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滲む黒影、満ちる月②

 夕暮れの街に、ひんやりとした風が吹く。街灯が灯り始めるにはまだ少し早い。だが、どこか心細くなる時間帯。愛奈は制服のまま、人通りの少ない裏道を歩いていた。


『ここらへんね。愛奈』


 愛奈の頭の中に女性の声が響く。そして、すぐ近くで魔力が収束する気配を感じ取る。愛奈はその気配のする方に顔を向けると、光が〝ポンッ〟と現れた。


「リーフィラ!」


 光の中に妖精のような小さな女性の姿が見て取れる。その姿を見た愛奈は驚いた声を上げる。


「どうしたの愛奈? そんなに驚いたような声を出して」

「リーフィラっていつもそんな風に出現してたの!?」


 思い返せば、リーフィラはいつも物陰からふらりと出てくることが多かった。実体がなくてモノや壁をすり抜けられることは知っていたが、こんな三次元の法則を無視したように現れるとは愛奈は思っていなかった。


「契約者である愛奈の近くになら、こうやって飛んでくることも可能よ」

「テレパシーもあるし、ワープも魔法の中ではある意味定番ってことなのかな? う~ん、実体がなくて浮いているリーフィラだからできるのかな? ワープ先で地面に埋まったり、人とぶつかったりしたら……うわぁ、怖っ!」


