ギルドのワケありシークレット案件、受けるか?
ギルドの中は、騒がしかった。
昼間だというのに、酒の匂いが濃くて、笑い声と口論が入り混じっている。
壁際の空いたスペースに、私たちは腰を下ろしていた。
向かい側のハイデリカは、テーブルに突っ伏してうなだれている。
「ごめんなさい先生。わたし役立たずで……」
ハイデリカは言いにくそうに視線を泳がせてから、意を決したように言う。
「わたし、お金、ありません」
「……そうね」
「正確には、あるんですよ。
ただ、その……
クレジットカードの認証が通らないみたいで、
私の口座にもアクセス不可で……」
「手持ちの現金は?」
「キャッシュはその……
……ほぼゼロです」
しゅん、と肩を落とすハイデリカ。
「ごめんなさい……。
私がちゃんと準備していれば……」
「いいのよ。ハイデリカが悪いわけじゃないわ。
これまでの経緯を考えると想定内。
まあ……資金ゼロで私を訪ねて来たことは驚きだけどね」
半分はフォローで、もう半分は私の純粋な本音だ。
そして、私も自分の懐事情を確認する。
「ちなみに、私もほとんどない」
「……先生も?」
「ええ。死人は口座を持てないから」
冗談めかして言うと、
ハイデリカは笑うべきか悩んだ末、困った顔をした。
「とはいえ、旅の資金は必要ね」
私は指を折って数えてみる。
「まずは宿代と食事。それに情報と……」
「では! こういのはどうでしょうか?」
ハイデリカが、自分の服を指さしてみせる。
質のいい外套に上等な生地。
「それはダメ」
私、即答。
「え、でも……」
「目立つし、足がつくわ。
それに――
あなたの身分を、安売りしないで」
ハイデリカは、はっとして口を閉じた。
「……それで、ギルドというわけですか?
こういう場所はわたし初めてで、ちょっと緊張しています」
「報酬目当てということもあるけれど……
実は情報収集が第一の目的よ」
私は視線を受付の方へ向ける。
「探している人がいるのよ……」
「人探し……?
それってまさか——」
人並みが途切れたことを確認してから、私たちはギルドの受付に近づいた。
カウンターの奥から、中年の男が面倒そうにこちらを見た。
「なんだい。依頼か?」
「いいえ。情報が欲しい」
私は男にだけ聞こえるよう、名前を一つ告げる。
男の眉が、ぴくりと動いた。
「……ああ?」
「知っているなら、教えて」
男は口の端を歪めた。
「勇者マシューに関わる人物だな。
どうしてあんたが知っているのか気になるが……」
「知っているの? 知らないの?
「急かすねえ。もちろんさ。ここはギルドだぜ?
しかし情報は有料だ」
「いくら?」
「安くはないね」
提示された額を見て、ハイデリカが小さく息を呑んで叫んだ。
「いち、じゅう、ひゃく、せん……!!!
え、え、ええ!?
た、高すぎません!?
先生! ぜったい詐欺ですよこれ!」
私はやれやれと肩をすくめる。
「どうやら資金が足りないみたいだな。お嬢さんたち。
ここはギルドだ。なら仕事だな。
ライセンスは持っているか?」
「ないわ」
「じゃあ、受けられる仕事は限られるな」
男はカウンターを指で叩いた。
「おたくら信用がないからな。
見たところ、女二人だろ?
狩りは無理だ。星つきのモンスターは任せられない。
失敗されたら、こっちの信用にも響く」
「じゃあ、なにがあるの?」
男が少しだけ声を落とす。
「……そうだな。
これなんかどうだ?」
掲示板に張り出されたクライアント一覧をチラと見てから、
男はテーブルの下から一枚の紙を取り出した。
ハイデリカが思わず目を見開いた。
【依頼:聖女討伐】
【危険度:不明】
【報酬:高額】
【依頼主:開示不可】
「せ、聖女……? 討伐……?」
私は紙を受け取り、目を走らせる。
(……なるほど)
「詳細は?」
「受けるなら教える」
男はにやりと笑った。
「受けないなら、ここまでだ」
ハイデリカが私の袖を引く。
「先生……やめましょう。
どう考えても、普通じゃありません」
「ええ、そうね」
私は頷いた。
「掲示板に張り出されていない、シークレット案件。
本来、討伐対象になるはずのない聖女がターゲット。
名声やブランドを重視したパーティーには、決してまわらない仕事ね。
つまり——」
裏仕事か……。
男がこちらを急かす。
「で、どうする?
受けるか、帰るか」
ハイデリカが不安そうに私をのぞきこむ。
ギルドの喧騒が、やけに遠く感じられた。
私は紙を見つめたまま、静かに言った。
「……どう思う、ハイデリカ?」
彼女は一瞬びっくりしたように瞳をひらき、
それからはっきりと首を振った。
「……正直、怖いです」
ハイデリカが胸の前でぎゅっと拳を握った。
そうね。気持ちはわかるわ。
でもね——。
私はギルドカウンターの男を見る。
「受けるわ。詳細を教えて」
男の笑みが、深くなった。
「後悔するなよ」
私は淡々と答えた。
「後悔? それなら慣れっ子よ」




