ダメージ1で魔王は倒せるの?
「ずっと気になっていたのだけど、
ハイデリカはどうして、護衛もつけずに一人なの?」
街道で拾った馬車は、一定の揺れを刻んでいる。
車輪の音に混じって、風が布を鳴らす。
辺境の地から、まず目指すのは皇都だ。
向かいに座るハイデリカを、私は風景を眺めながら横目で見た。
「ついて来てくれる護衛が、いなかったからです」
彼女は少しだけ驚いた顔をしてから、困ったように笑った。
「意外ね」
「なにがですか?」
「諦めなかったこと。
普通の皇族なら、護衛なしで1人で外には出ないものよ。
というか、出られないはずだけど……」
ハイデリカは言葉を探すように、一瞬だけ視線を落とした。
「最終戦の生き残りを……
先生のことを調べていて……
なにかが変わる気がしたんです」
「変わる?」
「はい……。
理由は、イマイチ自分でもうまく説明できません。
でも――」
彼女は今いる場所を確かめるように、馬車の中を見回してから、私の目を見た。
「思い切って飛び出して、よかったって。
今は、そう思っています」
私はあえて、それ以上は何も言わなかった。
変わる予感。
無謀な衝動。
説明できない。
なるほど。
やっぱり、訳ありのようね。
ハイデリカの言葉の裏には、まだ伏せているものがある。
けれど彼女が言わないなら、今は追及すべきではない。
私はそっと、話題を変えることにした。
「それより」
ハイデリカの手元を見る。
「さっきから魔力、無駄に垂れ流してるわ」
「えっ?」
「剣を握るたびに、魔力が漏れてる。癖ね」
「……言われてみると……」
ハイデリカは慌てて剣から手を離した。
「魔力は流すものじゃない。留めて、使うものよ」
「わかってはいますけど……、
この修行ちょっと、その……
地味じゃないですか?
魔力を留めて、全身を循環させるだけ。
それもずっと、何時間経ったか先生しっています?」
不満げな声。
もうすぐ6時間の経過よ。
「派手な魔法のほうが、強そうですし。
ほら、私って才能あるって、先生いったじゃないですか。
魔力集中の修行のほうが——」
「派手=強い、じゃないわ」
私は指先で、ほんのわずかな魔力を動かしてみせる。
空気が、かすかに歪んだ。
「魔力はね、効率と制御が命よ。
感じて、操って、留めて、集中させて、放つ。
ほんの些細な魔力でさえ、無駄にしてはいけないの」
魔力を左右にふって、キャッチボールするみたいに動かしてみせる。
「戦地では、どんな大魔法でも無駄うちになる可能性がある。
魔力管理を徹底できれば、2発目が打てる。
けれど、無駄遣いしていればできない」
私は指先での魔力操作を止めた。
「私の魔法の威力は、ほとんど1。
だけど、私の魔法はコスパがいい。
節約に振り切った、節約魔法は魔力をいっさい消費しないのよ」
「……えっと、それってどういう……?」
ハイデリカが桃色の瞳を細めた。
小難しそうに、眉間に皺をよせている。
「理論上、これを極めれば、誰にだって魔王を倒せる」
「……さすがに、それは……」
言い過ぎでしょ、と言いたそうね。
ハイデリカは、完全に信じていない顔だ。
私は静かに言った。
「じきに、わかるわ」
「んー、でも、学院の魔力講座では、
魔法のコスパなんて、教わりませんでしたよ?」
「当然よ。
これは、才能がない人のための技術。
私が編み出したものだもの。
魔力の最適化と、コスパを追求した結果ね」
やがて私たちを乗せた馬車は、遠くに見える巨大な影へと近づいていく。
城壁の影が伸び、空気が少しだけ重くなる。
沈黙を破ったのは、ハイデリカだった。
「あの……先生?」
「どうかしたの?」
「皇都に着いたら、まず何をするんですか?」
私は少し考えてから答える。
「私が言ったこと、覚えているかしら?」
「えっと……たくさん言われすぎて……
どれだったか……」
「前に言ったでしょう。
一人じゃ、最前線には行けないって」
ハイデリカは、一瞬きょとんとして――
次の瞬間、ぱっと表情を明るくした。
「……仲間!」
声が弾む。
「仲間を集めるんですね?
もしかして、先生だけじゃなくて、
他にも勇者パーティーの生き残りがいるんですか!?」
その言葉に、私は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
――生き残り。
胸の奥で、小さく何かが軋む。
「……どうかしらね」
曖昧に答える。
「ただ、もう一度、勇者の元を目指すなら、頼りたい人はいるわ
それに、情報も把握しておきたいし——」
破壊された教会の姿が、脳裏にちらつく。
結界の内側で発生した、黒い影の異形。
大結界が機能しているのか、あるいは脆弱性をつかれたのか。
魔法障壁の履歴。
それさえ、みることさえできれば……。
馬車が城壁の影に入った。
皇都――。
「……変わったわね」
思わず口から漏れた。
見慣れた大都会のはずだが、十年ぶりくらいになるか。
あの頃と、かつて私が勇者といた頃とは違う。
第一層のスラム街が、外縁に広がっている。
街道には皇都へ向かう馬車が、何台も連なっている。
移民だろうか。
以前より、明らかに馬車の数も多い。
「驚きましたよね。
皇都のセキュリティの高さを、人々が求めた結果です」
私は眉をひそめた。
「貴族の住む上層部には、簡単には入れません。
だから、スラムができて拡大した。
流入者はいまも増え続けています」
なるほど。
「ということは、皇都に入るには身分の証明——
セキュリティチェックを通過する必要がある」
ハイデリカが小さく頷いて、
私はやれやれと息を吐いた。
「私は身分どころか、死んだことにされている死人よ。
IDがあったとしても、通らないでしょうね」
「ふふん」
諦めの空気を振り払うように、ハイデリカが胸を張った。
「私を誰だと思っているんですか?」
得意げな笑み。
「わたくし、ハイデリカ=ロートシルトは皇族ですよ?
通れないわけないじゃないですか」
「……そうね」
馬車はゆっくりと、皇都の城門へと近づいていく。
「うまくいくといいわね」




