第十七話
森の奥。
闇オーラ過剰な存在は、こちらを見下ろしていた。
「……今日は退こう」
「お?」
私は思わず聞き返す。
「退くんだ」
「また会おう」
「え、理由は?」
「今は……」
そいつは、意味深に笑った。
「君のツッコミが、どこまで通用するかそれを見極めたい」
「嫌な実験すんな」
闇が、膨張する。
「次に会う時は――」
言葉の途中で、霧ごと消えた。
「……逃げ足だけは一流か」
私はため息をつく。
嫌な予感しかしない。
――
街に戻ると。
「……なにこれ」
地獄だった。
「我は選ばれし者――!」
「闇の声が聞こえる!!」
「この街は終焉を迎える!」
あちこちで、厨二病患者が同時多発。
人数、明らかに多い。
「増えてる!?」
「昨日までゼロだったのに!?」
衛兵たちが、必死に止めに入る。
「落ち着け!」
「武器を下ろせ!」
「フハハ!」
「我は混沌の――」
「うるさい!!」
衛兵が叫ぶ。
「名乗りが長い!」
「そこじゃないだろ!」
冒険者たちも参戦するが――
「くっ……!」
「強い……!」
厨二病患者は、普通の冒険者相手だと普通に強い。
謎の身体能力。
勢いだけの魔力。
そして、意味不明な自信。
「なんであいつら、無駄に強いんだよ!?」
私は、頭を抱えた。
「……あー、これ」
「完全に“ばら撒かれた”な」
その時。
一人の患者が、こちらに気づく。
「な、なんだ貴様は……!」
私は、ゆっくり前に出た。
「はいストップ」
「?」
「名乗らなくていい」
「今、街中で同時多発してるから」
「ぐっ……!」
患者は、震え始める。
「ま、まだEランクの女だろ……!」
「そうだよ」
「だから何?」
ハリセンを、軽く構える。
――
街の混乱は、なんとか一晩で抑え込まれた。
ツッコミ。
説教。
現実突きつけ。
時々ハリセン(未使用)。
結果――
人間の厨二病は、だいぶ沈静化。
「よし」
「これで一段落……」
そう思った、その翌朝。
ギルドが、騒然としていた。
「緊急依頼だ!」
「討伐依頼、魔物!」
「……ただし」
受付のお姉さんが、真顔で言う。
「様子がおかしい」
「だいたいいつもおかしいでしょ」
「今回は、“おかしい方向性”が違います」
⸻
街外れの森。
草むらの奥から、声が聞こえた。
「ククク……」
「来たな、弱き人間よ……」
「………………」
私は、そっと木陰から覗く。
いた。
ゴブリン。
ただし。
黒布を巻いている、無駄に腕を組んでいて、仲間に囲まれて中央に立っている
そして。
「我は――」
「待て待て待て待て」
私は、即座に前に出た。
「お前、ゴブリンだよね?」
「フフ……そうだ」
「いや“そうだ”じゃなくて」
「ゴブリンって、基本『ギャギャ』とか『グギャ』じゃなかった?」
周囲の冒険者も、困惑している。
「確かに……」
「言語能力、高くない?」
ゴブリンは、鼻で笑った。
「愚かな……」
「我らは選ばれし存在」
「闇に覚醒した――」
「ゴブリンだよね?」
「ぐっ……!」
効いた。めちゃくちゃ効いた。
「名前は?」
「……漆黒牙のゴル=バドゥ」
「急にかっこつけた!」
仲間のゴブリンたちも、ざわつく。
「ゴル様……!」
「我らも名乗るべきでは……」
「やめろやめろ!」
私は、頭を抱えた。
「最悪だ……」
「魔物にまで感染してる」
冒険者の一人が、青ざめる。
「これ、普通に危険じゃ……」
「うん」
「普通に危険」
なにせ。
ゴブリンなのに――
無駄に士気が高い。
「行け、我が同胞よ!」
「恐れるな!」
「我らは物語の主人公だ!」
「その思想、どこで覚えた!?」
ゴブリンたちが、突撃してくる。
連携。
指示。
役割分担。
――普通に、強い。
「ちょっと待って!」
「ゴブリンってそんな戦い方しないでしょ!」
私は前に出て、叫んだ。
「聞け!」
ゴブリンたちが、一瞬止まる。
「君たちさ」
「闇とか選ばれし者とか言ってるけど」
「それ、人間の真似だよね?」
ゴル=バドゥの表情が、揺らぐ。
「……なに?」
「ゴブリンはゴブリンでしょ」
「森で生きて、仲間で狩って」
「急に世界の中心にならなくていい」
沈黙。
ゴブリンの一匹が、ぽつり。
「……俺たち」
「そんな設定、いらなかった?」
「いらない」
「絶対いらない」
ゴル=バドゥは、膝をついた。
「ぐっ……!」
別のゴブリンが叫ぶ。
「ゴル様!」
「我らは選ばれし――」
パァン!!
「黙れ二号!」
即ツッコミ、即ハリセン。
「順番守れ!」
「集団で名乗るな!」
ゴブリンたちは、完全に混乱していた。
「な……なぜ……」
「叩かれると……」
「頭が……冷える……」
「それが正常」
私は真顔で言う。
「厨二病はね」
「勢いで自分を見失ってる状態なの」
ゴル=バドゥが呻く。
「我は……」
「ただ、強くなりたかっただけだ……」
「はい」
パァン(優しめ)
周囲のゴブリンたちも、次々と武器を下ろす。
「……なんか」
「目が覚めた……」
「俺たち」
「森で狩ってた頃の方が」
「楽だったよな……」
私は、ハリセンを畳んだ。
「それでいい」
「ゴブリンはゴブリンでいい」
森に、静寂が戻る。
⸻
その帰り道。
冒険者が、震える声で言った。
「……これ」
「もし、他の魔物にも広がったら……」
私は、空を見上げる。
「うん」
「たぶん――」
遠くで、遠吠え。
ただし。
「我が名は――」
「名乗るな!!」
私は反射で叫んだ。
「次、オークとかスライムが名乗り始めたら」
「ハリセン足りないから!!」
不穏な風が、森を抜けていった
――誰も笑えなかった。




