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夢幻と星屑、その代償⑤

年末年始ということで少し投稿したいと思います。

(お姉ちゃん、起きたら何をお話しよっかな~♪)


 愛奈は掃除をしている最中でも姉である優奈のことを思い浮かべては頬をゆるませていた。箒を動かしていても心ここにあらず、胸の奥はそわそわと浮ついている。


「朝丘さん。こっちにゴミ集めて~……朝丘さん? 朝丘さーんっ!」

「うわぁっ!? ああっ! ごめーんっ! ゴミそっちだね!」


 呼びかけられて、ようやく現実に戻る。

 動いてはいるが、頭の中はお姉ちゃんでいっぱい――それが今の愛奈だった。


「どうしたのー愛奈さま~? この後何かイイ感じの予定でもある感じぃ?」

「響華ちゃん! ま、まぁちょっとね。そんな大した用事じゃないよっ! それよりお掃除お掃除~」


 ニヤリと意地悪く探ってくる響華を前に、愛奈は動揺しながら誤魔化すように箒を動かし始めた。

 しかし、表情は隠しきれないほどに嬉しそうだ。



「よーっし、前半分も拭き掃除完了! 後は机を戻して終わりだね! 早く早く!」


 作業が終盤に差しかかるにつれ、愛奈の落ち着きのなさはますます露わになっていった。


「朝丘さん、今日はやる気が溢れているわね」

「今日は早く帰りたいからね!」


 班員の女子が笑いながら言うと、男子たちはのんびり机を動かしている。


「ほらー、男子! 朝丘さんのためにも机早く運んで!」

「ええ~、ちゃんと運んでんだからいいだろー。朝丘が掃除始めるのが遅かったから時間かかっただけじゃん。俺らに文句言うなよー」

「なにそれ!? 言い訳しないで運んでよ!」

「運んでんだろ! 見えてねーのかよ!」


 ギシリ、と机の脚が床を擦る音。

 掃除中の空気が一気にピリついた。


「あわわわわっ! わたしのせいでゴメン~! わたしがただ早く帰りたいだけだからっ! そんなに急がなくても大丈夫だよ!」


 愛奈は慌てて両手を振って止めようとする。だが、口論する二人の声はどんどん熱を帯びていく。


「いいのよ朝丘さん。男子は今日だけじゃなくていっつも遅いんだから!」

「うるせーなぁ。毎回バケツ運ばせといて文句ばっか……」

「落ち着いて! ねっ、みんな落ち着いて!」

「なによ!」

「なんだよ!」


 愛奈は自分の行動が発端で教室の雰囲気が悪くなったことに後ろめたさを感じ、なんとか仲裁に乗り出す。しかし、口論している二人は聞く耳を持たなかった。


「どどどっ、どうしよ~っ!」

「ここは、あーしが何とかするっしょ!」

「響華ちゃん!?」


 慌てふためく愛奈の横を、サイドポニーを揺らし颯爽とすり抜ける影――響華だった。


「さーって、まだ運んでない机はあーしが運ぶよー!」

「うわっ、天雷! いや、いいよ! 自分で運ぶって!」


 響華はいがみ合う二人を尻目に机を運び始めようとする。その机は口論していた男子が担当していた列だった。

 女子に、それも別の班の女子に力仕事を奪われるのは負い目を感じたのか、その男子は慌てて机を運び始めた。


「おっ! やるじゃ~ん、さっすが男子! 力あるねぇ」

「いや……これぐらい、普通だし……」


 響華はそんな彼の肩をポンと叩き、にひっと笑ってねぎらった。男子は照れくさそうに目を反らし、次の机へと手を伸ばす。


「それじゃ、まだ残ってるそっちの列を運ぶっしょ!」

「天雷さん! 手伝ってくれるの? ありがとー」


 響華は別の列に目を付ける。その列は言い争っていた女子の受け持っていた列だった。その女子はちゃっかりと響華の助けを借りることにした。

 その様子を見た男子が、何か言いたげに一瞬視線を送る。だが、小さく息を吐くだけで視線を戻し、また机を持ち上げた。


 ――いつの間にか、教室の空気は穏やかに戻っていた。

 愛奈は机を運びながら横目で響華の背中を見つめる。


 (やっぱり、響華ちゃんって……すごいなぁ)


