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第一話

 終電一つ手前。

 改札を抜けた時点で、私のHPはもう赤ゲージだった。

(今日の残業、なんで私が対応する必要あった?

 あれ絶対、仕様書読んでない人のバグだよね?)


 SEとして働いて五年。

 気づけば愚痴とツッコミだけが上達していた。

 夜道は静かで、街灯だけが頼りだった。

 イヤホンを外した、その瞬間。


「――クク……目覚めの時は、近い……」


(……は?)


 少し先の電柱の下。

 黒いコートを着た男が、誰に向けるでもなく呟いている。

「闇は俺を選んだ……選ばれし器は、この街に――」


(やばい人だ。

 でも通報案件か判断つかないタイプのやばさだ)

 関わらない。

 それが社会人としての正解。


 私は足早に横を通り過ぎようとした。


「――お前だ」


「え?」


 反射的に返事してしまったのが、人生最後のミスだった。

「今、私に話しかけました?」

(いや違う、返事しちゃダメ!

 こういう時は無視!)


「選ばれし魂……闇に導かれ――」


「待って待って待って。

 まず日本語として意味が通ってない」


 口が勝手に動いた。

 疲労は理性を殺す。


「あなた今、誰に何を選ばれた設定なんですか?

 それ、何章の話?」


 男の目が、ぎらりと光った。

「……理解できぬかならば“解放”してやろう」


「え、ちょっと待――」

 その先は、よく覚えていない。


 痛み。冷たい地面。

 視界が暗くなる中、最後に浮かんだのは。

(最期まで意味わかんなかったんだけど……)



 ――次に目を覚ました時。

 そこは、明らかに病院ではなかった。

 目を開けると、そこは白かった。


 壁も床も天井もない。

 なのに、落ちている感覚も、立っている感覚もある。

(……あ、これ死後のやつだ)


 冷静にそう結論づけた自分に、少しだけ引いた。

「お目覚めかな?」

 前方から、やたら朗らかな声がした。


 振り向くと、そこにいたのは――

 いかにも神様です、という雰囲気の存在だった。

 白いローブ。

 後光。

 妙に胡散臭い笑顔。


「えっと……」

 とりあえず確認する。

「私、死にましたよね?」


「うん。死んだね」


「原因は?」


「厨二病」


「雑すぎません?」


 神様は苦笑した。


「いやぁ、本当に不運だった。

 ああいう“自分が選ばれてると信じ切ってる人”に遭遇する確率は、統計的にもかなり低くてね」


「それで私が引くのおかしくないですか?」


「おかしいね。

 だから今回は、特別にフォローを用意した」


 嫌な予感しかしない。

「……フォローって?」


「転生だよ」

 あっさり言われた。


「別の世界で、もう一度人生をやり直せる。

 君は理不尽に殺された。だから選択権を与えよう」


「選択権……」

 少しだけ、期待してしまった自分がいる。


「平和な世界とか?」


「あるよ」


「安全な世界とか?」


「あるある」


「普通に生きられる世界とか?」


「もちろん」

 じゃあそれで、と言いかけた瞬間。


「ただし」

 神様は、人差し指を立てた。


「今すぐ行ける世界は一つだけなんだ」

(出た、ただし)


「それは?」


「ある病気が蔓延している世界」

 一気に空気が重くなった。


「……病気?」


「うん。原因不明。治療法も確立していない。

 感染力は低いけど、発症すると厄介でね」


「どのくらい厄介ですか?」


「精神に影響が出る」

 嫌な単語が聞こえた。


「具体的には?」


 神様は、申し訳なさそうに言った。

「中二病的な妄想を、現実だと信じ込む」


 沈黙。

 私は、ゆっくりと神様を見た。

「……それ、さっき私を殺したやつと同系統じゃないですか?」


「うん」


「世界規模で?」


「うん」


「地獄では?」


「異世界だよ?」

 いや違う、そうじゃない。


「なんでそんな世界しか今行けないんですか」


「実はね、その病気。

 世界のシステムに深く関わっていて」

 システム、という単語に反応する。


「……システム?」


「そう。

 世界の法則がバグってる、と言えば分かりやすいかな」

 SEの血が騒いだ。


「つまり、仕様不明・再現性なし・影響範囲不明の不具合?」


「そうそう!

