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夢幻と星屑、その代償⑭

「お姉ちゃん……」


 優奈の病室、ピュリステラ・ハーティアに変身した愛奈がベッドの前に佇む。真剣なまなざしで、浄化のための準備を進めていた。


 結局あの後、愛奈は己のしでかした行為を思い出し、もんどり打って悶絶し続けた。本日最高速度で頭を振り、のけ反ったと思ったらうずくまり、挙句の果てに床を転げまくって最終的に部屋の隅で崩れ落ちた。

 いじけて動かなくなった愛奈。ダリウスはおろか、エリオラの説得でも動かなかった。リーフィラがしびれを切らして愛奈のことを蹴っとばし、ようやくなんとか話が進んだ。そして今に至る。


「事前に話した通り、今回の浄化はハーティアくんにしてもらう。ただ、優奈くんの体調もあるので、場合によっては途中で止めてもらうことになる」

「途中で、ですか……?」

「聖契士である君の浄化は強力だ。優奈くんの身体に巣食う瘴気の結晶を一気に浄化することも不可能ではないだろう。だが、瘴気の結晶が……まるで根を張るように、様々な臓器に食い込んでいるんだ。浄化で瘴気の結晶を取り除いた直後に回復魔法で補うが、入院により優奈くんの体力は少ない。性急に進めようとするとかえって危険なんだ」

「臓器にっ……!? わかりました……」


 回復魔法といえど、何でもかんでも無制限に回復できるわけではない。人が本来持つ再生力を高めるものであり、使い方を誤ればかえって危険になる可能性もある。

 そうならないために、前回浄化を行った医者も傍らに待機している。


「では、そろそろ浄化を始めようか」


 ダリウスは低く告げると、ゆっくり窓際へ歩み寄り、カーテンを引いた。夕日が遮られ、室内が薄暗くなる。


「浄化のやり方は大丈夫ね? ピュリステラ・ハーティア」

「うん! 大丈夫だよ!……じゃあ、行くよ!」


 ピュリステラ・ハーティアは、両手を胸の前に掲げた。少し緊張した面持ちで、魔力を溜める。万が一にも失敗はできない。しかし、今はそれよりも姉の優奈が起きる期待が勝っていた。

 すでに一度唱えたことのある詠唱。身体が覚えており、意識せずとも口から言葉が紡がれる。


「――星よ……我が祈りに答え給え……」

「――光よ……集い、束ね、織りなせ……」

「――闇を払い、汚れを清め給え……」


 はやる気持ちを抑えながら、努めて丁寧に一節ずつ唱える。


「――【浄化(ピュリフィケーション)】」


 そして魔法を発動させる。





 柔らかな光が波紋のように広がり、桜色の輝きが優奈の身体を包み込んだ。


(お姉ちゃん……身体の中に、これが瘴気の結晶……!)


 浄化(ピュリフィケーション)の魔法が優奈に浸透していくにつれ、身体に蔓延る瘴気の結晶を感じ取る。


(前に見た時は胸のあたりが濃かったけど、本当に身体の中に根を張るように広がってるっ……!)

「瘴気の結晶を感じ取れたかい?」


 背後から聞こえるダリウスの声は、冷静ながらもどこか優しい。


「まずは、これ以上根を伸ばさせないように。末端の方から浄化していこう」

「わかりましたっ!」


 ピュリステラ・ハーティアは意識を集中させ、腕や脚に伸びようとしている箇所に光を流し込んでいく。焦らず、急がず、一定のリズムで。

 力を込めすぎれば組織を傷つけ、弱すぎれば瘴気に押し負ける。呼吸と鼓動を合わせ、丁寧に浄化の光を浸透させていく。


「いい感じだ。その調子で浄化を進めていって欲しい」

「はいっ!」


 優しい励ましの声が、張り詰めた空気を少し和らげた。


(わたしの光で……お姉ちゃんを救うんだ……)


 静かな決意が心を満たす。

 やがて――医師が小さく合図を送り、ダリウスがうなずいた。


「ここで浄化を止めてくれ。今回はここまでにしておこう」

「では、回復魔法は私の方で」


 医者が回復魔法の準備を始める。


「……わかりました」


 名残惜しさを噛みしめながら、ピュリステラ・ハーティアはそっと魔力の流れを断つ。桜色の光はふわりと薄れ、星の粉のように空中に散った。

 静寂が戻った病室で、彼女は両手を胸の前で組み、祈るように目を閉じた。


(次は、きっと……)


