死人は皇都に入れない
馬車は城門前で止められた。
石造りの門は分厚く高く、
そして城壁は、想像以上に年季が入っていた。
城門に設けられた検問所には、人の列が伸びている。
「全員、降りてください」
武装した兵士の声に、
私とハイデリカも馬車を降りる。
「上層への入城には、身分確認が必要です。
身分証、推薦状、または保証人を」
兵士が淡々と告げるなか、
銀髪桃色のロングヘアーを揺らして、
ハイデリカが一歩前に出た。
「ハイデリカ=ロートシルトです」
よどみなく名乗る。
声も姿勢も気品も、隠す気はない。
兵士の動きが、一瞬止まった。
「……皇族?」
「ええ、第四皇女です」
周囲の空気が、わずかにざわつく。
兵士は、隣の者と視線を交わし、
それから深く一礼した。
「失礼しました。確認を取ります」
問題なく通る――
そう、思った。
兵士が、別の係員を呼ぶ。
年配の男だ。
鎧ではなく、地味な外套。
目が異常に鋭い。
「皇族証をお願いできますか?」
ハイデリカが手渡した身分証を受け取り、
男はしばらく黙っていた。
……長い。
「……確認できません」
「え?」
ハイデリカが、思わずうわずった声を上げる。
「どういうことですか?」
「申し訳ありませんが、このIDは、
現在の認証網と照合できない」
男は事務的に言ってのける。
「失礼。ちょっといいかしら」
私は嫌な予感を覚えて、口を挟んだ。
「皇族証は、個別管理のはず。
中央照合が必要なのでは?」
男がちらりと私を一瞥する。
その視線が、一瞬、
探るように細くなった。
「……お詳しいですね」
「以前、関わっていたので」
嘘ではない。
男は、小さく鼻を鳴らした。
「現在は、皇族、貴族はじめ、
例外処理は原則行っておりません。
皇都の治安悪化により、すべて一律対応です。
それより……」
男の視線が私に向く。
「身分証を」
「……ありません」
正確には存在しない。
男の眉が、ぴくりと動く。
「名前は?」
一瞬、迷ってから答える。
「ワウト」
男が紙に書き留める。
「この地方の名前ではないな。
フルネームは?」
「……それは」
言葉を選んでいると、男は淡々と続けた。
「いや、いい。
現在、身元不明者の入城は制限されている。
特に、あなたのように記録に存在しない方は」
「……死人扱い、か」
私の呟きに、男が反応する。
「何か?」
「いえ」
私は肩をすくめた。
「つまり、
私たちは入れない?」
男はその通りだと首を振った。
「IDが機能しないなんて……。
そんなはずありません。
どうか、いちど皇城にかけあってください。
ハイデリカが帰還したと」
ハイデリカの訴えに、男は不適に微笑んでみせる。
「できませんねぇ。
偽物かもしれませんから……」
「そんな……」
動揺するハイデリカを下がらせ、
かわりに私が前にでる。
「他に城門をくぐるルートは?」
男が微笑む。鋭い歯が黒ずんでいる。
そのセリフを、まるで待っていたような笑みだ。
「第一層までなら、
条件付きで可能です」
「条件?」
「監視下での滞在です。
外出制限あり。
夜間行動の禁止。
そして位置情報を伝えるタグをつけること。
皇都上層への移動は、別途審査」
ハイデリカが、悔しそうに唇を噛んだ。
「……皇族でも?」
「ID確認が取れない以上、
あなたは自称皇族をの名乗る、一般人ですので」
第四皇女を目の前に、
すこぶる無礼千万なのだが、
男ははっきり言ってのける。
ハイデリカの言い分を信じる気なんて、
さらさらないのか、
あるいは——
わざと。
誘い込まれているのかしら?
「……先生。
ごめんなさい。こんなはずじゃなかったんです
どうしましょう……」
うなだれるハイデリカに、私は大丈夫よと頷いた。
「いいわ。条件を飲む」
男が、意外そうにこちらを見る。
「よろしいのですか?
