星が輝いた日④
買い物終わりの帰り道。
姉妹は並んで歩く。
街は夕日に染まる。
「大丈夫? 重くない、愛奈?」
「大丈夫っ……だよ。お姉ちゃんだって同じくらい持ってるじゃん」
愛奈と優奈はそれぞれ大きめの買い物袋を一つずつ持っている。
夕飯の材料の他、数日分の食材と牛乳、生活雑貨も買い足した。それからおやつとお菓子に、間食まで――考え無しに愛奈はどんどんカゴに突っ込んだ。
今日はお姉ちゃんが咎めなかったからと調子に乗って買い過ぎた。つまり、荷物が重くてかさばっているのは半分以上は自業自得だ。
「……んっ、しょ……っと」
とは言えやはり重いものは重い。片方の手で持ち続けると疲れてくる。
もう片方の手で持っている手提げの学生カバンと持ち替える。
買い物袋を地面に擦らない様にえっちらおっちら持ち替える。
「カバンはリュックサックか肩下げの方が良いかしら? これからも愛奈に買い物を頼みたいし」
優奈は自分の肩下げ鞄のズレた位置を戻す。そして、愛奈の様子をみて優奈が提案する。
「やだ!」
愛奈は明確にNOを突き付ける。
「この制服とカバンのデザインの組み合わせが大事なの!」
女子学生にとっておしゃれは大事なのだ。真冬にスカートをはくことだっていとわない。何ならそのスカートを短くする子だっている!
(スカート短くするのは恥ずかしいからわたしは少ししかやらないけど……)
「……それにわたしだけリュックサックとかにしたら周りから浮いちゃうよ」
とっさに強く拒否が出てしまった。最後に言い訳がましく現実的な理由をくっ付ける。姉を傷つけていないかちょっと心配になって愛奈は優奈の方を伺う。
「それもそうね。私が間違っていたわ。ごめんなさいね」
愛奈の言い分が正しいと、あっさりと謝罪する優奈。
「じゃあ、お詫びとして、これもらうわね」
優奈はそう言って愛奈の買い物袋から若干はみ出ていたお菓子の袋を一つ抜き取った。
「あっ! もう、全然大丈夫だって言ったのに……」
口では文句を言っているが、落ちそうで内心ひやひやしていた。
しかし、そんな愛奈の強がりに優奈が悪乗りしてきた。
「あら、そう? じゃあやっぱり持ってもらおうかしら」
そう言って優奈は抜き取ったお菓子の袋と野菜の袋を愛奈の方に戻そうとする。
「増えた!?」
なぜか追加で野菜の袋が押し付けられそうになり慌てる愛奈。
「冗談よ、じょーだん」
そしてお菓子の袋も野菜の袋も自分の買い物袋に詰める優奈。
「もーっ……」
結局お菓子の袋を持ってもらっただけだ。遠慮しないように、恐縮しないように、冗談で紛らわせてくれた。お姉ちゃんなりの気遣いなのだ。
「食べ物で遊んじゃだめよー愛奈ー」
「お姉ちゃんでしょ!?」
違った。からかいたいだけだ。
「もうっ! お姉ちゃんってば、子どもっぽいんだからっ!」
「うふふっ。そうね。愛奈お姉ちゃんに怒られちゃったー」
買い物終わりの帰り道。
姉妹は並んで歩く。仲良く歩く。
夕日に染まった街並みを。
――両親が他界していると知ると周りは皆かわいそうと言ってくる。
確かに仲良さそうな親子を見ると羨ましくなる。
でも、世の中にはわたしよりも不幸な人はいるはずだ。
なぜなら、わたしにはお姉ちゃんがいるからだ。
だから、わたしは不幸じゃない。
わたしはわたしに残された、この〝小さな幸せ〟を愛しく抱く。優しく包まれる。
これまでも、これからも。
ずっと、このまま。
そう、思っていた。
そう、願っていた。
なのに――
運命は、それすら許してはくれなかった。
◇◇◇
胸が苦しくなる。急に、強く。おなかの奥が、はらわたがねじ切れそうに痛みだす。
今日何度も襲ってきた。〝あの言葉〟を聞くたびに。今は聞いてない、今回は聞いてない。なのに急に、苛まれる。
この先に行ってはならない、身体がそう言っている。
「お……ねぇ、ちゃん……」
買い物袋を腕にかけ、優奈のジャケットの裾を強く握る。重い買い物袋が腕に食い込み痛み出す。強く握ったジャケットにシワが残る。
そんなことは関係ないと、言わんばかりに強く、強く握る。
「……ん? どうしたの、愛奈……?」
またか、と優奈は一瞬思った。しかし、愛奈の様子は尋常ではない。ただ事ではない何かが起きたのかもしれない。落ち着いて、次の言葉を待つ。
「……わ、っかんない……でも……」
知ってる道、良く通る道。あと少しで家が見えてくる。
