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滲む黒影、満ちる月⑧

「ようやく穴からウサギが出てきたってかァ?」


 獰猛に嗤うウルギルヘルト。その視線の先では、薄紅の残光を線に描きながら、二人のピュリステラ・ハーティアが迫る。


「また幻か! そんなもン――あァ?」


 幻の判別はたやすい。鼻をひくつかせたウルギルヘルトが異変に気付く。


(どちらにも匂いがある……魔力の反応もだとォ!?)


 驚愕による硬直――だがそれも一瞬。

 その瞬間に踏み込まれていたら攻撃を受けていたかもしれない。


(だが、遠すぎたな!)


 盾を前に出しジリジリ迫っていた。本来はもっと近づきたかったのだろう。だが、高まる魔力に釣られて出ざるを得なかった……そんなところだろう。


(マヌケめ! そもそも匂いも魔力も関係ねェ!)


 匂いと魔力を誤魔化す手段は取ったのだろう。だが、鏡映しのように寸分違わず同じ動きをする二人。幻を見分けることは容易。

 盾を持つウシは動かず、イヌとブタもいない。つまり、本体が突進してきた。安全な位置で立ち回り、ぬいぐるみだけをけしかけられる方が厄介だった。


「はああああっ!」


 二人のピュリステラ・ハーティアは星光の剣(ステラキャリバー)に魔力を込める。桜色の光が剣から溢れ、夜闇に二輪の華が咲く。


(これで終わりだなァ!)


 もはや充分引き付けた。後はこの魔力を解放すれば、先ほどと同じ光景が繰り返されるだけ――


「スターライト――!」

「【魔狼の咆哮(ウルギル・ロア)】!!」


 轟音が爆ぜる。大地が割れ、床がめくれあがり、瓦礫ごと夜空に吹き飛ぶ。

 衝撃はあまりに苛烈で、まるで月そのものが震え上がっているかのような錯覚すら与える。

 闇の奔流が一直線に襲いかかり、驚愕に目を見開いたピュリステラ・ハーティアが衝撃に呑み込まれ――消えた。幻のごとく。



『ぶーー……っ!』

「はァっ!?」


 驚愕に目を剥いたのは――ウルギルヘルトだった。

 マヌケな小娘が吹き飛ぶはずだった。左前髪に星を携え、右手に光る剣を持った聖契士が。

 なのに、今吹き飛んだのはただのブタのぬいぐるみ。


(バカなっ……!)


 ウルギルヘルトの視界の端、マヌケと切り捨てた小娘が剣を持ち替える。その双眸は、決意の光に燃えていた。


「――スラァァァッシュ!!」


 声と共に、星光の剣(ステラキャリバー)が上段から閃く。

 澄んだ音とともに振り下ろされた一閃は、桜色の輝きをまとい魔狼の巨躯を斜めに切り裂く。


「う、ぐおおおおあああぁぁっっ!!」


 軌跡が剣閃を放ち、光が迸る。

 桜色の奔流が魔狼の身を押し込み、魔狼の頑強な身体に深く食い込む。


 次の瞬間――


 桜色の光が天へと伸び上がった。

 魔結界を断つように、高く、高く。





◇◇◇





「はあーーっ!……んっ!」


 ピュリステラ・ハーティアは大きく息を吐き、荒げた呼吸を落ち着ける。


「ポーくん……」


 視線は、敵の一撃で抉れた床へと吸い寄せられる。勝利の余韻よりも、胸を締めつけるのは失われた存在の痛みだった。

 身を挺して囮となり、敵の大技を引き受けてくれた大切な仲間。その代償として、ポーくんは攻撃を全身に受け、光の粒となって消えてしまった。


『そんな顔しないでモ~』

『そうよ、時間が経てば戻るのよ』

「ギューたん……グーミー……」


 ふわりと寄り添うように現れた二人が、優しく慰めてくれる。

 彼らはピュリステラ・ハーティアのスキル【愛包の騎士(カドゥリー・ナイツ)】で呼び出された存在。消えてしまっても再び生み出すことができる――そう聞いてはいたが、やはり心は晴れない。