身につけていただくタグは、
外すと重罪にあたりますよ?」
「入れないよりマシよ」
それに――
第一層にも用がある。
男は鼻を鳴らして、兵士に合図した。
「通していい。タグを付けて記録を残せ」
門が重い音を立てて開く。
石と鉄と、人の匂い。
皇都第一層。
スラム街——
中へ足を踏み入れた瞬間、
空気が明確に変わった。
「……先生」
ハイデリカが不安そうに声を潜め、
私の袖にぴったりと身をよせる。
ハイデリカの袖に伝わる力が、わずかに震えている。
こんな子が、私の存在にかけて皇都を飛び出したんだ。
そう思うと、胸がの奥がキュッっと締まった。
私は歩きながら、周囲を見回す。
石畳は割れ、補修された跡が無秩序に重なっている。
建物は壁に壁を継ぎ足したようで、
窓の位置も、階層の高さも揃っていない。
露店に焚き火。
干された洗濯物。
人は多いが、目が合わない。
視線を向けられても、すぐに逸らされる。
私が勇者といた頃は、もっと活気があった。希望もあった。
でも、いまは——
最終戦が終わって、平和が訪れたんじゃなかったの?
「……においが」
ハイデリカが小さく呟く。
「衛生状態は良好、とは言い難いわね」
焦げた油。
古い魔力。
乾いた血の残滓。
そして——
私は首元に手をあて、冷たいタグの感触を確認する。
ハイデリカの首にも、同じものが取り付けられている。
黒い金属製。
表面には、暗号化された識別刻印が、青い光を放っている。
管理用にしては過剰だ。
それに追跡用にしたって、回路が複雑すぎる。
「先生、これ……」
私は小さく首を振る。
「触らないでおいて。気にしないことよ」
無理に触れた瞬間、何かが起動する。
そんな気配すらある。
第一層。
私が知っている頃は、まだ街だった。
商人がいて、工房があって、ギルドの支部があって。
そして——
ここには、あの子がいるはず。
(……生きていれば、だけど)
ふいに、ざわりと空気が揺れた。
ハイデリカの魔力が、全自動でざわめくように波打つ。
「先生……」
ハイデリカが小さい声でささやく。
「気づいた?」
「……はい。見られてます」
いい感覚ね。
「歩調を変えず、あえて気づかないふりを続けて」
「……はい、先生」
声は震えているが、ハイデリカの足取りは乱れていない。
魔力も平静に保てている。この短期間でとても良い調子ね。
私は口元だけで笑った。
路地の奥。
屋根の影。
崩れた建物の上。
統制のない魔力の気配だ。
だが、弱くはない。
(ギルド崩れってところかしら)
高額の仕事は荷が重い、かといって今さら強くなる向上心は尽きた。
腕だけが、中途半端に残ってしまった連中。
身の丈以下の、狩れる者を探しているわけか……。
進む先の空気が変わった。
次の角を曲がる。
――行き止まり。
壁は高く、左右は崩れかけの建物。
逃げ道はない。
振り返った通りの奥に、嫌な魔力の気配が収束していく。
「ハイデリカ、準備しなさい」
「へ?」
「あなたの魔法で切り抜けるのよ」
「え、え、ええ!?
むむむ、無理ですってば!」
思わず声を荒げるハイデリカ。
「ここで!? 敵も見えてないのに!?」
「だからよ。
見えてからじゃ、遅い」
ハイデリカが慌てて剣に手をかける。
「剣は使わない」
「で、でも……!」
「私の指示は?」
一瞬の沈黙。
「……絶対、でした」
「そう。いい子ね」
ハイデリカは歯を食いしばる。
「鬼ですね、先生」
「今さらでしょう?」
足音が落ちた。
屋根の上から。
路地の奥から。
塞がれる出口。
――さて。
ここから先は、実地試験といきましょうか。
「来るわよ!ハイデリカ!」




