第十四話
――最初に壊れたのは、街の空気だった
その異変は、
とても些細なところから始まった。
昼下がりの街道。
買い物帰りの人々が、
いつも通りに行き交っている。
「今日は安かったね」
「夕方には雨かな」
平和そのもの。
――その中に。
「……フ、フフ……」
低い笑い声が、混じった。
「……?」
振り返ったのは、
果物籠を抱えた商人の男。
道の真ん中に、
一人の青年が立っていた。
黒い外套。やや誇張された身振り。
――昨日まで、
どこにでもいる市民だった男。
「ついに……」
男が、空を仰ぐ。
「“目覚め”の時が来たか……」
「え?」
商人が困惑する。
「な、何かご用ですか?」
青年は、ゆっくりと視線を落とした。
「哀れだな」
「まだ、何も知らないとは」
商人が、一歩引く。
「……すみません、急いでるので」
すれ違おうとした瞬間。
「――逃がすと思ったか?」
青年の声が、変わった。
芝居がかった不自然な低音。
「“選ばれし者”の覚醒を目撃した以上――」
ドンッ!
商人が、突き飛ばされる。
「うわっ!?」
籠が転がり、果物が散った。
周囲が、ざわつく。
「な、何だ!?」
「喧嘩か?」
だが、青年は止まらない。
「恐れよ!」
「我が内に眠る――“漆黒の力”を!!」
掌に、不自然な黒い靄が集まる。
――魔法じゃない。
スキルでもない。
ただの演出。
それなのに。
「ひっ……!」
誰かが、悲鳴を上げた。
理由は単純。
――本気で信じている目だった。
「やめろ!」
「衛兵を呼べ!」
周囲が距離を取る。
青年は、陶酔したように笑った。
「遅い……」
「この街は、もう“始まっている”」
遠く。
別の通り。
「クク……」
「フハハ……」
同じような声が、同時に上がっていた。
――数分後。
街のあちこちで、小さな暴力が連鎖する。
意味不明な名乗りや謎の設定語り、過剰な威圧や無駄に大きな身振り。
全員、最近まで普通だった。
ギルド前。
掲示板を見ていたモブは、騒ぎに気づいて顔を上げた。
「……なんか」
遠くで、誰かが叫んでいる。
「嫌な流行り方してるなあ……」
その背後。
見えないところで。
漆黒の闇同盟の誰かが、
確信に満ちた声で呟いた。
「――広がっている」
「これは、“覚醒”の連鎖だ」
それが。
厨二病パンデミックの始まりだった。
街の中央広場。
騒ぎを聞きつけて、
衛兵たちが駆けつけていた。
「全員、落ち着け!」
槍を構えた隊長が叫ぶ。
目の前には――
「フハハハハ!!」
「この街は“終焉の舞台”!!」
「選ばれし我らが、目覚めの刻よ!!」
黒マント率、異常。
「……えっと」
若い衛兵が、小声で言う。
「隊長、これ……魔物ですか?」
「違う」
「盗賊?」
「違う」
「……祭り?」
「‥もっと違う」
隊長が、頭を抱えた。
「名乗れ!」
叫ぶと、即座に返ってくる。
「我が名は――」
「《黒炎を継ぐ者》ザルク=ブラッドエッジ!!」
「長い!」
「まだあるぞ!」
「《深淵に選ばれし右腕》でもある!!」
「一回で名乗れ!」
会話が、成立しない。
そこへ。
「衛兵が抑えられないなら、
冒険者に任せろ!」
ギルドから、数名の冒険者が出てくる。
Dランクパーティなどベテランが集まってくる。
「よし、俺が行く」
剣士が一歩前へ。
「武器を捨てろ。今なら拘束だけで済む」
「……クク」
厨二病患者が、笑う。
「拘束?」
「この“解放された力”を前に?」
剣士、困惑。
「……なに言ってんだ?」
次の瞬間。
「我が魂は――鎖では縛れぬ!!」
ダッ!!
「うおっ!?」
剣士に普通に殴られた。
「痛っ!?普通に痛い!?」
「なぜだ……!」
厨二病患者が、驚く。
「設定では、ここで圧倒するはず……!」
「設定!?」
魔法使いが詠唱する。
「――拘束魔法!」
光が走る。
だが。
「無駄だ!!」
男は叫ぶ。
「我は“封印耐性”を得た存在!!」
――効いている。
効いているのに。
本人が効いてないと思い込んでいる。
「え、拘束できてますよね?」
回復役が小声で言う。
「そのはず、動いてないですし」
「なのに、なんで威勢が落ちないんだ……」
「ふはははは!
この程度で止まる我では――」
バタン。
魔力切れで、その場に倒れた。
全員、沈黙。
「……倒れました?」
「倒れたな」
「じゃあ解決?」
次の瞬間。
「まだだ……!」
別の方向から、声。
「第二形態に入る前の“演出”に過ぎん……!」
「増えた!?」
周囲を見ると、同レベルの患者が、あちこちでポーズを決めている。
「隊長……」
衛兵が震え声で言う。
「これ、何人います?」
「……数えたくない」
冒険者が、真顔で呟く。
「魔物なら斬れる」
「盗賊なら捕まえられる」
「でも」
「思想までは斬れない」
広場は、完全に混乱していた。
名乗りが飛び交い、設定が被り、必殺技が渋滞する。
「俺の方が闇深い!」
「いや我こそ真の継承者!」
「設定被ってるぞ!」
「内輪揉め始めた!?」
そこへ。
人混みの端。
薬草袋を抱えたモブが、ぽつりと呟いた。
「……これ」
「戦闘じゃないな」
衛兵も、冒険者も、全員が思っていた。
どうしていいか、分からない。
――それが、厨二病パンデミックの本当の恐ろしさだった。




