聖女討伐のクリア条件
「――座れ」
依頼を受けることにした私たちは、奥にある小部屋に通された。
表の喧騒が嘘みたいに静かだ。
分厚い扉が閉まる音と同時に、外の笑い声や酒の匂いが遮断される。
机の向こうに座ったのは、さきほどの受付とは別の男だった。
年齢は五十前後。
派手さはないが、視線だけがやけに鋭い。
私とハイデリカは向かい合って腰を下ろす。
男は書類を一枚、机に置いた。
【依頼:聖女討伐】
【危険度:不明】
【報酬:高額】
【依頼主:開示不可】
「すみません、ここの危険度のところ、
不明って、どういうことでしょうか?」
ハイデリカの問いに、男は肩をすくめた。
「言葉の通りだよ。お嬢さん。
測れないってことだ。
強いのか弱いのかじゃない」
男は指先で書類を叩いた。
「対象は、皇都スラム街の外れ、廃教会跡にいる」
男は淡々と説明を続ける。
「最初は、保護依頼だった。
暴走している聖女がいる、とな」
「暴走?」
男の声が、少しだけ低くなる。
「ある日を境に様子が変わったそうだ。
治療した相手が、次々と壊れるようになったと」
ハイデリカの背筋が、ぞくりと震えた。
「……壊れる、って……」
「あくまで噂ベースの話だ。
詳しくはわからんよ」
私はゆっくりと息を吐いた。
「聖女の特徴は? すぐにわかるの?」
「わかっていたら、顔写真つきで依頼書を作るさ」
「妙ね。クライアントから提出があるはずだけど?」
「ないもんはない」
「なら、前任者はどう?
私たちより前に、この依頼を受けた人はいないのかしら?
いるなら調査履歴を……」
「戻ってきた奴はおらんよ」
「そう……」
私は書類に目を落とす。
一見すると、簡単な経過しか書かれていない、ただの書類。
けど——
この男の話す内容にしたってそう。
どこか不自然。
「……聖女の所属は?」
男が一瞬だけ黙る。
「不明だ」
「記録は?」
「消えている」
「消えている? どういうこと?」
「わからん」
なるほど。なにもわからないのね。
あるいは、答える気もないのかしら。
私は書類を受け取って、ポケットに入れた。
「一つだけわかったことがあるわ。
この依頼、ただの討伐案件じゃないわね」
「察しがいいな」
男が薄く笑って、視線を細めた。
「でも、あんたらは受けた。
ギルドからの話はこれでおわりだ。
では、いってらっしゃい——」
***
外に出ると、スラムの喧騒が一気に戻ってきた。
怒鳴り声と笑い声、鉄を打つ音が混じり合い、空気がざらついている。
ハイデリカは、しばらく黙って歩いていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「やっぱり……あの依頼、変ですよね。
ターゲットが聖女だなんて……。
聖女ですよ? 本来、守られる側の人のはずなのに」
「もちろん、承知のうえよ」
私は歩みを緩めずに答える。
「私たち二人で、星つきのモンスターを討伐できるわけがないでしょう。
むしろ、好都合だわ」
「ずいぶん……落ち着いていますね、先生は」
「シークレット案件っていうのはね、だいたいギルドが半ば放棄したものなの」
「それ、答えになっていません……」
ハイデリカは少し俯いてから、正直な気持ちを吐き出すように言った。
「わたし、その……
正直、聖女を討伐なんてしたくないです。
それが、どんな人であっても」
……なるほど。
優しいのね。
「ハイデリカ、勘違いしているわ」
私は静かに言った。
「私はこれから、聖女を狩りに行くわけじゃない」
「ハント……じゃ、ないんですか?」
「本気で消したいなら、クライアントは暗殺依頼を出すはずよ」
私は指を折る。
「でもこれは討伐。
この言葉で、何かを濁している」
「……濁している?」
「ええ。
だから、ミッションクリアの方法は一つじゃない」
私は頭の中で、依頼に関わるキーワードを整理する。
――聖女。
――強い弱いではない。
――壊れる。
――戻らない前任者たち。
「例えばね。ただ壊れてしまっただけなら、直す方法があるかもしれない」
ハイデリカの表情が、わずかに明るくなる。
ただし――
状況によっては、討伐が必要になる可能性もある。
私は一瞬だけハイデリカの剣に視線を落とし、すぐに彼女の顔を見る。
気づかれないように。
できれば、使いたくない。
魔法で解決できるなら、それが一番いい。
少し安心したのか、ハイデリカが話題を変える。
「ところで先生って……ギルドによく出入りしていたんですか?」
「え?」
「さっき、ギルドの人と話している時、すごく慣れている感じがしました。
まるで、昔から通っていたみたいで」
「勇者パーティーの頃ね」
その一言で、ハイデリカの足が止まる。
「物資の調達、情報交換……それに仲間集め。
ギルドは冒険者にとって、大切な場所でもあるのよ」
「先生が、さっき聞き出そうとしていた情報って……」
少し言いづらそうに、ハイデリカが続ける。
「勇者パーティーの……生き残り、ですか?」
「生き残り……ではないわ」
私ははっきりと言った。
「あの戦いで生き残ったのは、勇者マシューだけよ。
私も死ぬ間際に気配を調べたから、間違いない。
記録にも、そう残っているでしょう?」
ハイデリカは、静かに頷く。
私は歩き出しながら、続けた。
「会いたい人はね、生き残りじゃないの」
それは、どこか――
自分自身に言い聞かせるみたいな言い方だった。
ハイデリカは、それ以上踏み込まなかった。
やがて、廃教会のある区画が見えてくる。
傾いた鐘楼。
崩れかけの壁。
それでも、祈りの痕跡は、完全には消えていない。
私は、足を止めた。
「ハイデリカ。
いまのあなたなら、ここがどういう教会かわかるんじゃない?」
「……魔力が、すごく……よどんでいます」
その言葉を待っていたかのように、
廃教会の扉が、ひとりでに――
きぃ、と音を立てて開いた。
中から微かに
――祈りの残滓が漏れてくる。
そして私は、中の光景を見て確信する。
これは、ただの討伐じゃない。




