滲む黒影、満ちる月①
「え! 愛奈っち、部活決めたの!?」
お昼の時間。愛奈はいつも通り、上水流雫、風谷伊吹、天雷響華と机を並べて食事をとっていた。
「そうなの! わたし、手芸部に入るって決めたの!」
「マジっすか~! 一緒に運動部に入ろうって約束してたじゃーん!」
愛奈の報告にショックを受けた響華。何とかして運動部に誘い込もうと愛奈を騙そうとする。
「ええっ! そんな約束してないよ! し、してないよね!?」
自然な流れで約束したと言われたため、愛奈は最初は否定したものの、段々自信が無くなってきて、きょろきょろと周りを見渡した。
「……そんな約束、していない……」
「そういう冗談は良くありませんよ。響華さん」
「はーい……」
「嘘だったの!? も~、響華ちゃんってばー」
しかし、伊吹と雫にそれぞれ嘘をたしなめられ、響華はしぶしぶ引き下がった。
「……それで、愛奈はなんで手芸部に決めたの……?」
「確かに! 愛奈っちってあんまり手芸部って雰囲気じゃないし、ちょっち気になるー」
話題は再び愛奈の手芸部の件になり、二人の注目が愛奈に集中する。
「えっ! えっと……わたし、その~、ぬっ、ぬいぐるみがねっ……ちょっと、好きで……でね、自分でも……作ってみたくって……それで……」
愛奈は慎重に言葉を選びながらゆっくりと話す。途中から恥ずかしくなり、顔を赤くして、声が小さくなっていった。
「……ふっ、愛奈の趣味は子どもっ……っ!…………から大人まで幅広い年齢層に人気のあるぬいぐるみだったか! とても良いと思うよ! うん!」
「伊吹ちゃん……? どうしたの? 何か悪いものでも食べちゃったとか?」
伊吹は話している途中に急にビクッとしたかと思えば、いきなり早口でまくしたてた。普段とテンションがあまりに違い過ぎたため、愛奈は伊吹を訝しんだ。
「い、いやぁ、愛奈っちはぬいぐるみが好きだったかぁ。でっ、でもぉ、ぬいぐるみはかわいいから分かるわぁ」
「響華ちゃんもどうしたの?」
響華も上擦った声で話していた。愛奈はそのことに違和感を覚え、響華に聞いてみたが、答えは返ってこなかった。
「ふふっ、お二人とも愛奈ちゃんがぬいぐるみを好きなことに理解を示してくださいましたね」
「そっか! 自分でもちょっと子どもっぽいかなって思ってて……笑われたらとか考えちゃったから……でも、良かったぁ。二人とも、ありがとっ!」
愛奈は最初もじもじと話していたが、最後には明るい笑顔で伊吹と響華にお礼を言う。
「あはは~。お礼を言われるようなことじゃないっしょ~」
「……人の趣味を笑うやつは、悪い奴……」
愛奈の笑顔を向けられ、そこはかとなく罪悪感を覚える響華と伊吹。そして、二人は互いに視線を合わせる。
(この話題で愛奈っちをからかうのはNGっしょ!)
(……雫、ヤバい。合点承知……!)
二人は最初、愛奈のぬいぐるみの趣味をからかおうと画策していた。しかし、実際ことを起こそうとした瞬間、強烈な悪寒に見舞われた。
そしてその悪寒は今もぬぐえていない。なぜなら雫がこちらを見ているから。たおやかな笑みを口元に浮かべているが、その双眸は冷え切った氷のように凍てついており、全く笑っていなかった。
「ぬいぐるみってかわいいよねー……」
「……かわいい、かわいい……」
二人は雫が落ち着くまで無難な会話で乗り切ろうと試みる。
「ふうっ。今後も気を付けて頂けるのであれば、良しとしましょう」
「はーい……」
「……あいあいまむ……」
なんとか雫の許しがでて安堵する響華と伊吹。
「二人ともどうしたの? なんか今日、変だよ……?」
知らぬは当事者の愛奈ただ一人であった……。
「……んっ……?」
伊吹は自分のスマホが揺れているのに気付く。
「……ほう……」
そして、スマホの通知内容を確認して小さく呟きを漏らす。
「ねーねー伊吹っち~。愛奈っちがぶっ刺すの、いつになると思う~」
スマホの画面を見ていた伊吹に対し、響華がちょっとニヤついた表情で訪ねてくる。
「……アソコに……?」
「そうそう! ア・ソ・コ……に。ねぇ、愛奈っちぃ」
そして、示し合わせたように二人は愛奈を見つめる。その表情は艶っぽい雰囲気が醸し出されていた。
「ふわぁ! ふ、二人とも、まだお昼の時間だよ! 変なこと言っちゃダメだよ!」
「愛奈ちゃん、二人は――」
「だだだ、ダメだよ! 雫ちゃんはお嬢様だよ! 知らなくていいんだよ!」
二人の言葉は意味深にぼかされていた。しかし、その表情から言いたいことが分かってしまった愛奈は顔を真っ赤にして慌てふためく。
「初めてだと血が出ちゃうかもしれないね~」
「……慣れないうちは、おそらく痛い……」
「そんなはっきりと言葉にしちゃダメだって! 教室には男子だっているんだよ!」
慌てている愛奈の声は大きくなって教室中に響いてしまい、気付けば教室中の視線がこちらに集中していた。男子も女子も「何の話?」と目を丸くしている。
「うわぁ! な、何でもないよっ! 大丈夫だからっ! 気にしないで~!」