 話が早いね!」

 神様は嬉しそうだった。

 私は頭を抱えた。


「私、前世で何やってたと思います?」


「SEで良く残業してた」


「そうです、更にはバグと仕様変更に殺されかけてた側なんですけど」


「でも君、ツッコミが鋭い」


「褒め言葉に聞こえません」


 神様は、少し真面目な顔になった。

「その世界ではね、

 “おかしい”と気づける人間が、圧倒的に足りない」


「……」


「君なら、あの病気に飲み込まれずに済むかもしれない」


「保証は?」


「ない」


「ですよね」

 少し考える。

 あのまま、何もせず終わるか。

 意味不明な世界で、もう一度生きるか。


「一つだけ条件」


「なに?」


「私、ツッコミ入れるの禁止とかないですよね?」


 神様は笑った。

「アハハハ、むしろ、推奨だ」


「……じゃあ」


 ため息をついて、私は言った。

「また残業みたいな人生になりそうですけど」


 神様に指を向ける。

「次は途中で刺されたりしないよう、ちゃんと管理してください」


「善処するよ!」

 信用はできないけど。

 光が、視界を包んだ。


 こうして私は、

 厨二病が蔓延する異世界へと送られることになった。

 落下感はなかった。


 代わりに――

 ものすごく雑な転送だった。

「――はい、到着」


 神様の声と同時に、私は地面に立っていた。

 いや、立たされていた、が正しい、

「ちょっと待って」


 目の前には、見知らぬ草原。

 空はやたら青く、遠くには中世ファンタジー感あふれる街並み。

「説明、終わりですか?」


「うん」


「いやいやいやいや」

 反射的に声が出る。


「普通、転生前ってもうちょいありますよね?

 注意事項とか、Q&Aとか、免責事項とか!」


「君、前世SEだもんね」


「だからこそです!」


 神様は、にこやかに手を叩いた。

「じゃあ補足。君には一つ、装備を与えてある」


「武器ですか?」


「うん」


「剣? 魔法杖?」


「それともシステム系スキル?」


 神様は、少し誇らしげに言った。


「ハリセン」


「……はい?」

 次の瞬間、私の手に見覚えのありすぎる紙製のそれが握られていた。


「いや待って、これ漫才用ですよね?」


「ツッコミ用だね」


「いや用途が限定されすぎてません?」

 軽く振ってみる。

 風を切る音が、やけにいい。


「ちなみに性能は?」


「え?」


「攻撃力、耐久力、特殊効果」


「ツッコミに応じて威力が変わる」


「感情依存型!?」

 地雷設計すぎる。

 その時だった。


「――選ばれし者よ」

 背後から、低く気取った声。


 振り向くと、黒いローブの男が立っていた。

 胸に手を当て、空を仰いでいる。

「我が名は――」


 私は即座に一歩踏み出した。

「長い自己紹介は省略してください」


 パンッ!

 ハリセンが、綺麗な音を立てて男の頭に入った。


「ぐはっ!?」

 男が膝をつく。


 え。


「……え?」

 今、効いた?

 神様が、後ろで拍手している。

「ほら、効いたでしょ」


「え、ちょ、これ……」


 男は頭を押さえながら叫んだ。

「な、なぜだ……!我が“漆黒の守護障壁”が――」


「はいはい」

 パンッ!


「それ、気のせいです」

 パンッ!


「設定盛りすぎです」

 パンッ!


「現実見ましょう?」

 パァン!

 男は完全に沈黙した。

 倒れている。


「……気絶?」


「うん」


 神様がさらっと言う。

「この世界の病気にかかってる人はね、

 ツッコミを入れられると精神構造が揺らぐ」


「弱点、ツッコミ?」


「しかも物理付き」


 私はハリセンを見下ろした。

「……私、何の世界に放り込まれたんですか」


「君にとっては、適職だと思うよ」

 遠くで、別の住民がこちらを見ていた。


「見ろ……あの女、闇の使徒を一撃で……」


「いや今の人、ただの厨二病患者さんだから!」

 思わず叫ぶ。

 神様は満足そうに頷いた。


「ツッコミ性能、問題なし。武器適性も高い」


「確認テストが雑すぎません?」


「本番環境だよ?」


「ブラックすぎる……」


 光が、再び神様を包み始めた。

「じゃ、頑張って」


「ちょっと待って!」


「何?」


「この世界で生き延びるコツは?」

 神様は、最後にこう言った。


「間違ってることは、ちゃんと叩くこと」

 そう言い残して、消えた。


 私は、倒れている男と、ハリセンを交互に見た。

「……」


 深く息を吸う。

「残業よりはマシ、かも」


 そう呟いて、

 ツッコミ武装の異世界生活が始まった。

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