瑞葉の学び舎⑯
「ん~、良いです! 愛奈ちゃんもぬいぐるみも最高に素敵です!」
「うへへ~。雫ちゃんに褒められると照れちゃうなぁ」
手芸部の部室にてスマホのカメラのシャッター音が連続で響く。
「愛奈ちゃんの笑顔とぬいぐるみのマリアージュは天界で響くゴスペルです!」
「ま、まり……あーじゅ?」
「いや、どんな例えだよ……」
普段見られない程高いテンションの雫は、あふれ出る言葉をまくしたてて愛奈を褒めたたえる。
「ライトもう少し上でお願いします」
「へいへい。先輩使いが荒いこって」
かと思えばいきなり素のテンションで縫野にライトの位置調整を要求する。光源にするとスマホを取られた縫野だったが、すぐにスマホを返却され、いつの間にか照明係としていいように使われていた。
(しかし、まぁ、あいつは本当にぬいぐるみが好きなんだな……)
いいように使われている縫野だが、別に悪い気はしていない。目の前の後輩はぬいぐるみに最大限敬意を払いながら写ろうとしていることが分かるからだ。
「次はひよこちゃんとツーショット! ひよこちゃん、ご一緒させてください!」
「ひよこを抱く愛奈ちゃん! 可愛さの二乗! 二重奏です!」
(中には映え道具としてしか見ないやつも多いからなぁ)
世の中にはぬいぐるみ好きをアピールしている者も多数存在している。だが、その中にはぬいぐるみが好きな自分が好きなだけの者も少なからず存在する。
ぬいぐるみは所詮モノだ。一緒に写真に写るための道具として扱うとしても、大切に扱ってくれるなら文句はない。
(だけど、思ったような反応が得られなかったときは……)
大していいねをもらえなかったとき、そういうやつらは恐ろしく冷酷になる。笑顔と共に写っていたぬいぐるみを即座にゴミとみなす。いい反応がもらえなかった原因をすべてぬいぐるみに押し付けて、憎しみを込めてぬいぐるみに八つ当たりをする。
(まったく、人が心血注いで作り上げたものを何だと思っているんだか)
縫野の母親は、糸一本にまで想いを込めるようなぬいぐるみの職人だった。今も依頼をもらってはぬいぐるみを作っている。そんな母を見て育った縫野も趣味でぬいぐるみを作るようになった。
だからこそ、ぬいぐるみが雑に扱われるのを見ると不快な気持ちが人一倍強くなる。
「――みません! ライト、もう少し手前にお願いします」
「おっ、おう……すまん」
しばらく考えに没頭していた縫野だったが、雫に声をかけられて我に返る。
(いかんいかん。嫌なやつの事なんか今はどうでも良い。せっかくぬいぐるみを愛してくれる後輩たちが来てくれたんだ……この二人の顔を見てると、まぁ、なんか和むな)
「ブラヴォーです。愛奈ちゃん! トレミミ! トゥロミミ! トレビア~ン!」
「も~。雫ちゃんってば、何だか褒め方が過剰だよぉ」
(しかし、こいつら何枚撮る気なんだかな……)
苦笑が漏れる縫野を尻目に、愛奈は照れながらもぬいぐるみと共にノリノリでポーズを取る。そして、雫は一向に下がる気配のないテンションでシャッターを切り続けた――
「ふぅ……正直まだまだ撮り足りませんが、もう時間になってしまいますね」
言葉とは裏腹に、雫は非常に満足した表情でスマホの時計を見た。
「充分撮っただろう。てか撮りすぎだろう。一体何枚撮ったんだか……」
「百枚足らずですよ。ではわたくしのスマホにも撮った画像をすべて送信っと」
「わー! わたしのギガがー! 雫ちゃ~ん!」
呆れる縫野を横目に、雫は愛奈のスマホを操作していた。だが、その操作内容を聞いた愛奈が慌てだした。
「大丈夫ですよ。愛奈ちゃん。通信はわたくしの回線を使っていますから」
「そんなことできるの!? よかったぁ。ゴメンね。安いプランだから通信量があんまり無くて……」
「こちらこそ、説明が足りていませんでした。ゴメンね。愛奈ちゃん」
雫の説明に納得した愛奈は落ち着きを取り戻した。そして、ペンギンのぬいぐるみを抱えながらクローゼットのぬいぐるみたちを見つめる。
「みんなとお別れかぁ……う~。やっぱり、わたしもあの中に混ざりたいよぉ」
「まだ諦めてなかったのかよ……」
「だってみんなステキなんだもん~」
「そうだ。お前が住むのは無理だが、お前が作品を作ってあの中に混ぜるってのはどうだ?」
