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第十六話

 朝。

 ギルド併設の宿の食堂で、私はスープをすすっていた。

「……静かすぎない?」


 向かいに座る同席冒険者が首をかしげる。

「確かに。最近、街道もダンジョンも平和っすよね」

「厨二病患者、全然見ませんし」


 ――それだ。

 私はスプーンを置いた。

「おかしい。

 この世界、“ちょっと歩けば厨二病に遭遇する”設定だったよね?」


「設定って言うな」

 周囲を見回す。


 酒場は平和。

 冒険者は普通に仕事。

 誰も黒マントを翻さない。

 “我は闇に選ばれし者”の発声ゼロ。


 怖い。

 静かすぎて、逆に怖い。


「……ねえ」

「もしかして、私、拒否られてない?」


「誰に?」


「漆黒の闇同盟に」

 その瞬間。


 近くのテーブルにいた冒険者が、噴き出した。

「ぶっ!?」

「ちょ、やめろよその名前!」


「……なに?」

 彼は慌てて声を潜める。


「いや、その……最近、あの連中さ」


「女冒険者を見ると逃げるらしいんだ」


「は?」


「特に、“ハリセン持ってそうな女”から」


 私は、そっと腰の武器を見る。


 ある。


 がっつり、ある。


「なんで私、武器指定されてんの?」


「知らねっすよ!?」

「ただ噂で――」

 冒険者は、真顔で言った。


「ツッコまれると、心が折れるって」


「……メンタル弱すぎない?」

 その時。

 ギルド入口の方が、ざわついた。


「来たぞ!」

「厨二病患者だ!」

 私は、条件反射で立ち上がる。


「よし来た、仕事――」


「待て!」

 受付のお姉さんが、全力で止めた。


「行かないでください!」


「え?」


「その……」


 彼女は、気まずそうに視線を逸らす。


「相手が逃げます」


「?」


「あなたを見ると、『まだEランクなのにあの圧』とか言って……」


「圧って何!?」

 外を見る。

 黒マントの男が、こちらを一瞥した瞬間――


「ひっ」

 全力でUターンした。

 転びそうになりながら、逃げた。


「………………」

 私は、呆然と立ち尽くす。


「え」

「私、なにした?」

 誰も答えない。

 沈黙の中、酒場のマスターがぽつり。


「……アンタ」


「この街の抑止力になってるよ」


「やめて!!」

 私は、頭を抱えた。


「違う!」

「私は平穏に冒険したいだけのモブ!!」


――


幕間・天上


 神様は、雲の上で腹を抱えていた。


「想定外すぎるわー」


「ハリセン以外の武器も装備できない女が」

「言葉だけで敵勢力を牽制するって」


 涙を拭いながら、呟く。


「これもう、存在がデバフなんよ」

 下界ではモブ(女)が、今日も困惑していた。


――


 平和。


 とにかく平和。


 平和すぎて、逆に不安。


「……おかしい」


 私はギルドの掲示板の前で腕を組んでいた。


「厨二病患者ゼロ三日目って、それもう絶滅危惧種じゃない?」


 周囲の冒険者たちが、微妙な顔をする。

「いや、出てはいるらしいんですけど」

「街の外縁部とか……」


「じゃあ行く」

「自分から行く」


 その瞬間。

「え、行くんですか?」

「いや、やめた方が……」


 受付のお姉さんが止めに入る。

「最近、“遭遇したら必ず精神崩壊する”って報告が……」


「それ、私のせいでしょ」

「自覚あるから」

 私は依頼書を一枚引き剥がした。


 ――【街道警戒/異常言動者の確認】。


「よし」

「平和は自分で壊す主義」


「壊すな」



 街道。

 風は穏やか。

 鳥は鳴き。

 黒マントは――


「……いない」


 おかしい。

 流石に、これはおかしい。

「逆に怖いんだけど」


 その時。


 前方から、叫び声。

「助けてくれえええ!」


 走ってきたのは、行商人。

 息も絶え絶えだ。


「ど、どうしたの?」


「後ろ……後ろが……」

 振り返る。

 そこにいたのは――

 三人の厨二病患者。


 黒マント。

 黒手袋。

 無駄にポーズ。


「我らは――」


「はいはい、名乗りは一人ずつ」


「え?」


「被るから」

「団体名乗りはテンポ悪い」


 全員、固まる。

「え、いや、その……」


「順番守ろう?」

「社会性って大事」

 沈黙。


 そして。


「……撤退!」

 三人同時に逃げた。


「待てぇ!私の仕事!!」


 私は、思わず追いかける。

 だが。

 彼らは、街道を外れ――


「……あ」

 森の奥。

 黒い霧。

 異様な気配。


「……これ」


「出ちゃいけないやつじゃない?」

 霧の中から、声。


「聞こえるか……」

 低く、重い。


「我らは――」


「ちょっと待って」

 私は手を上げた。


「今、名乗りタイム?」

 霧が、揺れる。


「……否」


「なら後で」

 私は深呼吸した。


「今さ」

「最近、街が平和すぎたでしょ?」

 沈黙。


「その原因」

「たぶん私なんだけど」

 霧の向こうから、怒気。


「貴様……!」


「いや、わかる」

「気まずいよね」


「設定壊される側の気持ち」

 霧が、晴れる。


 現れたのは――

 明らかに“格が違う”存在。

 装飾過多。

 闇オーラ過剰。

 BGMが聞こえそう。


「我は、漆黒の闇同盟――」


「ストップ」


「……なに?」


「今まで下位幹部とか教育担当とか出てきたけど」

 私は真顔で言った。


「そろそろ本編始まった?」

 空気が、凍る。

 その存在は、初めて言葉に詰まった。


「……貴様」


「“世界の均衡を崩す女”か」


「やめてその二つ名!」

 森が、ざわめく。

 霧が、濃くなる。

 ――平和は、終わった。


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