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夢幻と星屑、その代償⑬

「……」

「……」


 病院の談話室。静まり返った室内で、時計の針の音が妙に大きく聞こえる。沈黙が痛い。けれど、何を言えばいいのか分からない。

 互いに会話がズレていることは分かった――ただ、どこからボタンを掛け違えたのか、両者とも見当がつかなかった。


「恐らくですが――」


 沈黙を続けるダリウスに見切りをつけ、エリオラが話を切り出した。


「愛奈さん、あなたはこのノートを〝お仕事用〟だと思った――それで合っていますか?」

「あ、はい」


 話しかけられた愛奈はエリオラの方を向く。優しい微笑みがそこにはあった。


「確かに翠芽の会はボランティア活動をしており、予算や事業で優奈さんにお世話になったことがあります。最近はコンプライアンスも厳しいですから、仕事に関する情報は知らない方がいいと思ったんですね」

「そうですっ! 守秘……義務ってのがあるって、お姉ちゃんが言ってました!」

「ええ、合っております。気を配ってくださって、ありがとうございます」

「んふ~っ!」


 仕事のできるかっこいい女性であるエリオラに褒めてもらい、愛奈のテンションが上がった。


「代表、あなたは愛奈さんが『大丈夫』と言ったといいましたが、なにが大丈夫かしっかりと確認を取ったのでしょうか」

「あ、いや……確かにそこまで詳しくは、聞いていなかったが……」


 エリオラが冷ややかな視線を向け、翠芽の会の代表――ダリウスを静かに問い詰めた。


「これまでの話から、愛奈さんはノートの内容を見てはいけないものとして、遠慮の意味で『大丈夫』と言ったと考えられますが」

「そのようだね……」

「ノートの内容や契約の変更に関し、愛奈さんに確認をとったのかと、私は尋ねたかと思うのですが」

「それも、そうだね……」

「代表は『確認済み』と言っておりましたが、その結果がこの認識のズレというわけですか」

「面目次第もない……」


 エリオラが尋ねるたびにダリウスの背中が小さくなっていく。

 なんとなく、愛奈もいたたまれない気分になってしまった。


「えっと……じゃあ、このノートには、いったいどんなことが書いてあるんですか?」


 愛奈はノートの中身が気になり、空気を変えるべく尋ねてみた。


「そうですね。では、改めてこのノートの内容を確認しておきましょう」

「お願いしますっ!」


 愛奈の声にエリオラが素早く反応し、丁寧にページを開いた。


 ――〝レシート〟〝生活費支出表〟〝口座振替の領収書〟〝支払証明書〟〝振込口座番号〟


 整った文字と、几帳面に貼られた紙片。それらはどれも、二人の暮らしを記録した静かな証だった。

 だが、ある書類を目にした瞬間、愛奈の表情が曇る。


 ――〝死亡保険〟


 書類に押された朱印が、やけに冷たく見えた。


「お姉ちゃん……」


 小さくつぶやいた声が震える。

 その言葉の重みを理解した瞬間、ノート全体がまるで〝別れの準備〟のように思えてしまった。


「愛奈さん……大丈夫です。これは別れのためのものではありません。ほら、こちらを見てください」


 エリオラがそっとページをめくり、ある箇所を指差した。


 ――〝制服代:愛奈の制服姿は絶対カワイイ!〟

 ――〝食料費:愛奈が商店街の人からおすそ分けをもらってきた!〟

 ――〝旅行貯金:いつか愛奈と旅行に行くぞ!〟


「お姉ちゃんってば……わたしのことばっかじゃん……」


 笑おうとして、声が震えた。

 ページの余白に書かれた小さなメモ。そのどれもが、愛奈のことを想って綴られたものばかり。その一文字一文字に、姉の温もりが宿っていた。

 胸の奥がじんと温かくなり、目頭が熱くなる。けれど、先ほどみっともなく泣いてしまったばかりだ。愛奈は目をぎゅっとつむり、涙がこぼれないように必死にこらえた。





「ふぅ……ノート、ありがとうございました」


 優奈のノートを一通り確認し、一息ついた後に愛奈はお礼を述べた。


(お姉ちゃん……)


