位存在。


「……面白い」


「彼女は、力で止めていない」

「物語性そのものを折っている」


 別の影が言う。

「だが――」


「数が増えれば、彼女の胃が先に折れる」


 静かな笑い。


「次は――」

「もっと“語らせがい”のある存在を」



 草原を後にしながら、

 私は空を見上げた。


「……ねえ神様」


「聞いてる?」


幕間・天上


 神様は、胃薬を抱えていた。


「……ほんとにごめん」


「でも」

「止められるの、君だけなんだ」


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