第十八話
朝。
ギルドの掲示板前に、人だかりができていた。
「……なに?」
嫌な予感しかしない。
受付のお姉さんが、青い顔で言った。
「緊急依頼です」
「魔物……スライム……」
「うん」
「いつも通りじゃん」
「喋ります」
「……はい?」
⸻
訓練場・簡易隔離区画。
魔法障壁の中。
そこにいたのは――
青い。
ぷるぷる。
完全無害そう。
スライム。
私は、腕を組んだ。
「……普通だよね?」
その瞬間。
「――はじめまして」
スライムが、
はっきりした発音で言った。
「我が名は――」
ギルド職員が、
全員同時に一歩下がった。
「ストォォォップ!!」
私は、反射で叫んだ。
「名乗るな!」
「絶対に名乗るな!」
スライムは、ぷるんと震える。
「え……?」
「でも、名乗りは礼儀だと……」
「誰に教わった!?」
「闇に覚醒した方々から……」
受付のお姉さんが、震える声で囁く。
「……もうダメです」
「世界のルールが……」
ギルドマスターが、額に汗を浮かべる。
「報告書……」
「どう書けばいい……」
⸻
スライムは、恐縮した様子で続けた。
「私は、元々ただの捕食存在でした」
「ですが、最近……」
「語るな」
「面接じゃない!」
私は、ハリセンを構える。
周囲が、ざわつく。
「え、叩くんですか?」
「スライムですよ?」
「今叩かないと、次は役職名を名乗る」
――その判断は、正しかった。
「我は、漆黒の――」
パァン!!
乾いた音。
ハリセンが、
ぷるんとした表面に当たる。
「ぶよっ!?」
スライムが、明らかに正気の音を出した。
「……あれ?」
「今、なにを言おうとして……」
「言わなくていい」
私は、真顔で言う。
「スライムは」
「溶かして増えて」
「それだけ考えてて」
スライムは、しばらく沈黙し――
「……はい」
ぷるんと、元の動きに戻った。
⸻
その場にいた全員が、息を吐く。
「……止まった?」
「戻った……?」
ギルドマスターが、椅子に座り込む。
「……もし、これが」
「オーク、ワイバーン」
「ドラゴンにまで及んだら……」
私は、即答した。
「世界終わる」
「ですよね……」
受付のお姉さんが、震えながら言う。
「モブさん……」
「はい」
「あなたの武器」
彼女は、ハリセンを見つめた。
「神器扱いでいいですか?」
「やめて」
「紙製だから」
――
ギルド地下・緊急会議室。
空気が、重い。
円卓を囲むのは、ギルドマスター、幹部、衛兵隊長、学者、なぜか神官。
全員、同じ一点を見つめている。
――机の上の、ハリセン。
「……確認する」
ギルドマスターが、低い声で言った。
「スライムが、自己紹介を始めた」
全員、無言で頷く。
「結論から言おう」
学者が、白紙の報告書を震える手で掲げた。
「この世界は、スライムが喋ってはいけない」
「ですよね」
私は即答した。
全員の視線が、刺さる。
「……モブ殿」
神官が、真剣な顔で言う。
「女神の啓示にも、“スライムは沈黙せよ”と……」
「そんな啓示あった!?」
「今、書き足しました」
「やめて!?」
衛兵隊長が、腕を組む。
「問題は二つだ」
「一つ」
「魔物に“自我”が芽生え始めている」
学者が続ける。
「二つ」
「それを唯一、元に戻せるのが――」
全員、ハリセンを見る。
私は、そっと椅子からずり落ちそうになる。
「……待って」
「それ、私の武器じゃなくて」
「紙製のツッコミ補助具だから」
「神器は、よくそう言う」
「言わない!」
⸻
会議は、地獄だった。
「ハリセンの正式登録を――」
「いや、使用者の管理が先だ」
「彼女を中心に対策班を――」
「やめろやめろやめろ!!」
私は、両手を振る。
「私はモブ!」
「前世SE!」
「残業で死んだだけの一般人!」
ギルドマスターが、静かに言った。
「……だからこそだ」
「?」
「設定に縛られていない」
嫌な沈黙。
「ツッコミとは」
「世界の歪みを正す行為なのかもしれん」
「哲学持ち込まないで!」
その瞬間。
――きゅるるる。
私のお腹が、はっきり鳴った。
「………………」
全員、気まずそうに目を逸らす。
「……すみません」
「胃です」
「え?」
「私だけ、胃が限界」
私は机に突っ伏した。
「スライムが喋る」
「ゴブリンが名乗る」
「それを全部ツッコミで止めろって」
「無理に決まってるでしょ!!」
胃が、きゅっと痛む。
「うっ……」
神官が慌てて言う。
「回復魔法を!」
「効かない!」
「え?」
「精神性の胃痛だから!」
学者が、メモを取る。
「なるほど……」
「ツッコミ過多による内臓ダメージ……」
「研究対象にしないで!」
⸻
会議の最後。
ギルドマスターが、真剣に告げた。
「決定事項だ」
「スライムが喋る世界は、ダメだ」
全員、頷く。
「よって――」
彼は、私を見る。
「モブ殿を中心とした《厨二病対策班》を発足する」
私は、胃を押さえながら言った。
「その前に」
「胃薬ください」
静かな拍手。
なぜか、感動している人もいる。
私は、天井を見上げた。
「……神様」
「聞いている?」
――
場所は変わり天界
神様は、目を逸らした。
「……胃は想定外」
「本当にごめん」
でも、少しだけ笑っている。