 身体を蝕む瘴気の結晶をすべて浄化する――お姉ちゃんの体調次第なのは分かってる。だが、それでもそう思わずにはいられなかった。





「……ん、……ぁ……」


 小さな吐息が漏れる。ベッドの上で、回復魔法に包まれていた優奈の指がぴくりと動いた。


「お姉ちゃんっ!?」


 ピュリステラ・ハーティアは弾かれたようにベッドに身を乗り出す。目の前の姉が、まぶたをゆっくりと開いていく。


「……だ、れ……?」

「わたしだよ! わかるっ!?」


 優奈の顔が訝しむような表情になる。お姉ちゃんが私の顔を見ても分からない――もしかして、記憶になにかあったのか、そう不安がこみ上げる。


「ちょっとハーティア!? あなたそのまま会う気なの!? 認識阻害があるのだから分かる訳ないでしょ!」

「ああっ! そうだった! どどど、どうしようっ!」


 なんてことはない。ただの衣装(コスチューム)の機能だった。


「いったんベッドの陰に隠れて変身を解除すればいいでしょ! はぁ……雰囲気が台無しじゃない」

「そっか!――解除!」


 リーフィラの言葉に従い、しゃがみ込んで優奈の視界から隠れた。光が弾け、コスチュームが淡く溶けていく。髪の色と共にピュリステラ・ハーティアから愛奈に戻った。そして、再びベッドに身を乗り出す。


「お姉ちゃん!」

「……あぁ、愛奈……」


 今度は笑ってくれた。少し疲れたような声、でもちゃんと笑ってくれた――愛奈も安心したように笑う。


「少し寝ぼけてたみたい……目を開けたとき、綺麗な人がいるように見えたの。ふふっ、大人になった愛奈を見たのかも」

「ええっ!? も、もう~、寝ぼけすぎだよぉ」


 認識阻害の影響でそう見えたのかもしれない。でも、冗談めかして言ったその言葉は、元気な声だった。


「夕方……今日は、何日なのかしら……?」


 窓越しに見える夕日を見て、優奈は少し不安そうにつぶやいた。


「優奈くんが前回起きた時からだいたい十日経ったあたりだ」

「ダリウスさん……私は、そんなに寝ていたんですか……?」

「大丈夫? お姉ちゃん……」

「ゴメンね、愛奈……ずっと寝たままで……」


 謝罪をする優奈。しかし、その声は硬いままであり、表情もぎこちなかった。


「すみません。……私はもう、退院できますでしょうか?」

「だっ、ダメだよ! だって、まだ身体の中にしょ……じゃなくて! とにかく、まだ身体は良くなってないって、お医者さんが言ってたよ!」


 慌てて取り繕う愛奈に、優奈は困ったように目を伏せた。


「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、仕事も……お金のこともあるから。これ以上、愛奈に負担をかけたくないの……」

(……お姉ちゃん)


 長い入院は費用もかさむし、職場にも迷惑がかかる。そうなれば、せっかく安定してきた生活が崩れてしまう。優奈としては一刻も早く退院する必要があると考えてしまった。


「焦ることはない。愛奈くんの言う通り、完治にはまだ時間がかかるんだ。仕事に関しては休職届が出ている。それに、入院費用も行政の支援もあるし翠芽の会からも援助する。だから、それほど大きな負担にはならないんだ」

「それは、ありがとうございます……でも、ダリウスさんたちから援助なんて……」


 優奈はベッドの上で申し訳なさそうに身を縮めた。納得しきれていないのがわかる。


「実はね――」


 そこでダリウスは一度言葉を切り、そっと愛奈の方に目を向けた。


「愛奈くんに翠芽の会の仕事を手伝ってもらうことになってね。〝アルバイト〟という形だがね。それで、福利厚生の一環として、君たち姉妹に支援ができるんだ」

「わたしだって、もう大人だからね! お金だってなんとかできるんだよ!」


 むんっ、と胸を張る愛奈。ほんの少し背伸びした言葉は、未熟さも含めてひどく愛らしい。

 本当は聖契士としての活動に対する援助であり、翠芽の会で全額負担することとなっている。しかし、本当のことは話せないため、ダリウスたちは事前に口裏を合わせていた。


「愛奈……ふふっ、そうね。この前渡したノートは見た? 愛奈には難しいかなと思って、一度ダリウスさんに見てもらってからと思ったけれど……そのまま渡しても大丈夫だったかしら」

「えっ!? あ、あのノートね! 見たよ! ちゃんと……見たよっ!」


 つい先ほどそのノートを巡って醜態を晒したばかりだ。愛奈はしどろもどろに話してしまった。


「愛奈……?」

「そちらについても愛奈くんと話をして対応済みだ。優奈くんが心配することはないよ」

「そうでしたか……ありがとうございます。ダリウスさん」


 優奈は安堵と申し訳なさの入り混じる眼差しを向けた。愛奈の態度から、やはりダリウスを頼った方が正解だったと察した。だが、愛奈には他にも頑張ってもらったり、迷惑をかけているのだ。そこを追及するのは野暮であると黙っていることにした。


「それより愛奈、最近の生活はどう? 困っていることはない?」

「お姉ちゃんがお家にいなくて寂しいって思う時もあるけど……大丈夫だよ!」


 愛奈は優奈の手をそっと握った。少し冷たいその手が万全ではない体調を物語る。


「それでねっ! 最近学校でね――!」


 起きていられる時間は長くない。そのことを、無意識に察していたのだろう。


 一秒でも多く、話したくて。

 一言でも多く、聞かせたくて。


 愛奈は、弾けるように言葉を紡ぎ始めた。


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