滲む黒影、満ちる月⑥
「うっ……ぁ……!」
視界が揺れ続け、いつまでたっても焦点が合わない。必死に身体を起こそうとするが、なぜだか力が入らない。
――起き……ハー……ティア……が……!
遠く、霞んだ声が届く。何重ものフィルターを通したように歪み、よく聞こえない。
(リーフィラの声……起きなきゃ……)
なんだか頭がふわふわして、瞼は鉛のように重い。なんで起きなきゃいけないんだっけ――
(そうだ……侵魔を倒さなきゃ……でも)
敵は五体、いずれも健在。対してこっちは一人、ボロボロだ――〝勝てない〟そんな考えが頭をよぎる。
(せめて……お姉ちゃんには起きて欲しい。でも……雫ちゃんに悲しまれるのは嫌だなぁ。あぁ、せっかく部活に入ったのに、一度も行けてないよ……)
弱気になる心に蓋をして、負けられない理由が沸き上がる。
(もぉ……みんな卑怯だよ。わたしは一人なのに、寄ってたかってさぁ……)
心に少し余裕が戻ってきたのか、今度は相手への不満がこみ上げる。
(こんなとき、わたしにもなぁ……――っ!?)
そう想った時、何かがつながった。なぜそうなったかはさっぱり分からない。それでもつながったと、そう感じる。
知らない知識、知るはずのない経験――でも、知ってる想い。それらが頭の中に流れ込み、新たなスキルが使えることを確信する。
(これって、もしかして!)
〝スターサイン〟がつながった。以前、リーフィラが口にした言葉。その時はよく分からなかったが、今なら分かる。これがそうだと理解する。
人の想いが星となり、星がつながり形を成す――故に〝星座〟。
(これならいける! でも、もっと……もっとやっちゃうんだから!)
心に灯がともる。なんだか楽しくすら思えてきた。重く鉛のようだった身体が少しずつ軽くなり、ボロボロになったコスチュームのまま、ゆっくりと立ち上がる。
その唇に宿るのは――勝利を信じる強い笑みだった。
◇◇◇
ウルギルヘルトがウルギー達を連れて、不機嫌そうにゆっくりと歩み寄る。大技を直撃させた直後だ。無事でいられるはずがない。
「ほぉ……」
思わず低く唸るような声が漏れた。あれほどの一撃を浴びたにも関わらず、相手は立ち上がろうとしている。それどころか、その唇には勝利を信じるような笑みさえ浮かんでいた。
その姿に、さっきまで憮然とした表情だったウルギルヘルトも、自然と牙を剥くような笑みを返す。
「この程度で終わりなんてつまんねェよなぁ!」
相手の聖契士の魔力が高まり、桃色の輝きが夜闇に滲む。その気配を全身で浴びながら、ウルギルヘルトは愉悦の声を上げた。
「いいぜぇ! 見せてみろよ! オレがそれごと喰ってやるからよォ!」
強者の余裕か、それとも――喰らうに値する獲物が育つのを、ただ待っているのか。
獰猛な笑みを浮かべたまま、ウルギルヘルトは星光の奔流が解き放たれる瞬間を心待ちにしていた。
◇◇◇
「――糸が紡ぐは輝く星座」
「――綿が宿すは昂る勇気」
ピュリステラ・ハーティアの口から、朗々と詠唱が溢れ出す。
思考ではなく、本能に導かれるように言葉が紡がれていく。
つながったスターサイン。その輝きに、自らの想いを重ね合わせる。
「――愛を盾に、絆を刃に」
これまでの戦いで魔力は大きく削られていた。
けれど、不思議と心は揺るがない。
胸の奥から湧き上がる想いが、絶え間なく魔力を供給してくれる。
「――想いを織りなし、祈りを宿す」
全身を魔力が包み、桃色の輝きを放つ。
伏せていた顔を上げて、敵を見据える。
その瞳はピンク色に輝いていた。
「――今ここに、我が騎士達よ、共に在れ!」
最後の節を高らかに告げる。
「――【愛包の騎士】!!」
一際眩しく、星光が輝いた――
◇◇◇
「うおっ……!」