愛奈は慌てて教室にいる生徒に向かって大きく手を振りながら訴える。
「愛奈っちが大声出すからみんな注目しちゃったね♪」
「響華ちゃんのせいでしょ! 刺すとか血が出るとか言ったの! そ、そんなの。え……えっち……だよぉ」
愛奈は頭の中が真っ白になり、体の奥から込み上げてくる恥ずかしさで呼吸まで苦しくなる。顔から火が出そうなほど赤くなり、最後は非常に弱々しい声でもじもじとしながら響華に抗議した。
響華と伊吹は互いに目線を合わせ、ニヤつきながらお互いうなずいた。
「……なに言ってるの愛奈。手芸部の話でしょ……」
「へ? 手芸部? 何の話?」
伊吹はスマホの画面を愛奈に見せる。そこには、響華からメッセージと共に送られた、指に針が刺さる画像があった。しかし、愛奈は全く理解できず、頭に疑問符を並べながら顔を傾ける。
「針を使うからね~。あーしら純粋に心配してたんだよ? ほら、愛奈っちはドジだから絶対指に刺して血が出るっしょ」
「刺す……血が出る……って! えええっ!」
愛奈の中に響華の言葉がゆっくりと浸透していき――驚愕が溢れ、こぼれた。
「そういう話だったの!? え、でも初めてで血が痛いって!」
「ま、初めてじゃなくても血は出るだろうね~」
「……慣れても針が刺されば痛いかも……」
愛奈は勘違いを助長するような言い方をした部分について、変な日本語になりつつも二人に抗議する。しかし、二人とも嘘は言っていないと言わんばかりに軽く受け流す。
「~~! 嘘つき! 騙した! わたしの純情を弄んだ~!」
納得のいかない愛奈は机をバンバンと叩き、二人を非難する。
「……愛奈が純情とは……ふっ、へそで茶が沸く……」
「あーしらは純粋に愛奈っちの心配をしただけなのにぃ。愛奈っちは〝ナニ〟を想像したのかなぁ?」
「な、なにって!……えっと、その……言えないよ!」
逆に質問されてしまった愛奈は答えに窮してしまう。
「愛奈っちが、キスもしたこと無いピュアな乙女だっていうのは知ってるけど~」
「……見た目は乙女、頭脳は変態……」
「も~、昼間っから頭の中はピンク色だねー」
「……そのデカ乳では、さもありなん……」
愛奈が答えに窮している間に響華と伊吹は交互に好き放題言い放つ。
「…………!」
愛奈は何も言い返すことができず、恥ずかしさのあまり頭が真っ赤になり、ぶすぶすと湯気を立てて今にも爆発しそうだった。
「お二人とも。愛奈ちゃんが固まってしまいましたし、その辺りで」
「はいはーい」
「……あいあいまむ……」
ここで雫によりストップがかかる。愛奈をいじれたことに満足した二人は素直に雫の言葉に従った。
「わたし……えっちじゃ、ないもん……う~……」
一方、散々からかわれた愛奈は涙目となり、いまだ立ち直ることができていなかった。
「部活は決めたけど、体験入部は行くっしょ?」
放課後になり、響華が愛奈に聞いてきた。お昼はあの後、愛奈がオーバーヒート状態であったため聞くことができなかった。
「ごめん、響華ちゃん! 今日は用事があるの」
「マジで!?」
しかし、響華の期待とは裏腹に、愛奈は用事があるため帰ると伝える。
「おとといは雫っちで昨日は伊吹っち、そして今日は愛奈っちかー。あれ? あーしだけ暇人っぽくない!?」
四人そろって部活巡りをできない理由を思い出し、響華はちょっとショックを受けた。
「……愛奈が用事とは、なんか珍しい。何があった……?」
「あ~、えーと、ほんとゴメンね」
伊吹が用事の内容について探りを入れようとするが、愛奈は話そうとしなかった。
「むむむっ! 愛奈っち、なんか怪しいっしょ!」
「人の用事を無理に聞き出すものではありません、響華さん」
「むぅ……仕方ないかー」
響華は突っ込んで聞こうとしたが、雫にいさめられて引き下がった。
「じゃあ、今日は三人かー。あーしは変わらず運動部の方に行くつもりだけど、雫っちはどうする?」
「そうですね。昨日、文化部の方を回りましたので、今日は運動部で構いませんよ」
「マジ! ダメ元だったけど、誘ってみるもんだね~」
「あまり運動は得意ではありませんので、お手柔らかにお願いしますね」
「……雫はお嬢様。でも案外動けることはお見通し……」
「あっ……」
三人は放課後、どの部活に寄るかで盛り上がる。その輪に入れない愛奈に寂しさがこみ上げる。
「愛奈ちゃん。どのような用事があるかは分かりませんが、また、明日」
「なになに~。あーしらと分かれるのが寂しいって~?」
「……用事と言っても面倒なものも多いからね。愛奈、ガンバ……」
そんな愛奈の様子を感じ取ってか、雫、響華、伊吹がそれぞれ声をかけてくれる。
「あはは……じゃ、じゃーねー! みんなまた明日!」
気恥ずかしさを覚えた愛奈だったが、声をかけてもらって元気が出た。
(みんなの笑顔を守るため……って言ったらちょっと恥ずかしいけど)
三人と別れた愛奈は歩き出す。
(でも、この日常を……守るんだ!)
その顔は、一端の戦士の顔だった――




