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第十五話

 街の広場。

 名乗りと設定とポーズが渋滞していた。

「我が名は――」

「それは昨日の俺の設定だ!」

「被っているだと!?」


 衛兵は輪の外で棒立ち。

 冒険者は剣を下ろしたまま困惑。

「……もう無理だろ、これ」


 その端で。

 私は、薬草袋を抱えたまま一歩前に出た。


「すみません」

 声は、普通。

 驚くほど普通。


「順番に話してもらっていいですか?」

 ざわっ。


「な、何者だ!?」

「女だぞ!?」

「生意気な奴め!」


「はいはい」

 私は一番近くの男を見る。

 黒マント、右目に包帯、指差しポーズ。

「まずあなた」


「我が名は《深淵に選ばれし――」


「長い」


 即ツッコミ。

「もっとシンプルにしなきゃ覚えてくれない」


「なっ……!?」

 男が動揺する。


「で、何がしたいんですか?」


「え?」


「殴りたいのか」

「目立ちたいのか」

「怖がらせたいのか」


「……」

 沈黙。


「えっと……」

 包帯男は、急に視線を泳がせた。


「……なんとなく、強そうに見られたかった」


「はい」

 私は頷く。


「次」


 隣の男。

 黒ローブ、詠唱ポーズ固定。


「あなたは?」


「私は《終焉を告げる神官》――」


「声量落として」


「ここ住宅街」


「……あ、はい」

 男が小さくなる。


「で、何したかった?」


「……不安で」


「皆やってたから」


「ですよね」

 私は、周囲を見回す。


「だいたい同じですよね?」

 全員、黙る。

 誰かが、ぽつり。


「……設定、守らなきゃって」


「誰に言われたの?」


「……分からない」


 私は、ハリセンを地面に立てた。

「じゃあ整理しますね」


「まず」


「ここ、街です」


「魔王城じゃない」


「次」


「皆さん魔法もスキルも出てません」


「……え?」


「演出だけです」


 衛兵が、小声で言う。

「確かに……」


「最後」

 私は、にこっと笑う。


「黒マント、暑くない?」

 沈黙。

 そして――


「……暑い」

 誰かがマントを脱いだ。


「……肩凝る」

 別の誰かも脱ぐ。


「……これ、重い」

 包帯が外される。


 数分後広場には。


 黒マントの山、正気に戻った市民と呆然とする衛兵と冒険者という状況になった。


「……戻った?」

 隊長が、恐る恐る聞く。


「戻りましたね」

 私は、薬草袋を持ち直す。


「一時的ですけど」


「一時的!?」


「はい」


「放置すると再発します」

 全員が、青ざめた。


 その時。

 遠くの屋根の上。

 漆黒の闇同盟の観測役が、震え声で呟いた。


「……殴ってない」


「なのに……治ってる……」

 記録用の紙に、急いで書き込む。


【現象:ツッコミによる沈静化】

【危険度:極大】

【対処法:不明】


 私は、ため息をついた。

「……これ」


「私の仕事じゃないよね?」

 誰も、否定しなかった。


 ――地下会議室。


 円卓を囲む幹部たちは、全員が沈んだ顔をしていた。

「……報告しろ」


 議長席の男が、低い声で言う。

 立ち上がったのは、例の観測役。

「街で発生した“厨二病パンデミック”ですが……」

 ごくり、と喉を鳴らす。


「制御不能です」


「なに?」


「“我々が仕込んだ設定”を、

 市民が自己増殖的に改変しています」

 ざわっ。


「おかしいだろ! あれは洗脳用の暗示魔法だぞ!?」

「普通は恐怖と混乱が起きるはずだ!」

 観測役は、震える指で報告書を掲げた。


「それが……」


「女冒険者一名により、口頭で沈静化されました」


「……は?」


「殴ってません」

「魔法も使ってません」

「ツッコミだけです」


 沈黙。

 幹部の一人が、頭を抱えた。

「……誰だ、その女」


「Eランク冒険者です」


「は?」


「つい先日、“たまたま遭遇した厨二病患者を撃破した実績”で昇格したばかりの」

 会議室が、どよめく。


「Eランクだぞ!?」

「雑魚じゃないか!」

「なぜそんな奴に……」

 その時。

 別の幹部が、ふっと鼻で笑った。


「……待て」


「女、Eランク、非戦闘」


「つまり――」

 全員が、顔を上げる。


「偶然だ」


「そうだな、たまたま相性が良かっただけだ」

「女だから警戒されなかったんだ」


 誰かが、得意げに言った。

「我々が本気を出せば問題ない」


「そうだ」

「次はまた教育担当を派遣しよう」

「“正しい闇”を教え込めばいい」

 報告役が、小さく手を挙げる。


「あの……」


「なんだ」


「教育担当は、先ほど戻ってきましたが……」


「成果は?」


「それが……」


 一拍。


「真人間になって帰還しました」


「………………」


「え?」


「え?」


「え?」


 報告役は、涙目で続ける。


「口癖だった“我は闇に選ばれし者”を言わなくなり」

「黒マントを脱ぎ」

「実家に手紙を書き」

「『ちゃんと働こうと思います』と……」

 幹部たちが、一斉に立ち上がった。


「裏切り者だ!!」

「洗脳されている!!」

「いや、正気に戻ってる!!」


「どっちだ!?」

 会議は、完全に崩壊した。


 机を叩く者。

 責任をなすりつけ合う者。

 なぜか泣き出す者。


「女のEランクが!」

「なぜ!」

「なぜここまで!?」

 その時、最年長の幹部が、ぼそっと呟く。


「……我々」


「もしかして」


「敵を見誤っているのでは?」

 静寂。

 全員が、ゆっくりと視線を向けた。


「女だから」

「Eランクだから」

「非戦闘だから」


「油断した結果が、これだ」

 議長が、歯ぎしりする。


「……次はどうする」


 観測役が、かすれ声で答えた。

「正面から戦うのは……」


「やめた方がいいかと」


「理由は?」


「……こちらの設定を壊されてしまいます」

 沈黙。

 議長は、深く息を吐いた。

「……よし」


「方針転換だ」


「“関わらない”」


 全員が、同時に頷いた。


 ――その決定が、

 後に最大の悪手だったことを、

 彼らはまだ知らない。



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