再び駄々をこねる愛奈に対し、縫野はいいアイデアが思いついたとばかりに手芸部への勧誘に誘導しようと言葉を重ねる。
「作る……? わたしが? 何を……?」
「お前が、ぬいぐるみをだ」
しかし、愛奈は縫野の言葉を理解できずにそのまま固まってしまう。
「わたしが、ぬいぐるみを……? えっ!えええっ!?」
「ぬいぐるみを作るのは楽し――」
「そんなっ! ダメですよ! 人体錬成は禁忌です! 手足がもがれちゃいますっ! 人の手で命を作り出すなんて生命への冒涜になっちゃいますよ!」
言葉の意味をやっと理解した愛奈。しかし、今度は大きく頭を横に振りながら拒絶を示す。頭の振りに合わせてツインテールも大きく揺れる。ついでに愛奈の胸も大きく揺れた。
「あのなぁ。クローゼットのぬいぐるみは部員が作ったもんだぞ。お前は人の手以外でどうやってぬいぐるみが作られたと思ってんだ?」
大きく揺れたものを見た縫野は、ちょっとイラっとしたような口調で愛奈に言う。
「そ、そうでした! ぬいぐるみとは……命とは一体、何なんですか……!?」
「愛奈ちゃん! それは……とても深く、重いテーマです……」
がっくしとうなだれる愛奈に雫が寄り添う。
「やっぱり、お前の頭は空っぽだな……ぬいぐるみに詰める綿の方がまだ重みがあるってもんだ……」
付き合ってられんというように、縫野は大きくため息を吐いた……。
「それで、どうする? ぬいぐるみを作るのは楽しいぞ~」
縫野は回収したペンギンのぬいぐるみを胸に抱え、もう片方の手をぬいぐるみの手前に持ってきて入部届をひらひらさせる。
「ペンギンさんがわたしを誘っている!?」
縫野の目論見通り、愛奈の目にはペンギンさんが入部届を片手に勧誘しているように映った。
「好きなキャラクターを自分の手で生み出せるんだぞ~。マイナーで公式にグッズが作られないキャラでも自由自在だぞー」
「どんな……キャラでも……!?」
愛奈はペンギンのぬいぐるみにふらふらと歩み寄る。
「優しい部長と先輩たちが、君のぬいぐるみ作りをサポートしてくれるぞー」
「わたしでも……つくれるかも……」
愛奈はうわ言の様な呟きで縫野に返事を繰り返す。
「――はっ! これはっ、手芸部への入部届!?」
そして、愛奈が正気を取り戻したとき、その手にはしっかりと入部届が握られていた。
「くくくっ……そこに名前を書いて提出すればOKだ。よろしくなぁ、後輩」
縫野はニヤリと笑いながら、愛奈の肩に手を置いた。
「…………」
「どうした?」
しかし、目の前の後輩から色よい返事が返ってこなかった。
「あの……ごめんなさい。入部は、できないです……」
「ほう?」
「あっ! その、手芸部が嫌だとかじゃないし、先輩もいい人だと思っています。でも……わたしが入ると、迷惑、かけちゃうので……」
入部届を強く握り占め、端にシワができる。下を向いた状態で途切れ途切れ発せられる声は、わずかに震えているようにも聞こえる。
そんな二人の様子を見ていた雫がそっと近づき、愛奈の肩に手をかけながら縫野に問いかける。
「部長さん、活動日は毎日出る必要はありますか? それと、途中で帰ることは問題ありませんでしょうか?」
「し、雫ちゃん!?」
「もしかして、そんなことを気にしてたのか? 運動部じゃあるまいし、何の問題もないぞ」
「えっ! いいんですか!?」
愛奈の肩越しに行われるやり取り。それで、大きな問題と思っていたものがあっさりと解消したことに思わず大きな声が出た。
「あっ! でも……急に帰る必要があったとき、片づけないで帰るのは……」
しかし、愛奈は今はピュリステラ・ハーティアとして侵魔と戦う必要がある。場合によっては人が襲われる可能性があるため、即座に行動する必要がある。
もし、部活中に現れて、片づけに時間が取られたために人が傷つけられた。なんてことは極力避けなければならない。
「まぁ、急用なら仕方ないんじゃないか。その場合は周りで片付けるさ。さすがに毎回だと困るけどな」
「大丈夫だそうですよ。愛奈ちゃんが心配なことは、全部聞いて解決しましょう」
縫野と雫。二人は愛奈に微笑みかける。
「いいん……ですか……?」
それでも不安なのか、愛奈は確かめるように縫野に聞いてくる。
「ああ、大丈夫だ」
愛奈の不安を払拭するように、縫野は力強く愛奈に応える。