 生活に関わることばかりが丁寧に書き残されていた。自身に万が一があったとき、愛奈が生活に困らないように――そんな優奈の想いが込められていた。


 ノートを見つめ、感傷に浸っていた時、頭上で魔力が収束する気配を感じ取った。

 空気がぴんと張り詰め、髪先が微かに揺れる。次の瞬間――光が弾けた。


「愛奈! 大丈夫!? 何があったの!?」


 弾けた光の中から現れた妖精のような小さな女性が愛奈めがけて飛び込んできた。


「うわっ! リーフィラ!? いきなりどうしたの!?」


 その女性の名前はリーフィラ。愛奈と契約を行い、戦うための力を授けた星聖樹の精霊である。

 急に顔の方に飛んできたため、愛奈は思わずのけ反ってしまった。


「どこかケガはない!? 体調は悪くない!? 気分は大丈夫!?」


 その小さな身体で愛奈の周りを忙しなく飛び回る。時折止まり、手をかざし、すぐさま別の場所に移動する。


「え、ええっ!? だい……じょうぶだよ?」


 どこにも問題はない。だが、矢継ぎ早に行われる心配に、どこか問題でもあったのかと愛奈は疑問形で答えてしまった。


「本当!? でもどこか気になるところがあるの!?」

「どこも無いよ! わたしは大丈夫だよ!」

「そう……? どうやらそのようね。よかったわ……」


 慌てていたリーフィラが落ち着きを取り戻し、胸をなでおろした。


「それより、リーフィラの方こそなにかあったの?」


 愛奈は小首を傾げながら問いかけた。特に問題がないことは分かったが、あそこまで慌てられる理由が分からなかったからだ。


「はぁ~。なんであなたがそんなのん気なのよ……」

「ええっ!? なんでわたしが責められるのっ!?」

「なんでって――あなた今日の夕方、病院に行くって言ったじゃない! なのにいつまで経ってもあなたの側に跳べなかったのよ! 呼びかけても全然つながらないし! ずっと心配したのよ!……なのに、なにそののん気な顔は! 私の心配、返しなさいよっ!」

「え、ええ~……そんなこと言われても、わたしも知らないよぉ」


 リーフィラは宙に浮かんだままジタバタと手足を動かしながら暴れまわる。顔の前で暴れられた愛奈はたまらず引いてしまった。


「精霊様、その件につきましては我々の方からお答えいたします」

「あら、エリオラ! あなたもいたのね」


 二人だけの会話では解決しそうにない事を察し、エリオラは間に入ることにした。


「では代表。精霊様にご説明を」

「なんとっ!? 私からかね!?」

「ダリウス! 説明しなさい!」

「は、はい、精霊様!……いや、うむ、そうだな。私が話すべきだろう……えーっと、ですね――」


 急に指名されて慌てるダリウス。役目としては分かる。だが、この後の話の流れが予想できてしまった。それでも言わない訳にもいかず、深くため息をついてから観念したように話し始めた――





「は?……はぁ~~っ!?」


 リーフィラの呆れとも怒りともとれる声が談話室に響く。


「つまり、愛奈がお金に困り果てて! それで聖契士を辞めようって! 本気で思ったってこと!?」

「あ、あはは……」

「そ、その認識で……合っております……」


 その怒気に当てられ、愛奈とダリウスがそろって冷や汗をかく。


「どおりで側に跳べないわけだわ! パスが切れかけになったってことじゃない!」

「そんな、ことが……」

「聖契士がお金に困って辞めるなんて前代未聞よ! そんな可能性、考えてもいなかったわ!」

「だ、だって……お金ないと、生活できないし……」

「あなたもあなたよ! 相談もなしにいきなり契約切ろうとしたってこと!? お金があっても瘴気が残ってたら意味ないじゃない! あなたのお姉さんだって治らないのよ!?」

「うっ……ごめんなさい……」

「はぁ~……もう、一体なんなのかしら……」


 リーフィラは力なく項垂れ、手を額に当てて頭を振った。



「でも、そうね。あなたもようやく私の契約者として自覚が出てきたってとこかしら。それに免じてこの辺で許してあげるわ」

「えっ!? あ、うん……ありがとう……?」


 気力を取り戻し、頭を上げたリーフィラ。愛奈の全身を見た後、満足気になって先ほどのことを大目に見る態度を取った。

 愛奈は何がリーフィラの機嫌を直すきっかけになったのか分からなかった。だが、これ以上怒られるのは避けたいので流れに乗ることにする。


「でも、まだ変な恥じらいが残っているわね。さっさと全部開けてしまいなさい!」

「開ける……?」


 言われたことの意味が分からない。しかし、顔の向きが気になった。目線が合っていない。視線が顔より下の――


「ぴにゃああぁっ!?」


 胸の谷間。制服のシャツのボタンがいくつも外されていた。

 ――柔き双丘、美麗な形を保ち、いと深き渓谷は正面から望む。


「見ないでよっ! リーフィラのエッチ!」


 慌ててシャツを掴み、必死にボタンを閉めようとする。

 ――さりとて、絶景を生みし連峰、衣に包むこと能わず。


「はぁ!? なに閉めようとしてるのよ! 出しなさいよ!」

「出すわけないでしょ! 変態さんになっちゃうよ! もう、ボタン閉まんない~っ!」

「じゃあ何でそこまで出したのよっ!」

「だって! それはっ――!」


――おじさんより先にぃ


「それ、は……」


――わたしを~


「あっ……あっ……」





――買ってくださぁい……♪


「ああああああぁぁぁぁーーっ!!」





資金を得た愛奈。

暗き憂いの元を断ち切った。

だがその代償として、心に癒えぬ傷を負う。


その傷の名を――

 〝黒歴史〟と言う。


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