迸る眩光に、ウルギルヘルトは思わず目を細める。
「攻撃……じゃあねェか」
口元に闇の魔力を溜めたまま、獲物から視線を逸らさない。だが、攻撃が来る気配は無い。
「ってこたァ、自己強化系か?」
やがて光が収まり、砂煙の中から輪郭が浮かび上がる。まだ動きはない。
「なら、試せばいい!」
床を強く踏み鳴らすと、四体のウルギーが咆哮を上げ、一斉に突撃した。
『ガウガアッ!』『グルウァ!』
二体ずつに分かれ、左右から迫る。砂煙に視界を阻まれながらも、牙は確実に獲物を捕らえるはずだった――
『ギャン!?』『ガフッ!?』
左の二体が砂煙の奥から伸びてきた槍で薙ぎ払われた。
『ガァッ!?』『ゴァッ!?』
右の二体が飛んできた炎に呑まれて、のたうち回った。
「あァん? なら……魔狼の咆哮!」
口元に溜め込んだ闇の魔力を一気に解放する。咆哮は衝撃波となって砂塵を吹き飛ばし、容赦なく敵へと襲いかかる。
大気そのものを震わせる咆哮――しかし、次の瞬間に響いたのは甲高い金属音だった。
「なにィ……防いだだと……!?」
煙が晴れた先にあったのは、光で織り上げられた巨大な盾。部屋全体を震わせる咆哮を、正面から受け止めていた。
『これ以上、ハーティアを傷つけさせないぶー!』
『ぼくたちがハーティアを守るんだモ~!』
『ハーティアの敵はあたしが燃やして差し上げますわ!』
戦場に、新たな声が響き渡る――
◇◇◇
リーフィラが見たのは、ピュリステラ・ハーティアの前に佇む三つの小さな影だった。
「ポーくん、ギューたん……それに、グーミー!」
それは、愛奈の家でいつも一緒にいたぬいぐるみ達。ふよふよと宙に浮かびながら、小さな体には不釣り合いなほど大きな武器を構え、ピュリステラ・ハーティアを守るように並び立っていた。
本来、即興の召喚魔法で呼び出せるのは、非力な使い魔程度の存在に過ぎない。だが、彼らからあふれる魔力は強く、意思もはっきりしている。それはもはや疑似的な精霊と呼んでも差し支えないほどだった。
ブタのぬいぐるみのポーくんは槍を構え、ウシのぬいぐるみのギューたんは盾を打ち鳴らす。そして、白い毛並みのプードル型のグーミーは、扇子を広げて鮮やかな炎を灯してみせる。
三者三様の得物を掲げるその姿は、小さな騎士達のように凛々しく輝いていた。
ピュリステラ・ハーティアのスターサインに新たに加わった力、それは疑似的な騎士を召喚するスキル。
けれど、心から望んだのは、知らない誰かの騎士ではなかった。
(縫野先輩が作った、騎士の服を着たペンギンのぬいぐるみ……)
ふと思い出すのは、手芸部の部室で抱いたペンギンのぬいぐるみ。けれど、もし共に戦うのなら――。
(わたしはやっぱり……大好きなぬいぐるみ達がいい!)
想像の中でしか会話できなかった彼らと、本当に肩を並べたい。孤独な夜を支えてくれた友達と、一緒に笑い合いたい。幼い日から抱き続けた願いが、朦朧とする意識の中で鮮明に形をとった。
(わたしの……わたしだけの騎士!)
その想いが、その願いが、新たに得たスキルと折り重なり、ピュリステラ・ハーティアにしか持ち得ない唯一無二の力へと昇華する。
――それこそが【愛包の騎士】。
ポーくんは穏やかだけどしっかり者。ギューたんはおっとり、のんびり、食いしん坊。グーミーは気位の高いお嬢様。聞こえてきた声は、思い描いていた通りの性格そのものだった。
「ポーくん、ギューたん、グーミー……そして、リーフィラとわたし! これで五人! 相手と同じだね!」
「ふふっ……そうね。あなたはもう、一人じゃないわ!」
リーフィラの声に背中を押され、ピュリステラ・ハーティアは満面の笑みで星光の剣を眼前に構える。
その姿は――仲間と共に未来を切り開く騎士のように、力強く輝いていた。




