声真似
地上波のバラエティーにゲスト出演した売り出し中のアイドルが突然、某国民的アニメのモノマネを初めて披露した。誰もが知るキャラクターに似ているといえば似ていたが、似ていないといえば似ていない。案の定、SNS上でちょっとした物議を醸していて『似てた』と擁護する側と『似てない』とすげなく言う側のささやかな対立まで招いている。
「似てない」
「え…」
先輩に誘われ立ち寄った飲み屋街のスナックのママが満面の笑みを浮かべて「似てない」と断言した自分のとっておきのモノマネは、これまた国民的アニメの愛されライバルキャラの声マネ。当初主人公キャラに対立しつつも、いつの間にか主人公の実力を認め『ツンデレ』の振る舞いが板についてしまったあのハスキーボイスの男。自分では密かに似ている確信があったので、ちょっと豪放な性格のママの厳しめの査定にがっくしきてしまった。先輩は意に介さずカラオケで一曲リクエストしている。
「声質は似てませんか?」
「まあ、そうね」
多少の譲歩は引き出せたものの得られた評価はそこまでに留まり、その時なぜか知らないけれど言い知れぬ「世知辛さ」を感じてしまった。
<褒められるところまでに行くのは大変だ>
そんな思いはこの時代なので誰しもが一度は感じたことがあるかも知れない。営業トークで鍛え上げた声量と甘い美声で世代の喜ぶ冬の名曲を歌い上げる先輩には惜しみない拍手が送られる。先輩、確かに上手いんだよなと聴き入りつつも、どこか満たされない気持ちが残る。飲んでいたハイボールの苦味がちょうど良いのか、良くないのか、分からなくなるところでママ特製の『厚揚げ』を口一杯に頬張る。
「うまい」
「あら、ありがとね」
顔を上げるとママが慈愛の眼差しで見つめている。彼女とはたぶん世代がいくらか違うから、経験してきたことの絶対値も違うだろうと思う。穏やかなその表情から伝わってくるものを今の自分ではうまく説明することができないけれども、包み込んでくれるような優しさが確かにあった。
「そういえばこの間、歌っていった『洋楽』の曲。再結成したって話題になってた人達でしょ?」
「あ、そうですね。伝説のバンドなんです。『Whatever』という曲です」
「上手だったわよ。あの曲好き」
「え!?マジですか。嬉しい」
昔ながらのスナックには少しそぐわないような曲調なのかもと思ってはいたが、それが逆に『新鮮』だったらしい。
『なんでもOKなんだ』
そう。似てないモノマネだって良いんだよ。悪いことではない。勇気づけられたような気がしたので、もう一度その場で『声真似』をチャレンジしてみた。
「うん。似てない」
「ですよね〜」
でも今度は自然と笑みがこぼれている。そんな風にして冬の夜は更けてゆくのだった。