いつもの光景、ありふれた景観。なのに身体が拒否をする。
前進することを。全力で。
「……おかしいって、ことしか……」
知らない道に迷い込んだ感覚。鼻から入る空気に変な匂いが混じる。
街の喧騒は耳に入らず、耳鳴りがするほどの静寂が場を支配する。
目の前の風景と五感が著しく乖離する。
「行っちゃ……ダメ、って気が……」
理解ができない。説明の仕様がない。
行ってダメならどうする気か。行かなきゃ家に帰れない。帰る場所などそこしか無い。
それでも足は前に出ない。
ふと気付く、いつから街はこんなに――
暗くなったのか。
「あら……? 暗いわね……変ね……」
優奈も違和感を覚え始める。先ほどまで、街は夕日に照らされていた。雲がかかって陰ったにしては暗すぎる。日が落ちたにしても暗すぎる。
街灯は不気味に点滅を繰り返し、近所の家という家から光は漏れてこなかった。
愛奈は顔を上げる。急き立てられるように。空を見上げ、にらみつける。
釣られて優奈も空を見る。
そこに――星は、一つもなかった。
◇◇◇
「どういう……ことかしら……」
明らかな異常事態。知っている街なのに知らない空間にいる。そんなちぐはぐな感覚に陥る。
どんな小さな異常も見逃さない。愛奈は神経を集中させ、周りの様子を伺った。そして〝それ〟はいきなり聞こえてきた。
ズチョ……ズチョ……
「何か……聞こえる……?」
聞きなれない音に訝しみ、愛奈の呟きは疑問を帯びたものになる。何か水気を含んだ重いものが地面の上に乗っかる音が。一定のリズムで聞こえてくる〝それ〟は足音の様に感じられた。
いや、様ではない。足音だ。それもこちらに近づいている。一歩一歩確実に。
塀の向こうの、すぐそばまで。
曲がり角、高い塀の脇から〝それ〟は顔を出した。
カエルともトカゲとも言えない、不気味な顔が――背の高い男性の〝顔の位置〟にぬるりと現れた。ありえない高さに、ありえない顔。
(なに……あれ……)
呆然と愛奈は立ち尽くした。
……怖い!
本能が恐怖を訴える。衝動に駆られ、姉に縋り付こうとする。
「……ひっ……!」
隣から小さく短い悲鳴が聞こえた。今まで聞いたこと無い声色でお姉ちゃんが悲鳴を漏らした。
〝それ〟が一瞬動きを止めた。そしてゆっくりとこちらに振り向いた。
ニタリと嗜虐的に笑ったように見えた。
ズチョ……ズチョ……
先ほども聞こえた音を立て、塀の向こうから体が出てきた。
カエルのような、トカゲのような、醜悪な顔。口は半開きで長い舌がだらんと垂れており、粘り気を帯びた息がにじみ出る。
鱗模様に覆われた体は、粘液で濡れて光を反射し、ぬらぬらといやらしく光っていた。腰には申し訳程度に布がまかれている。
そんな異形の存在が、二足で立っていた。
そんな異形の存在が、こちらを見ていた。
「……バ、バケ……バケモノ……」
優奈はうわ言のように震えた声を出す。
そのバケモノの両手には何かがあった。いや、何かではない……人だ。
右手には男性があった。服には赤黒いシミが広がっており、頭部から血が滴っている。
左手には女性があった。血は出ていないが、服が無残に引き裂かれ至る所に痣がある。
バケモノは両手に持っていた人を雑に放り投げる。投げられて地面に叩きつけられた人たちは、悲鳴を上げず、身じろぎもしなかった。
そして両手をあけたバケモノは、襲う意思を隠そうともせずに近づいてくる。
「……い、いや……こ、こなっ……」
優奈は腰を抜かして地面にへたり込んだ。バケモノと距離を取ろうと足を動かすが、地面を滑るばかりで体は動いていない。
◇◇◇
(お姉ちゃん……)
呆然と立ち尽くしたままどこか他人事の様に感じていた。あれだけ感じていた胸の苦しさやお腹の痛さはどこかに行って消えていた。
こんなお姉ちゃんは見たことが無かった。お姉ちゃんはいつだって気丈で立派で格好良かった。たまにお茶目な面も見せるが、弱いところはほとんど見せてくれなかった。
そんなお姉ちゃんが恐怖に震え、弱弱しく喘いでいる。
わたしが弱っているときにいつも助けてくれるお姉ちゃんが。わたしの存在を無視して一人で逃げようとしている。
お姉ちゃんはもう……わたしを助けてくれない……?
――違う!
愛奈の瞳に力がこもる。
――お姉ちゃんに助けてもらうんじゃない!
――今は〝わたし〟がお姉ちゃんを助けるんだ!