「~~! ありがとうございます!」
「っ……! お、おう……」
返事を聞いた愛奈は胸の奥にあったもやもやが一気に晴れて、元気な声でお礼を伝えた。その顔は花咲くような光輝く笑顔であった――
「じょっきじょっき ぶっすぶっす おっ裁縫~♪」
愛奈は妙なリズムでヘンテコな歌を口ずさみ、入部届に必要事項を記入する。
「しかし、まぁ何というか、危なっかしいやつだな」
「ふふっ、でもそこが愛奈ちゃんの魅力でもあるんです」
少し離れたところで、縫野と雫は愛奈の方を見ながら会話する。
「背は小さいくせに出るとこ出やがって。それに加えてあんな笑顔を向けられたら男子なんてイチコロだろ」
同性であるはずなのに、それでもドキッとさせられるほどに魅力があった。あの笑顔はそれほどまでに強烈で、そして鮮明だった。
「ぬいぐるみと写っているときの笑顔も素敵でしたからね」
写真の整理が大変だと笑顔で語る雫。
「それで、お嬢様であるあんたがわざわざ露払いでもしてるってか?」
「悪い殿方に引っかかって欲しくはありませんからね。でも、それだけではありませんよ」
「まぁ、頭も緩そうだし、苦労は絶えなさそうだな……」
「そうではありません。愛奈ちゃんは優しさと、いざという時の行動力があって頼りになる……わたくしにとっては、何より大切な人なんです。わたくしも何度も助けて頂きました。なので、ただのかわいい女の子、だけではないのですよ」
愛奈は「できたー!」と大きな声を出し、入部届を高く持ち上げながら立ち上がった。
「あれが、ねぇ……」
縫野から小さく呟きが漏れた。無邪気な笑顔でこちらに近づく愛奈。しかし、どう見ても雫が語ったような頼りになる存在には見えなかった。
◇◇◇
日もすっかり暮れ、空にあるのは月と星。
「ふっふふ~ん♪」
愛奈は一人、鼻歌を歌いながら家路を歩く。街灯が照らす道は明るく、春のちょうどいい気温が夜の寒さを感じさせない。
「手芸部かぁ」
所属を決めた部活に思いを馳せる。諦めていた部活への所属。
「雫ちゃんと縫野先輩には感謝だなぁ」
それを打ち払ってくれた二人に改めて感謝の念がこみ上げる。
「お家に到着~♪」
そんなことを考えながら自宅のあるアパートに着いた。そして、階段を上り、自室のある階へたどり着く。
「ふぅ……」
愛奈はこの瞬間が嫌いだ。いや、嫌いだった。
「……」
階段を上り切ったあと、ゆっくりと廊下を歩き――
「ついた!」
自室の部屋の電気が点き、外に明かりが漏れる。それを確認した愛奈は短い廊下を走る。
「ただいまー!」
愛奈は大きな声で扉を開き、部屋に入る。
「おかえりなさい。愛奈」
電気を点けて出迎えてくれたのは、光をまとう妖精のような小さな女性。愛奈と契約を行い、戦うための力を授けた星聖樹の精霊――リーフィラであった。
「あはっ、今日は玄関で転ばなかったわね」
「ちがっ! だっていきなり部屋が明るくなったんだもん! 誰もいないはずなのに部屋の電気が点いたらドロボウさんだって思うじゃん!」
昨日も同じように、愛奈が廊下を歩いている時に部屋が急に明るくなった。ドロボウに入られたと思った愛奈は慌てて部屋に入ってひと騒動あった。
「グーミーだってそう思うでしょ?……ええぇ!?」
「あら、その子はなんて言ったの?」
愛奈は傍らに置いた犬のぬいぐるみ〝グーミー〟に話しかけた。グーミーは気品のある白い毛をもったプードルの女の子だ。
「『愛奈はドジなんだから気を付けなさいな』って!」
「グーミーの方が愛奈の事をよく分かっているようね」
「も~……ふふふっ♪」
「どうしたの愛奈。ずいぶんご機嫌ね」
姉である優奈が入院してしまって帰ってこれない。寂しさはある。だが、今は家にリーフィラがいてくれる。
普段、愛奈は優奈の帰りを待つばかりであった。ここ最近は特にそうであった。だが、今は〝ただいま〟を言うと〝おかえり〟と返してくれる相手がいる。
「ねぇ、聞いてリーフィラ! 今日学校でね――」
愛奈は笑顔と共に今日学校であったことを話す。たまにどこかズレた回答が返ってくることもある。それでもリーフィラとの会話は弾む。
「それで、雫ちゃんと一緒にね――」
〝お母さんがいてくれたらこんな感じなのかな〟そんなことを思いながら――




