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瑞葉の学び舎⑮

「うわ~、いろいろな作品がある!」


 手芸部の部室に入った愛奈。思ったよりも広い部屋には様々な作品が飾られている。


「なかなか手が込んでいますね」


 雫が壁に掛けられた、繊細な刺繍が施されたハンカチをまじまじと見つめる。他にもオリジナルのコースターや小物などが壁に掛けられており、部屋を華やかにしている。


「興味を持ってもらえてなによりだ。私は縫野。二年だがこの手芸部の部長をやってるよ」

「一年の朝丘です。部長さんだったんですね!」

「同じく一年の上水流です。二年生で部長なのは珍しい感じがしますね」


 お互いに自己紹介をし、部長である縫野(ぬいの)(ともえ)がペンギンのぬいぐるみを持ったまま、ややぶっきらぼうな態度のまま二人に応える。


「三年生がいなくてな。仕方ないから部長を引き受けただけさ」

「えっ!? 三年生がいないんですか? 部員数は大丈夫ですか?」


 手芸部の部室には他の部員が見当たらず、愛奈が心配そうに縫野の方を見る。


「いないけど特に問題はない。二年生はそこそこいるし、気を遣わないといけない相手もいないから逆に気楽だよ」


 縫野の様子から、本当に気にしていないことがうかがえた。


「ああ、でも一年生は歓迎だぜ。雑用係としてこき使ってやるよ」


 一転して、にやりと笑いながら愛奈と雫を見る。


「ええっ! 雑用係しか募集していないんですか!?」

「はははっ、冗談だよ」


 愛奈の素直な反応に気を良くした縫野はからからと笑った。



「体験入部として用意したのは、ミシンか手縫いで布に糸を通すことだな。ネコや花とかお題もあるぞ」


 縫野は数枚の無地の布を愛奈たちに渡した後、お題となるネコや花が刺繍されたハンカチを見せてきた。


「ネコちゃんかわいい~。でもこんなにかわいいハンカチ使えないよ~」

「綺麗な花ですね。確かに普段使いするのはためらってしまいそうです」


 お題であり見本でもあるハンカチの刺繍を見て、愛奈と雫は感想を言い合う。


「一応この紙に一通りの手順が書いてある。分からないことがあったら聞いてくれ。すまんが私は少し片づけをするわ」


 縫野は愛奈たちに紙を渡した後、席を離れて宣言通りに片づけを始める。


「雫ちゃん……」

「ええ、愛奈ちゃん」


 その様子を見た愛奈と雫はお互いを見て軽くうなずく。


「わたしたちも片づけを手伝います!」

「お一人では大変でしょう」


 愛奈たちは席を立って縫野の後を追いかけた。


「片づけは大丈夫だぞ。お前たちには刺繍を楽しんでもらいたいんだが」

「今から刺繍を始めても、完成する前に下校時間になっちゃいますよ」

「それに、近くで片づけられながらでは集中できませんから」


 縫野は手伝いを断ろうとしたが、愛奈と雫がそれぞれ理由を付けて片づけに参加する。


「あー……まぁ、そうだな。じゃあ済まんが片づけを手伝ってくれ」

「わかりました。いったん机の上にあるものをこちらに集める形で良いでしょうか?」

「それで頼む」

「じゃあ、わたしは奥の机から回収してくるね」


 雫が縫野の行動から片づけの方針を推察し、愛奈が素早く行動する。


「正直助かるわ。一人だとちょっと面倒だと思ってたから」

「他の部員の方はもう帰られたのでしょうか?」

「ああ、そうだ。今日は活動日じゃないから元々集まりも悪かったんだが、今日来てくれた部員も用事があるって途中で帰っちまってね」

「持ってきたのはここに置いておきますね! 次はあっち行ってきます!」


 愛奈が各机の上からものを集めてきて、雫が仕分けて縫野が所定の位置に格納する。三人で役割分担をして作業を行い、わずかな時間で片づけが完了した。





「思ったよりも早く片づいたな」


 縫野はメガネを手に持ち、レンズを拭きながら部室を見渡した。


「雫ちゃんの的確な指示のお陰だね!」

「愛奈ちゃんが素早く集めてくれたお陰です」

「お前ら仲いいな……」


 間髪を入れずお互いを誉めあう愛奈と雫の様子を縫野はややあきれ顔で見る。


「ふふっ、あのペンギンさんが愛奈ちゃんの片づけを褒めてくれるみたいですよ」

「えっ! ほんとっ!?」


 縫野の手前、机の上に座っているペンギンのぬいぐるみ。雫に言われ、愛奈はぬいぐるみの元に駆け寄る。


「ペンギンさん! わたし片づけ頑張ったよ! 機敏な動きには自信があるんだから!」

「いや、まぁ、助かったのは事実だが……」


 愛奈は胸を反らしながら得意げな顔でペンギンに自身の成果を誇る。


「いやぁ、照れちゃうよ~。ペンギンさん、褒めるの上手すぎ!」

「お前は何と話しをしているんだ……」