 ワープはフィクションの中では定番の魔法だ。しかし、実際に自分でやってみることを想像したとき、恐ろしい結末を想像してしまい鳥肌が立ってしまった。


「なにおバカなこと考えているのよ。そんな調子でちゃんと変身できるの?」


 愛奈の緊張感の無さにリーフィラが呆れて心配そうな様子を見せる。


「大丈夫! みんなに元気、もらったから!」

「あら、いい顔じゃない。それじゃあ行きましょうか。〝私の契約者〟」


 気負いのない自然体。体力、気力共に十分。戦いに行くのに恐れは無い。


「うん!」


 愛奈の力強い返事。どこに行くと言うのか、そんなものは言わなくても分かる。



 体中に魔力を巡らせ昂らせる。風が吹き荒れ光の粒子が舞い踊る。

 光に呼応するかのように胸元に結晶が現れた。

 純潔で、清浄な、ハート型の結晶が。


 愛奈はその結晶をつかみ取る。

 胸元にある結晶を握りしめる。


――私は、変わる。

『ピュリティステラ・グローイング!』


 〝言葉(キーワード)〟を叫ぶ。そして――星が、地上で輝く。





◇◇◇





 眩い光がわたしを包む。溢れんばかりの輝きに包まれる。光の奔流に身を任せ、眼をつむる。


 着ていた衣服が端から輝く粒子になって光に溶けていく。全ての衣服が光に溶けて産まれたままの姿になる。


 ちょっぴり恥ずかしい。

 でも、心地いい。


 誰かは分からないが、全身を優しく抱いてもらう。その優しい揺れに身をゆだねる。

 何にも持ってなかったわたしだけれど。運命に抗うための力の象徴をイメージする。

 そのイメージに沿って形作られる。戦うためのわたしに作り変える。

 光がわたしの体に収束する。光がわたしの衣装(コスチューム)を編み上げる。



――なびく髪が光を吸収して鮮やかなピンク色に変わる。


――ハート型の結晶を中心に据えた桃色の大きなリボンが首元に付く。


――リボンの下にセーラー風の付け襟が添えられる。




――脚には真白のオーバーニーソックス。


――腕には乳白のオペラグローブ。




――トップスの純白のノースリーブには胸下から臍上までに淡紅のラインが引かれる。


――ボトムスの桜色のプリーツスカートは裾に沿って雪白のラインが引かれる。




――金色に輝く金属が斜めに腰に巻き付きベルトを成す。


――その上から黄色の大きなリボンが腰に据えられる。


――足には薄紅色のブーツが組みあがる。




――そして最後に飛んできた星が左前髪に付いてオーナメントに変わる。




 わたしを包んだ浮遊感が終わりを告げる。準備は整ったと終わりを告げる。


 ここからはわたしの時間だ。

 わたしが戦うための時間だ。


 強く眼を見開く。

 強く前を見据える。

 瞳はピンク色に輝く。



 〝ピュリステラ・ハーティア〟



 それが今のわたしの名前。

 誰に呼ばれたわけでもない。

 魂に刻まれたわたしだけの名前。





◇◇◇





 変身を終えたピュリステラ・ハーティアは目を開き、しばらくその場に佇んでいた。そして――


「気分はいかが――」

「ピュリステラ・ハーティア! 参上!」


 珍妙なポーズと共に名乗りを上げた。



「は……?」


 リーフィラはそのまま固まった。


「あれ……?」


 ハーティアも気まずさにより固まった。





「…………ね、ねぇ。リーフィ――」

「あなたねぇ! 真面目にやる気あるの!?」


 沈黙に耐えかねたピュリステラ・ハーティアが声をかけようとした瞬間、リーフィラから怒りの声が鋭く響いた。


「うわぁ! ごめんなさい!」

「あなた、前回変身終わったときもしばらく黙っていたけれど、良いセリフが思い浮かばなかっただけじゃないでしょうね!」

「なんで分かったの!? ででで、でも、せっかく変身したんだから、決め台詞が欲しかったんだもん!」


 リーフィラの剣幕に押されるピュリステラ・ハーティア。なんとかして必死に己の行動の弁明を行う。


「ふざけんじゃないわよ!」

「うひぃ! ふぇ~、リーフィラがロマンを分かってくれないよぉ」


 必死の弁明はリーフィラの一喝によりあっさりと吹き飛ばされた。


「なにあのダサいポーズと口上は! 〝参上〟だけとか何も考えてないも同然じゃない!」

「え?……あれ?」

「あなたは私の契約者なのよ! 私に合ったもっと華麗で優雅な登場を考えなさい!」

「そっち!?」


 ピュリステラ・ハーティアは思っていたのと違う方向にリーフィラが怒っていることに戸惑いを覚える。


「帰ったら特訓よ!」

「ええっ!?」

「まずは変身後の決めポーズ! 形稽古百本よ!」

「多いっ! そもそもポーズも決まってないのに!?」

「その後は決め台詞! 発声練習千回よ!」

「喉枯れちゃう! あと、近所迷惑!」

「わかったら返事!」

「えっ!?……あ、はい……?」

「よし!」


(あ、あれ~? なんで? なんかおかしくないっ!?)


 リーフィラの勢いに押され、なぜか特訓することが決められてしまったピュリステラ・ハーティア。なんとなく腑に落ちなかったが、言い返すことはできなかった。





「まったく、ふざけてないで早く魔結界の中に入るわよ」

「リーフィラが熱くなっただけじゃあ……」


 リーフィラが咎めるように言いながら、やるべきことを促す。しかし、ピュリステラ・ハーティアは納得いかない様子で小声でつぶやく。


「……」

「よ、よーし! 開けー魔結界~!……むむむ~んっ!」


 リーフィラに無言で視線を向けられたピュリステラ・ハーティアは、誤魔化すように、わざとらしく声を上げながら魔力を込める。


 ピュリステラ・ハーティアの数メートル先の空間に光の亀裂が現れ、裂け目となる。そして、裂け目は徐々に広がっていき、人一人が通れるほどの大きさとなる。

 ピュリステラ・ハーティアは魔結界に入るための入り口を作り上げた。


「これで魔結界に入れるよ! リーフィラ、行くよ!」


 言うや否や、ピュリステラ・ハーティアはそそくさと魔結界に入っていく。


「しょうがない子ね……ま、いいわ!」


 リーフィラもピュリステラ・ハーティアの後を追い、魔結界に入る。呆れたような言葉が口から出た。だが、リーフィラは自然体のまま戦いに向かう彼女の背に、密かに頼もしさを覚えていた。





◇◇◇





「うわぁ、なにこれ……」


 魔結界に入ったピュリステラ・ハーティアは眼前の光景に思わず困惑の声を上げてしまう。

 魔結界は現実を写し取った小さな領域。だが、街中を写し取った空間の中に明らかに場違いなモノが我が物顔でそこに存在していた。


「これって……洞窟?」


 岩でできた大きな入り口が道路の真ん中に存在しており、穴はアスファルトを抉り取って地中に向かって伸びている。人工の街と自然の洞窟を無理やりくっつけただけの現実とは思えない違和感しかない奇妙な光景。


「これが、拠点型の魔結界……!」


 拠点型魔結界――文字通り、侵魔達の拠点として機能する魔結界。今までの魔結界と異なり、その場から動くことは無い。その代わり、星聖樹の聖気で浄化されない堅牢さを持つ。瘴気、そして侵魔の発生源であり、供給地点となる魔結界。そのため最優先で浄化しなければならない。


「ここから出た瘴気が街に溜まって……お姉ちゃんに悪さしてるんだね」


 今朝、愛奈は学校に行く前に拠点型の魔結界が見つかったと翠芽の会から連絡があった。ここを浄化することができれば街に噴き出す瘴気の増加を止めることができる。それは、姉である優奈の身体を蝕む、結晶化した瘴気の浄化を押し進めることに繋がる。

 瘴気が満ちている魔結界の中だが、洞窟の奥はさらに濃い瘴気が渦巻いているように見通すことができない。


「ええ、そうよ。気を引き締めなさい、ピュリステラ・ハーティア」


 後から魔結界に入ったリーフィラがピュリステラ・ハーティアのつぶやきに応える。


「リーフィラ……うん、大丈夫! でも、ちょっと変かも」

「どうしたの?」


 ピュリステラ・ハーティアは笑っていた。昂る気持ちを抑えきれないように、不敵に、そして、大胆に。


「お姉ちゃんを苦しめている敵の拠点、なんだけど……ちょっとだけ、ワクワクしちゃってるの」


 優奈以外にも街や人に被害が出ている。不謹慎な事だと頭では理解している。だが、心の底から湧き上がる気持ちに自然と口角が上がってしまう。


「そう……なら、そのワクワク、侵魔にぶつけてやりなさい!」


 リーフィラも笑っていた。不敵に、大胆に。ピュリステラ・ハーティアの昂る気持ちを抑えることなく、後押しするように。


「ありがとっ! よーし、行くよ!」

「ええ」


 二人は同時に洞窟――拠点型魔結界へと足を踏み入れた。


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