「あなたがそんな態度じゃ皆に失礼よ。勝利を誇り、彼らの健闘を称えなさい。ピュリステラ・ハーティア」

「リーフィラ……」


 冷静な声で諭され、胸に溜まった悲しみがゆっくりと切り替わっていく。

 小さく息を吐き、両手を伸ばした。


『んモ~?』

『むぎゅ?』

「ふぅ…………うん! みんな、ありがとっ!」


 ぎゅっと、ギューたんとグーミーを抱きしめる。部屋でいつも抱いていたときと同じぬくもりを感じ、心が落ち着いていく。

 そして、ピュリステラ・ハーティアは満面の笑みで仲間たちへ感謝を伝えた。


「よろしい。それで――あっちは、どうしましょうかね……」


 満足げに頷いたリーフィラは、今度は倒れ伏すウルギルヘルトの方へと静かに視線を向けた。





 ウルギルヘルトはわき腹から胸にかけて大きく切り裂かれ、その傷から黒い染みが漏れ出し続けていた。大の字のまま床に寝そべり静かにその時が来るのを待っている。


『グルルルルッ……!』『ウッー……!』

「やめとけ……」


 近くに侍っていた傷だらけのウルギー達が一斉に威嚇を始める。だが、それをウルギルヘルトは静かに制止した


『呆れた。まだ生きてたの?』

『頑丈だモ~』


 ウルギルヘルトは寝たままの状態で顔だけ動かし、近づいてきたピュリステラ・ハーティアを見た。



「………………ねぇ」

「あァん?」


 ピュリステラ・ハーティアは複雑そうに眉を寄せ、言葉を探すように逡巡していた。やがて意を決して、問いを投げかける。


「どうして……わたしに止めを刺さなかったの? あなたの攻撃を受けてわたしはフラフラだった。あの時に攻撃してれば、あなたが勝ってた……」


 戦っているときは無我夢中で気づかなかった。だが、終わった後、改めて考えて気付いた。そしたらそのことが心に引っかかるようになってしまった。


「ハッ! 決まってンだろ……」


 傷口から黒い瘴気を垂れ流しながらも、ウルギルヘルトは牙を剥いて笑った。


「あれで終わるのがつまらねェって、そう思っただけだ! オレは強くなりてェんだ! 久々の戦いがあの程度で終わったら喰らいがいがねェ!……ま、結局負けたがな」


 己が胸の内をさらけ出したためか、最後はどこか達観した様子で呟いた。


「久々の戦い……そう、なんだ……」

「おいおい、なんだその顔は。敵に同情でもしてンのか? 止めとけよ……オレは侵魔でお前は聖契士。存在するだけで害し合う。相容れることはねェよ」

「でも……」


 この拠点型の魔結界の奥に来れる人などいないだろう。強くなりたいと願いながら戦う機会が無い。そんな孤独な生活をしていたのではないのだろうかと、そう考えてしまった。





「ずいぶんウジウジしてんなァ。戦っている最中のマヌケな姿は偽りだったってか? あのだっせぇ技名も演技だったとは恐れ入るぜ」


 湿っぽい空気を嫌ったのか、ウルギルヘルトが挑発的に話題を投げる。口にしたのは――〝ハーティア・スーパーキック〟。


「えっ!? ま、まぁそうかな~」


 思い出してしまい、ピュリステラ・ハーティアの頬にほんのり朱が差す。


「えーっと……あっ! 本当はね――〝ハーティア超銀河キック〟なんだよ!」

「ぶっはッ! だせぇぇッ!」

「ださいわね」

『ダサいモ~』

『ダサいですわ』

『ガフッ……』


「なんでぇ!?」


 ピュリステラ・ハーティアは自信満々に今考えたであろう必殺技の名前を堂々と披露した。瞬殺された。


「リーフィラはともかく、ギューたんとグーミーまで酷いよぉ! ていうか、なんでウルギー達からまで哀れみの目を向けられてるの!?」

『美的センスが欠片も感じられませんわね』

『誤った道から引き戻すのも~使命だモ~』

「私のことはともかくって、あなたの中で私は一体どういう扱いなのかしら?」


「うわぁっ、リーフィラ!? えーと、それは……いや違くて! なんでわたしに味方がいないのぉ!?」


 叫ぶピュリステラ・ハーティアをよそに、両腕に抱えられたギューたんとグーミーはぬいぐるみとしての役割を全うした。



「クククッ……ダサくてマヌケなのは、やっぱり本当だったか」

「う、うるさいなぁ! あなたがいきなり変な話を振ったからでしょ!」


 寝転んだまま笑うウルギルヘルトに、ピュリステラ・ハーティアは顔を赤くして抗議した。嫌な汗を流させた相手に、最後まで振り回されている気分だった。


「ハッ、最後に笑わせてもらったぜ……ほら、さっさと止めを刺しな」

「それは……」


 軽い調子で告げられたが、ここまで言葉を交わした相手に刃を向けることに、やはり心が揺らぐ。

 倒すべき敵。たくさん傷も負わされた。でも、憎いとは思ってない。


「覚悟は……決まってるんだね。だったら…………わたしも好きにさせてもらうんだからっ!」


 腕に抱えたギューたんとグーミーをそっと手放し、ピュリステラ・ハーティアは魔力を高める。

 全身からあふれる淡い桃色の光が空間に滲み、手に持ったステッキを掲げ、詠唱を始める。



「――星よ、我が祈りに答え給え」


 あの日、病室で聞いた言葉が脳裏によみがえる。侵魔とは瘴気に侵された存在。ならば、瘴気を清めればどうなるのか。


「――光よ、集い、束ね、織りなせ」


 その肉体を維持できずに存在を保てないと聞いた。本当にそうなのか、確かな答えは持っていない。


「――闇を払い、汚れを清め給え」


 それでもなんとかなる気がした。ただの直感。でも今はそれに従う。


「――堕とされし魂に、新たな道を」


 想いを込め、欲しい結果を求め、言葉を紡ぐ。


「――【浄化(ピュリフィケーション)】」


 そして魔法を発動させる。


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