私が生きていること、どうして知っているの?
夜の空気は冷えていた。
教会に残された瓦礫を眺めながら、
私は崩れた長椅子にもたれて腰を下ろしていた。
「……やっぱり」
教会に降る満月の輝きから、ハイデリカが進み出て、ぽつりと言った。
私は視線だけを向ける。
「やっぱり、あなたは勇者パーティーの偉大な生き残りでしたね」
「どうして、そう思うの?」
問い返すと、彼女は少し困ったように笑った。
「今日の戦いです。
指示が……あまりにも的確でしたから。
黒い影との距離。秒速でくだすジャッジ。
魔力集中の見極めとインパクト。
どれも一度も迷いがなかった」
「迷う前に、答えが出ている人の言い方でした。
それに——」
ハイデリカは、言葉を選びながら続けた。
「……わたしのことも、すぐに見抜いてましたから。
剣の才能は、ないって……。
勇者と行動を共にできる人じゃないと、
ああいう判断はできないと思います」
掠れるように、声のトーンが落ちた。
「でも――」
ハイデリカが首をかしげた。
「一つだけ、わからないこともあります」
続きを促さず、
私は黙ったまま彼女の言葉を待った。
「あなたの、ワウト先生の魔力のことです」
やっぱり、そこね。
「黒い影に放った魔法。
威力が、その……
わたしが言うのも軽率なのですが、
あまりにも低すぎました」
なかなか率直に言ってくれるじゃないの。
「正直に言います。
あれは……勇者パーティーにいた人の攻撃じゃありません」
素直すぎて、思わず苦笑する。
悪気があるわけでも、責める調子でもない。
純粋なる疑問なのだろう。
「それなのに、指示は完璧で、
状況判断も、戦場の読みも、本物でした」
ハイデリカは、桃色の瞳でまっすぐに私を見つめる。
「……あなたは、いったい何者なんですか?」
ビョオと夜風が吹いて、遠くで木々が鳴った。
少しだけ息を吐いてから私は言った。
「期待外れで、がっかりすると思うけど」
ハイデリカは、ぶんぶんと首を横に振る。
「聞かせてください」
あまりに真っ直ぐな視線だったから。
――だから、話すことにした。
「ご明察よ。
たしかに私は、勇者パーティーに所属していたわ」
やっぱり、という言葉が彼女の表情に浮かぶ。
あまり期待はしてほしくないけれど。
「でもね、私は戦力じゃなかった。
剣も振れないし、魔法の威力だって、
あなたが見た通りよ」
彼女の表情が、わずかに揺れる。
「魔王戦に限らず、ずっと役立たずって呼ばれてたもの」
事実を、淡々と並べる。
「作戦を立てる。
攻略法を考える。
魔力配分を決める。
補給線を引いて、撤退ラインを確保する。
ただ、それだけ。
戦場で誰かを救えたことはないわ」
だから、ごめんなさい、と付け足す。
「あなたが想像しているような、
英雄的な生き残りじゃないの」
きっぱりと言った。
「……そう、ですか……」
ハイデリカはしばらく黙っていた。
やがて、視線を上げて私を見る。
「……でも
わたしより、ずっと前に立ってました。
戦っている場所が、違いました。
剣を振っていたのは、わたしなのに」
ハイデリカはそっと胸に手を当てる。
「先生は、ずっと先を見ていた。
わたしが気づく前に、
危ない未来を全部、引き受けてくれてた
だから——」
力強いハイデリカの言葉に、
私は思わず話題を切り替えた。
「それで。
あなたは、どうしてここに来たの?」
ハイデリカの背筋が、わずかに伸びる。
「勇者連合の、生き残りを探していました」
「どうして?」
「……理由は、二つあります」
ハイデリカが指を2本たてた。
「一つは――
勇者になれる方法を、知りたかったから」
夜空を見上げて、ハイデリカは続ける。
「戦争は終わった、って言われています。
でも、実際は――なにも終わっていません。
それに……」
一瞬、言葉を詰まらせてから、
「勇者マシュー様は、今、戦線にいません」
――その言葉に、私の鼓動が跳ねた。
「……いない?」
思わず、声が低くなる。
「知らないのですか?」
ハイデリカが、驚いたように目を見開く。
「行方が、わからないんです。
表向きには、勇者マシューは戦地にいることになっていて、
勝利の象徴として、名前だけが使われています」
胸の奥が、冷えた。
「……もう一つは」
ハイデリカは、少し言い淀んでから続ける。
「黒い影の存在です」
瓦礫の断片を眺めると、
教会を襲った異形が脳裏に浮かんだ。
「あれはなに? どうして街に現れたの?」
「詳しくはわかっていません。
結界内で発生する魔力構造体。
地方で被害が増えていて、目的もわからない。
主犯格の尻尾も、つかめていません。
魔王軍の生き残りの仕業じゃないか、
という噂もあります」
「……それで、どうして私の居場所がわかったの?
記録では、私は死んだことになっているはずよ」
「最終戦のリザルトをみたんです。
結果は、勇者以外は全滅。
そしてワウト先生の遺体は、辺境に送られた履歴が残っていました。
でも、この街は先生の出身地じゃないですよね?
そこでピンと来て……」
公式には見れない記録のはず。
皇族の特権というところかしら。
よく調べ上げたものね。
でも、気になるのはそこじゃない。
完全には消えていなかった私の記録。
あるいは――
誰かが、意図的に書き換えていた?
まさか、私を引きずり出すため……。
でも、なんのために?
「わずかな可能性に賭けて、
勇者パーティーの生き残りが実在するのか、
真実かどうかを確かめに来ました」
「どう? がっかりしたでしょ?」
そう聞くと、ハイデリカは首を横に振った。
「いいえ。むしろ導いてほしい、と思いました」
やれやれと私はため息をはいた。
「私はね、無能な役立たずなの——」
「なら、わたしだって無能ですから!」
彼女は迷いなく言った。
「お願いします」
真っ直ぐな声だ。
「わたしに、魔力の使い方を教えてください。
どうか、一緒に来てください。
もう一度、勇者のいる場所へ」




