滲む黒影、満ちる月⑦
敵と同じ五人――数が並んだ瞬間、戦場の空気が変わった。
先ほどまで一方的に追い詰められていた空気は消え失せ、ピュリステラ・ハーティアの胸の内が熱く満たされていく。
「ポーくん、ギューたん、グーミー……行くよ!」
『僕達に任せてぶー!』『がんばるモ~!』『あたしがやってあげるわ!』
三者三様の返事が頼もしく響く。
「ハーティア! 今は皆にまかせて、少しでも回復よ!」
「そっか! 皆、お願いね!……【回復】!」
愛包の騎士に前線を託し、リーフィラの助言に従って癒しの光を纏う。
本格的な回復をする余裕は無い。だが、桜色の光が全身を包み込み、擦りむいた傷口を優しく覆い、痛みをやわらげてくれる。
「ハッ……面白くなって来やがったぜェ!」
ウルギルヘルトが猛り叫び、ウルギー達が一斉に襲いかかる――だが。
『やらせないぶー!』
ポーくんの槍が鋭く突き出され、突進してきた一体のウルギーの足に深く突き刺さる。
その隙を突いて別のウルギーが横合いから牙を剥く――
『そこは~だめだモ~』
ギューたんの大盾が床を削りながらせり出し、ウルギーの突進を物理的に食い止める。
のんびりした声からは想像もできない、鋼の壁のような守りだった。
『燃え尽きなさいませッ!』
グーミーの扇子がひと振りされると、花びらのような火炎が舞い散り、ウルギーの群れを包み込んだ。
炎はただ焼くだけではなく、眩い星光の輝きを帯びて敵の瘴気を削ぎ落としていく。
「やらせるかァ!」
ウルギルヘルトが分厚い剛腕を大きく振ってグーミーが出した炎を吹き飛ばす。その勢いのまま単身突進してくる。
「オラァ!」
『うわぁ~!?』
ギューたんを大盾ごと蹴り飛ばし、陣形に割って入る。
「まずは……てめェだぁ!」
『ちょ、あたし!? な、なによこのケダモノっ!』
ウルギルヘルトが狙いを定めたのはグーミー。近接攻撃しかできないウルギー達にとって、最も厄介な後衛だった。
「――させないよっ! グーミーは、わたしが守る!」
「チィッ!」
回復を終えたピュリステラ・ハーティアが飛び込み、爪の一撃を剣で受け止める。
眩い火花が散り、力と力がぶつかり合った。
「うぐぐっ……!」
剣と爪の鍔迫り合い。だが相手は腕力に優れたウェアウルフ。ピュリステラ・ハーティアはじりじりと押し込まれていった。
剣が震え、腕が痺れ、肩へと迫る爪先が視界を覆う。
「ガハハッ!――コオオォォッ!」
獰猛な笑みを浮かべたウルギルヘルトが、深く息を吸い込む。喉奥に黒い渦のような魔力が集まり、地鳴りのような低音が大気を震わせた。次の瞬間には、災厄の一撃が解き放たれる――逃げ場はない!
『オオカミなら……ブタを見るぶー!』
「ぬおっ!……ハッ、なら大人しくして喰われとけ!」
その刹那、横合いから鋭い槍が突き出され、獣の顔面を正確に狙う。ポーくんの一撃に、ウルギルヘルトは慌てて後方へ跳び退いた。
「ありがとう! ポーくん!」
ポーくんのおかげで窮地を脱した。ウルギルヘルトの力と正面から戦うのは得策ではない。何とかして隙を作る必要がある。そのためには――
「幻影!」
幻影を二体出せることはバレてしまっている。だけど、どっちが本物かは見破られてない。うまく幻影の方を囮にすることができれば――
「「って、あれぇ!?」」
幻影に異変が生じた。
いつもなら、幻影はピュリステラ・ハーティアの意思に応じて自在に動いてくれた。あるいは離れた場所にいても、思念を送れば応じてくれるはずだった。
だが今は違う。頭の中に伸びる〝糸〟がぷつりと切れたように、つながりが途絶えている。思いを届けることも、指示を与えることもできない。
その結果、生み出した幻影は――ただ鏡映しのように動くだけだった。
ウルギルヘルトが鼻をひくつかせ、目を光らせる。
「…………そっちが本物だなァ!」
咆哮と共に地を蹴る。
「幻に不具合かァ? 行くぜェ! 〝疾風二連脚〟!」
嘲りの言葉と共に凶悪な技が繰り出される。風が唸りを上げ、魔力をまとった蹴りが大剣のように薙ぎ払われる。
「くっ!」
ピュリステラ・ハーティアは剣を大きく振り抜き、まず一撃目を弾き返す。だが、空中で体をひねったウルギルヘルトの二撃目が、さらに鋭く襲いかかった。
「ハーティア・スーパーキック!」
反射的に脚を振り抜き、剣ではなく蹴りで迎え撃つ。衝撃がぶつかり合い、空気が震えた。
「ふふんっ! わたしだって蹴り技は得意なんだからね!」
「ぶっはッ! だっせー名前だなァ!」
「んなっ!? そんなことないし!」
まさか真面目に戦っている最中に敵から技名で笑われるとは思っていなかった。
「しかもあっちで幻が一人で脚をおっぴろげてやがる! マヌケにもほどがあるぜ! ガッハッハッ!」
ウルギルヘルトの視線の先、幻影も同じ動きを映すせいで、脚を上げた姿勢のまま固まっていた。
「ばっ、バカにしないでよ!」
爆笑して力が緩んだ相手の足を振り払い、幻影を消して剣を振るうが避けられる。