 ほんの数分前までピリついていた教室に、今は柔らかな声が戻っていた。





「お掃除完了だね! 先生への報告はわたしがやるから、みんなお疲れ様っ!」

「終わった、終わった~」

「おーう、おつかれー。さーて、帰るかぁ」

「朝丘さん、後はよろしくね」


 教室の掃除が完了し、愛奈が班員たちに言葉をかける。少し遅れて掃除に加わった愛奈が、最後の作業を買って出た。

 男子たちは生返事をしながら荷物をまとめ、けだるそうに教室を後にしていく。


「それじゃ、一緒に職員室へ行くっしょ」

「あっ、響華ちゃん! うん、一緒に行こっ!」


 班員たちと別れ、響華と愛奈は肩を並べて廊下を歩く。



「さーって、報告も終わったし、後は帰るだけっしょ」

「響華ちゃん、えーっと……今日一日、わたしのわがままに付き合ってくれてありがとっ!」


 先生への報告を終え、下校のために廊下を歩きながら会話を続ける二人。愛奈ははにかみながら、ほんの少し照れた笑顔でお礼を口にする。


「いいってことよ~。あーしらの仲じゃん!」

「今度何かお礼をさせてねっ!」

「愛奈っちは律儀だね~。だったらさぁ……」


 響華はニヤリと笑みを浮かべ、愛奈の肩にそっと腕を回した。ふわりと香るシャンプーの匂いが、愛奈の鼻先をかすめる。


「この後の予定、教えてよ?」

「予定!? さっきも言ったけど、そんな大した用事じゃないよ!」

「え~っ、つれないっしょ~。あーしらの仲じゃん!」

「きょ、響華ちゃん!? あ、あれ? 放して欲しいなぁって……」


 愛奈は身じろぎするが、響華は表情を変えず、がっしりと肩をつかんだまま放そうとはしなかった。


「やっぱ彼氏~? 愛奈っち、カワイイもんね~。世の男どもが放っておくわけないっしょ~」

「いやいや、わたしなんか全然だよっ! 彼氏なんてできてないって! それに、響華ちゃんの方が絶対人気だよっ!」

「ん~? まだ告られてなくて、正式なお付き合いはまだってこと~?」

「ち、違うよ~! 男の人とか関係ないからっ! なんにも無いってば!」


 響華の遠慮のない質問に、愛奈はじわじわと頬に熱が集まっていくのを感じた。


「朝も早く来てたし、ずっとそわそわしてたじゃん~。ほんっとに〝なにもない〟のかなぁ?」

「ほ、ホントだってばぁ!」

「へぇ……愛奈っちってば、そういう風に言うんだー……」

「響華ちゃん? ど、どうしたの……?」


 愛奈は慌てて響華の言葉を否定し続けた。その結果なのか、響華は表情こそ変わらなかったが、声のトーンが一段下がったように感じられた。

 愛奈は理由も分からぬまま、背筋に小さな寒気を覚える。


「今日は愛奈っちが早く来たから〝愛奈さま〟って呼んであげたのに……でもさぁ、今日以外は、いままでず~っと、あーしの方が早く来てたよね~」

「そ、そうだね……響華ちゃんの方が、学校来るの、いっつも早かったよね……」


 なぜ急にその話になったのか、愛奈は話の流れが分からず、響華の言葉をただ肯定するだけ。


「じゃあさぁ……今までの分と、これからの分。愛奈っちは一生あーしの下僕ってことで、いいってことだね~?」

「あ、あわわわわっ! そ、それとこれとはっ……話が、ち、違うかなぁって……」

(なんでわたし、あんなこと言っちゃったの~! 朝のわたしのバカ~!)


 確かに、早く来たら〝愛奈さま〟と呼んで、とは自分が言い出したことだ。その事実が重くのしかかり、愛奈の声はどんどん弱々しくなっていく。


「でもあーしら友達だしぃ。さすがに下僕ってのは違うよねぇ」

「そうだよっ! わたしたち、友達だもんねっ! うんうん!」


 ここで一度、響華が言葉の矛先を下げた。愛奈は全力で首を縦に振った。

 が――その安心も束の間だった。


「そうなんだけどさぁ……マスクドデリシャスメロンパン。あれ、結構高かったんだよねぇ~」

「うっ……! い、いくらだったの……?」

「愛奈っちに冷たくされて、あーしの心は傷ついたしぃ、慰謝料込みで10倍は請求っしょ~!」

「じゅ、10倍!? わたしそんなお金持ってないよ! わたしのお家、貧乏だよっ!」

「う~ん、じゃあ借金って形にする~? 利子は優しくしてあげるし~♪」

「ひぃぃぃ~! 借金も利子も聞きたくないぃ~!」


 矛先を下げたと思ったが、今度はとんでもない金額の請求が飛んできた。


(10倍っていくらになるのーっ!? すっごく高そうっ! タダだったパン一個にゼロ何個つくの~!?)


 数字が頭の中をぐるぐる回り、愛奈の視界が軽く回転し始める。


――タダより高いものはないってことさ。覚えておくといい、愛奈……


 ふと脳裏によみがえったのは、昼休みに伊吹が言っていた言葉だった。


(あああーっ! 伊吹ちゃんの言ってた〝タダより高いもの〟って、もしかしてこういう事ーっ!?)


 愛奈の声なき悲鳴が、静かな廊下にこだました。


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