私もう、死んだことにされている
「君さ、死んだことにしていいかな?」
目を覚まして、最初に聞いた言葉がそれだった。
ひどく静かな声だった。
ぼやけた視界に映るのは、焦げついた魔力の残光に裂けた大地。そして、血の匂いと焼き切れた荒野のあちこちに転がる……もう動かない仲間たち。
私は、ゆっくりと視線を動かす。
そこに立っていたのは、ひとりの少女だった。
返り血に汚れた勇者の装束。剣を支えに、わずかに肩で息をしている。
見慣れたはずの横顔なのに、今はどこか遠い。
死神かと思った。
ううん、死神なら、まだマシだったのかもしれない。
「……最終決戦は、どうなったの?」
かすれた声が、私のものだと気づくのに時間がかかった。喉が酷くやられているようね。これじゃ詠唱はできない。
「勇者だけが生き残った」
彼女は淡々と答えた。
感情を押し殺した、あまりにも静かな声で。
「わざわざ聞かなくても、賢い君ならわかっているでしょう?」
言葉が、少し遅れて頭に届いた。
現状を理解したくないのかもしれない。
でも、やっぱりそうなんだ……と、どこかで納得している私がいる。
願わくば、想定外であって欲しかったな。
「君が生き残ったことは、計算通りだったのかな?」
「…………」
「まあ、想定外であろうとなかろうと、この際どちらでも結果は同じよ」
勇者は続けた。
まるで、遠い誰かの話をするみたいに。
「君が生き残るというのは、物語として美しくない。それだけ」
胸の奥が、少しだけ冷えた。
「勇者が死戦をくぐり抜け、ただひとり魔王との決戦を生き延びた。
倒れた仲間たちの想いを背負い、涙を飲みながら未来に向かって進む。
そういう話の方が、民は泣く。英雄譚として完璧でしょう?」
彼女は、私を見る。
「賢い君なら、理解してくれるわよね?」
……わかってるよ。そんなことは。
「もし、まったく戦力にならない、才能のないお荷物が一緒に帰還したら?
生き残ったと知られたら?
民はどう思う? 共に戦い、散っていったパーティーの遺族は?」
問いかける声は、冷静だった。
「さあ、どう思う?」
私は、答えない。
「これは君にとっても悪くない選択よ。
民から恨みを買い続ける余生なんて、君自身だって望まないでしょう?」
才能のないお荷物か……。
何度も、何度も言われた言葉だ。
私は英雄でも、戦犯でも、何でもない。
もう聞き慣れているはずなのに、どうしてかな。
少しだけ、チクっと痛かった。
「後のことは、私に任せて。いい?」
名もなき役立たずとして、私は誰の記憶にも歴史にも残らない。
世界がそれで平和になるなら、私のことはどうだっていい。
「……勝手にしなさい」
口から漏れた声は、ひどく枯れていた。
最終局面の映像が、頭の奥でちらつく。
誰にも知られてないけど、あの作戦を組んだのは私だ。
戦団結成のために、各地の傭兵団や王国軍を繋いで交渉し、
パーティー内の魔力配分を調整し、
魔王軍の進行ルートを予測して補給線を引いて、
可能な限り勝率を引き上げた。
攻略不可と言われた戦いだった。
全滅は世界の滅亡に直結すると予言されていた。
そして実際、ほとんどが散った。
勇者ひとりが生き残っただけ。
作戦が正しかったのか、間違っていたのか――今でもわからない。
本当は、もっと救えたはずじゃなかったか。
そんな思いが、胸のどこかで鈍く疼いている。
全部、この人の物語になる……。
勇者。
大陸中がその名を知る、希望の象徴。
彼女が語れば、人は信じる。
情熱的な言葉ひとつで、誰もが納得する。
結果だけ見れば、それが正解だったのかもしれない。
英雄の言葉は、いつだって私の淡々とした説明より強い。
でも、それでいいと思っていた。
世界が平和になるなら。
もう誰も泣かずに済むなら。
私が無能と思われようが、誰の記憶に残らなくたって――
「……ありがとう」
勇者が、静かに言った。
「潔い同意と、死の受け入れを」
彼女が、ゆっくりと手を上げる。
空気が、わずかに震えた。魔力の揺らぎ。
あれで、何をするつもりなんだろう。
記録を改ざんする魔術? 記憶操作? それとも――
「これより君は死者よ。
安らかな眠りを」
それが、最終決戦で聞いた最後の言葉だった。
そして私は、世界から消失した。
読んでくださって、本当にありがとうございます!
まだ始まったばかりの物語ですが、少しでも「続きが気になる」と思ってもらえたら嬉しいです。
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