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あなた、もう剣士をやめなさい

瓦礫の残る教会で、風だけが音を立てていた。

桃色混じりのハイデリカの銀髪が、そよと風になびいた。


ハイデリカは、きょとんとしたまま私を見ている。

さっきまで握っていた剣を、今は胸の前で抱えるようにして。


「……どうして……?」


声が、かすかに震えていた。


「どうして剣士を辞めろなんて……

わたし、ずっと――」


目を伏せ、ぎゅっと剣を握りしめながら言葉を探している。

剣士というより、か弱い少女の儚さが滲んでいる。


「わたし、ずっと剣で戦える人になりたかったんです。

誰かを守れるよう、ちゃんと前に立てる人にって」


その言葉には、迷いがない。

夢なんだ。

子どもの頃から、疑ったこともない種類の。


だから、私は否定しなかった。


「あなたの最終目的は、何か聞かせてもらえる?」


ハイデリカは顔を上げる。


「最前線に行くことです。

平和と破滅が混濁する場所、本当に危ない場所で、

誰かの、いいえ民の代わりに剣を振れる人になること」


即答だった。

願うような瞳の輝きが、真っ直ぐ私をとらえている。


「有名になりたいとか、英雄になりたいわけでもない。

誰かの……役に立ちたいだけ。守られるだけじゃなくて」


その言い方が、胸に残る。

私は一歩近づき、静かに言った。


「なら、なおさら剣士は向いてないわ。今日限りでやめなさい」


ハイデリカが、はっと息を呑む。見開かれた桃色の瞳が、かすかに潤でいた。


「ひどい……。そんな言い方しなくても……」


「事実よ」


私の感情は挟まない。これは説教じゃないから。

すべては、全線に憧れるハイデリカの命を守るため。


「さっきの戦いだけど、

あなたが剣だけで戦っていたら、三手目で死んでた」


「そんなこと——」


彼女は反論しようとしたが、言葉を失って口ごもった。


「でも、あなたは生き残ったわ。それはなぜだと思う?」


ハイデリカの視線が地面におちた。

私は床に落ちていた小石を拾って、


「じっとして、動かないでね」


そう忠告して、小石を軽く放る。


ハイデリカの肩をかすめる瞬間――

彼女の身体の一部が、わずかに光った。


小石がパチンと弾かれる。


「……え?」


「今の無意識だったんじゃない?

魔力で衝撃を逸らした自覚はあるかしら?」


私はもう一つ小石を投げる。

今度は脚だ。

同じように、ハイデリカにあたる寸前で軌道がずれる。


「避けようとしていない。剣も振ってない。それでも小石は当たらない」


どこか気味悪そうに、ハイデリカは自分の身体をあちこち確認してみる。


「どういうことでしょうか?

わたし……なにかやっていました?」


「ええ。しかも必要な分だけ。おそらく全て無意識で」


「フルオート……?」


私は静かに頷いてから、優しく続ける。


「普通の魔導士なら、身を守る際は魔力を広げるの。大きな盾で守るイメージかな。

でもね、ハイデリカ。あなたは違う。

当たる瞬間にだけ、魔力を集中させて保護している。

熟練の魔道士でも、そう簡単にできる技術ではないわ」


だから——

私は、はっきり言った。


「あなたが持って生まれた才能は、剣士の素養ではないわ。

最前線を目指したいなら、あなただけの才能に特化して極めるべきよ」


ハイデリカは、唇を噛んだ。


「でも……剣がないと……

前に出られない。誰も守れないじゃないですか」


「逆」


私は首を振った。


「剣に縛られている限り、あなたは前に出ているつもりでしかないの」


ハイデリカが、戸惑ったように視線を揺らす。


「剣を握っているあなたは、手や身体が少し震えていたわ」


彼女の指先が、ぴくりと動いた。


「怖かったんでしょう。命を落とすことだってあり得るもの。

失敗したらどうしよう、守れなかったらどうしようって。

そして剣を持つと、あなたは前に立たなきゃと思ってしまう」


ハイデリカは、唇を噛んだ。


「でも本当のあなたは――」


私は一歩、ハイデリカとの距離を詰める。


「前に立たなくても、みんなに勇気と希望、戦況に良い影響を与えられる人よ」


彼女は胸元の剣を見つめたまま、しばらく黙っていた。


「……剣があると、安心するし怖くなるんです。

でも、それじゃダメですよね。

才能がないことくらい。わたしだってわかっています。

私が一番……わかっています」


小さな告白だった。

私は、諭すように静かに頷いた。


「剣を捨てろとは言わないわ。

でも、勇者と同じ場所に立つ覚悟があるなら、いまは戦力の主役にはしないで。

あなたの主力は、剣術ではないの」


ハイデリカは、剣を見つめじっと黙っていた。


無能。才能なし。お荷物。

私が言われてきた数々の罵声。

才能がないから夢を諦めろ……か。

いくら優しさく言ったところで、彼女にとってはひどい言葉に変わりない。

でも——


「剣を置くのではなくてね、役割を下げるの。

大丈夫。魔力ならあなたは誰にも負けないわ」


ハイデリカがキュッと剣を握りしめて、ゆっくりと息を吐いた。


「……それなら、勇者に並べますか?」


「行けるわ」


私は即答した。

その言葉に、ハイデリカの目が少しだけ輝いた。


「ただし――

一人じゃ無理ね」


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