ダメージ1。これが無能と呼ばれた私の限界
剣がぶつかる音が、教会の瓦礫に反響した。
ハイデリカが踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。
銀色の軌跡が一閃するが、黒い影は動きを読んでいたらしい。
身をわずかに傾けて、続けて腕のような何かを振り下ろした。
「――ッ!」
重い反撃が空気を裂いた。
飛び退いたハイデリカが、ぎりぎりで一撃をかわしてみせる。
……けれど。
(剣先が、震えてる)
恐怖で体が固まっているわけじゃなさそう。
構えは正しい。足運びも教本通り。
教えはきっちり守る優等生タイプの戦い方だ。
でも、剣の先だけが微かに揺れている。
(きっと、実戦が少ないんだ)
敵は格上だ。
力も、速度も、反応も。
正面から斬り合えば、長くはもたない。
――このままじゃ、ハイデリカは負ける。
黒い影が、一歩踏み込んだ。
速い。
さっきより、明らかに。
ハイデリカが剣で受ける。
だが、衝撃を殺しきれていない。
「ハイデリカ受け流して!」
叫んだけれど、遅かった。
小さな体が吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。
無惨なまでにハイデリカが崩れ落ちて、瓦礫が舞った。
――終わった。
一瞬、本気でそう思った。
けれど彼女は立ち上がった。ふらつきながらも剣を落とさず。
息は荒いし、顔色は悪い。
恐怖と緊張で、ハイデリカの手の中でカタカタと剣が揺れている。
それでも、屈してはいない。
(……今の衝撃を、どうやって)
次の瞬間、私は気づいた。
彼女の身体の表面。
鎧でも衣服でもない位置で、魔力が極端に厚く、正確に展開されている。
全身じゃない。
肋、鎖骨、首の付け根。
急所だけ。
(……ピンポイントで魔法障壁を張っているの?)
魔力コストを最大限にカットした、無駄のない魔力操作だ。
あきらかに剣士ができる芸当じゃないはず。
(この子、魔力操作が異様に上手いわ)
黒い影が再びハイデリカに迫る。
「援護をお願いできますか?」
剣を構えながらハイデリカが叫んだ。
「私がなんとか気を引きます。その隙に仕留めてください」
一瞬だけ躊躇したけれど、前線に戻るハイデリカの姿をみて、私は魔力を集めた。
放った小さな閃光が、黒い影に当たる。
……弾かれた。
正確には――
ほとんど効いていない。
(威力は……ダメージ1、ってところね)
ハイデリカが、目を見開く。
「うそ……」
「……ごめんなさい。これが私の限界なの」
ハイデリカの額に失望の色が浮かんでみえた。
言い訳はしない。だってこれが私の事実だから。
黒い影が、ニンマリと歪み好機と見て動いた。
爪のような腕がギチギチと高く掲げられ、ハイデリカが剣を構えた。
「う、受けて……みせるわ! 私ならきっとできる。私がやらなくちゃ」
ダメ。ハイデリカには一撃が重すぎる。
処理できない。まともに受けたら致命傷になる。
だから、私はとっさに叫んだ。
「いい、聞いて! 剣で勝とうとしないで!」
ハイデリカが、一瞬こちらを見る。
「次の一撃、左に跳んで! 敵の目は右肩の内側にあるの!」
「……目?」
「アレは人の形を真似てるだけ! 視覚情報はそこ一点に集まってる!」
黒い影が攻撃態勢に入る。
「跳んで!」
ハイデリカが指示通り動いた。
ぎりぎりで攻撃をかわす。
「いまよ! 剣先に魔力を全部集めて!」
「全部……フルコミットするの!? そんなことしたら防御が……」
「いいから! 信じて!」
一瞬の沈黙。
それから――
ハイデリカは、歯を食いしばって頷いた。
彼女の魔力が一点に収束する。
剣先だけが白銀に強く輝いた。
(……大丈夫やれるわ)
私は確信した。
「踏み込んで! 右肩――そこよ!」
ハイデリカが勢いよく飛び出し、突き出された剣が黒い影の右肩をとらえる。
白光が黒い影の視点を貫いた。
その次の瞬間、影は悲鳴もなく崩れ落ちた。魔力の糸がほどけ、保てなくなった形が崩壊していく。
やがて黒い魔力の残滓が霧散して、静寂がやってきた。
瓦礫が音を立てて落ちる。
ハイデリカが剣を支えに立っていた。
肩で息をしながら、ゆっくりと私を見る。
「……勝てた?」
「ええ。正確には――あなたが倒したのよ」
彼女は、少しだけ笑った。
私はすぐに、周囲へ意識を広げた。
残留魔力。
干渉の痕跡。
悪意ある揺らぎ。
――どれもない。大丈夫。危険は過ぎ去ったみたい。
黒い影が残していた歪みは、完全に消えている。
この場にもう脅威は存在しない。
静寂がゆっくりと戻ってくる。
瓦礫が落ちる音さえ、やけに大きく聞こえた。
次の瞬間だった。
「……い……い、いやったぁぁ!」
ハイデリカが、両手をバンザイしてぱっと顔を輝かせた。
剣を握ったまま、子どものように両手を上げる。無邪気に純真無垢に。
「やりました! 倒せましたよね!?
わたし、誰かを……ちゃんと守れましたよね!?」
抑えきれない喜びが、そのまま声になって溢れている。
「わたし……初めてなんです。
誰かの役に立てたって、はっきり思えたの」
胸に手を当てて、本当に嬉しそうに笑う。
――その無邪気さに、胸の奥が少しだけ痛んだ。
私はできるだけ優しく声をかけた。
「ハイデリカ」
その一言で、彼女がはっとする。
周囲を見回して、崩れた教会と怯えた人々の気配に気づき――
表情がみるみる曇った。
「……あ。ご、ごめんなさい……!」
勢いよく頭を下げる。
「街が……こんなことになってるのに。
わたし、不謹慎でした……。
喜んでいい状況じゃ、ないですよね……」
震える声。さっきまでの笑顔が、嘘みたいに消えている。
私は「ちがうわ」と首を振った。
「そういう話じゃないの」
ハイデリカが、キョトンとして顔を上げる。
丸く宝石のような瞳が桃色に輝いている。
私は呼吸を落ち着けて、はっきりと言った。
「あなた――
今日で、剣士を辞めなさい」