「笑わせてきたのはそっちだろォ――〝黒雷双爪斬〟!」
濃密な魔力が爪を黒雷の刃と化し、十字を描くように振り下ろす。
「ぐっ……!」
『僕もいるんだ、ぶーっ!』
ぶつかった瞬間、黒雷の衝撃が剣を震わせる。ポーくんの持つ槍も軋み、悲鳴を上げる。それでも二人は歯を食いしばり、必死に黒き爪を押し止めた。
『人を笑うなんて悪趣味なケダモノですこと! 【火の槍】!』
炎をばらまきウルギー達をけん制していたグーミーが魔力を収束させ、紅蓮の槍を撃ち放つ。
「おっと! 危ねェなぁ! 〝地裂烈波脚〟!」
ウルギルヘルトは後方に跳び退きながら脚を振り抜く。衝撃波が地を裂き、砂塵を纏って迫り来る。
『フォートガードだモ~』
桜色の魔力をまとった大盾が前に突き出され、波動をしっかりと受け止める。金属のうなりが響き、盾越しに地面が震えた。
「ふぅ……んっ……」
ギューたんの大盾の後ろで息を整えるピュリステラ・ハーティア。その周囲に、仲間たちが集まって来た。
「幻影が……うまく操作できなくなっちゃった……」
「おそらく、あなたのキャパシティの問題ね。ポーくんたちに力を割いている分、他の魔法への出力が制限されているんだわ」
リーフィラが冷静に分析し、事実を告げる。
『僕たちのせいで、ごめんぶー』
「そんなことないよ。今こうして戦えるのはポーくんたちのおかげなんだから」
剣を持つ腕でポーくんを抱き寄せる。その腕は微かに震えていた。
『ハーティア、あなた大丈夫!?』
「……うん、大丈夫。まだ、もうちょっとなら行けるよ」
グーミーが心配そうに寄り添ってくる。大丈夫とは言ったものの、体力が限界に近いことは間違いない。
「今の幻影では魔力や匂いも惑わせられないわ。なんとかして、他の方法で相手の隙を作る必要があるわね……」
『それだったら――――』
リーフィラが思案していると、ポーくんからある提案があった。
「そんなのダメだよ……」
胸がぎゅっと締めつけられる。愛した彼らを危険に晒すなんて、本当はしたくない。
『大丈夫。ハーティアがいる限り、僕たちは大丈夫だぶー』
『それが~ボクたちの使命だモ~』
『あなたは、勝たなくちゃいけないんでしょ!』
三人の声が重なった。迷いのない響きは、ピュリステラ・ハーティアの心を揺れ動かす。
「ピュリステラ・ハーティア!」
「……っ!」
力強い呼びかけに心臓が跳ねる。迷いを振り払うように息を吐き――
「……わかった。それで行く!」
額に浮かぶ大粒の汗をぬぐい、乱れた髪を整える。
苦渋の決断。だが、リーフィラに真っ直ぐ見つめられ、ピュリステラ・ハーティアは決意を固めた。それは――勝利のために。
『ガフーッ……』『ハッ、ハッ……』
「ちっ……てめェらは下がってろ」
荒い呼吸を繰り返すウルギー達に、ウルギルヘルトは指示を出した。
『クァ……』『グァ……』
喉を鳴らして従うウルギー達。半数は脚を血に濡らし、残る半数も全身に火傷を負っている。
「オオカミのくせにブタとイヌに負けてんじゃねェよ……」
『キゥー……ン』
「うるせェ! いいからさっさと行け!」
零した愚痴をウルギー達に拾われて、申し訳なさそうに鳴かれた。
確かにイヌの火魔法は脅威であったし、ブタの槍も侮るべきではなかった。今や全員が満身創痍。足を引きずりながら、名残惜しげに背を向けていく。
「ったくよォ……」
ウルギルヘルトはため息を漏らしつつ視線を敵へと戻す。
桜色に輝く大盾が構えられ、その背後からは誰ひとり姿を現さない。ウルギー達を退かせる時間を稼がせてくれたのは好都合だが、そろそろ奴らが仕掛けてくる頃合いか。
さきほどまでは五対一、こちらが優位に追い詰めていた。だが今は逆だ。盾の向こうに五体、こちらは一体。
「そろそろヤるかァ……」
牙をむき出し、嗤う。待つのは性に合わない。数がどうだろうと構わない。この程度、今まで何度も喰らってきた。今回も同じ――喰らい、そして糧とする。
「あァ?」
相手がようやく動きを見せた。だが、期待していたような昂ぶる立ち回りではなかった。
――ズリ……ズリ……ズリ……
盾を床に擦り、引きずりながら。まるで亀のように、じわりじわりと前進してくるだけだった。
「おいおいおい、なんだァそりゃ!」
ウルギルヘルトが犬歯をむき出しにし、憤怒の表情と共に吐き捨てる。
確かにあの盾には何度も攻撃を防がれた。魔狼の咆哮も防がれた。
「だからどんな攻撃でも防げるってかァ?」
だが、防がれた攻撃はいずれも牽制目的で放ったもの。手を抜いたわけではないが、それでも〝本気〟には程遠い。
「っざけンなよ……!」
口元に魔力を溜める。今までの比にならない程に――最大限。
あふれ出そうになるのを噛みつけて、臨界寸前の魔力が悲鳴のように騒ぎだす。
「【魔狼の――」
まとめて吹き飛ばしてやる。魔力を解き放とうとした、その刹那――盾の奥から二つの影が弾かれるように飛び出した。
影は左右に分かれ、その軌跡に薄紅の残光を引き続ける――