 愛奈はほんのりと頬を染め、顔に両手を添えながら頭を振る。そんな様子を縫野はジト目で見ていた。



「……そうだな。片づけてもらった礼だ。ウチの部の作品を見せてやろう」

「壁にかかっているハンカチとかは見ましたよ?」


 ニヤリと笑う縫野。きょとんとする愛奈。


「一度片づけた後だが、まぁ、いいだろう。ほら、こっちだ」

「あ、はい……」


 ペンギンのぬいぐるみを小脇に抱え、縫野は扉の閉まったクローゼットの前に愛奈たちを招き、その扉を開いた。


「……? あっ! うわっ! うわ~~!」


 クローゼットの中を見た愛奈。最初は訝しんでいたが、中にあるものを見た途端、驚きと感動が入り混じった声を上げる。


「これは……! ぬいぐるみがたくさん飾られていますね」


 雫もクローゼットの中を見て、少し驚いたように声を出した。



「そこまで感動してくれると、張り切って見せた甲斐があるというもんだな」


 目を輝かせて固まる愛奈を見て、縫野は企みが成功したとにやつく。


「かなり数が多いですね。過去に所属していた方の作品も含まれているのでしょうか?」

「それもあるが、私ら二年の作品も多くあるぞ。部としてだけじゃなくて、個人的な作品も飾っているけどな」


 クローゼットの中には、大小さまざまなぬいぐるみが所狭しと並んでいた。動物のぬいぐるみ、可愛らしいポケットに入るモンスター、そしてデフォルメされたキャラクターまで。一部のぬいぐるみは少し形が崩れているが、手作業ならではのぬくもりが感じられる。

 まるで小さなテーマパークのような空間。


「みんなかわいい~。ちょっとでぷっとしたヒヨコちゃん! こっちのクマさんはもふもふしてて触り心地が良さそう~。ブーイズみんなそろってる! 一番新しい妖精の子もちゃんといる! 氷の子はつるつるしてて炎の子はもっふり、悪の子はシュッとしてて草の子はしっとりだ! タイプごとに質感が違うのがすっご~い! 何が違うんだろう? 生地が違うのかな!? こっちには炭火郎だ! ねぞ子と悪逸と伊之平もいる! 羽織や隊服に刀まで、細かいところまで作り込まれてる~!」


 興奮してテンションが上がりに上がった愛奈。目を爛々と輝かせ、鼻息を荒くして早口で熱くぬいぐるみのことをまくしたてる。


「わたし……決めたっ!」


 その興奮のまま愛奈は縫野に強い視線を送る。


「くくくっ……そうかい、そうかい。それじゃあ入部届のここに記入を――」

「ここに……住む!」

「いやアホか!」


 視線を受け取り入部届を取り出した縫野。しかし、愛奈の明後日の方を向いた宣言についつっこみを入れてしまった。


「だって~、ここから出たくないもん! わたしもぬいぐるみになってこの中に混ざりたいよぉ」

「お前の頭ん中には綿でも詰まってんのかよ……」


 訳の分からない駄々をこねる愛奈に対し、縫野のつっこみに毒が混じり始める。


「違います! 愛奈ちゃんの頭には、夢がたくさん詰まっているんです!」


 縫野の吐いた毒に対し、雫が強気に愛奈の弁護をする。


「つまり、こいつの頭の中は空っぽかよ。綿より軽いとは恐れ入るぜ」

「あうっ! あうっ!」

「あ、愛奈ちゃん~!?」

「おー、ホントだ。頭の中が空っぽの音がするぜー」


 縫野はあきれの混じった笑みを浮かべ、愛奈の頭を小突き続けた。





「うぅ~、暴力反対~」

「愛奈ちゃん。もう痛くないですよ~。よしよし~」


 手芸部の部室にあるクローゼットの脇で、愛奈は涙目で丸くなっていた。


「今日の英語の授業で習ったことが頭から飛んでった~」

「愛奈ちゃんが赤点でも取ったらどう責任取っていただけるんですか!」


 愛奈の頭をなでていた雫は、縫野に非難の目を向ける。


「いや、まぁ……すまんかった」


 さすがにあれで赤点になる訳ないだろうという言葉が喉まで出かかる。しかし、何度も頭を小突いたのはちょっとやり過ぎた。つい調子に乗ってしまったのは確かなので素直に謝罪することにした。


「お詫びとして、この中のぬいぐるみをわたしにください!」

「ダメに決まってんだろ。お前も案外厚かましいな!」


 復活した愛奈は、がばっと立ち上がってクローゼットの中を指さした。


「う~、う~っ!」

「呻くな! 部員が一生懸命作ったものを勝手にあげる訳にはいかんだろう」

「それは……そうですけどぉ」


 縫野の正論に愛奈の気勢がそがれ、ぶすっとした表情を浮かべる。


「詫びになるか分からんが、カメラで撮るくらいなら私でも許可でき――」

「ええっ! 良いんですか!? お願いします!」


 縫野の出してきた対案に愛奈が即座に食いつく。愛奈の表情は一転して明るい顔となる。


「調子がいいやつだな。ほら、私のペンギンを貸してやろう」

「うわ~い!」


 子どものようにコロコロと変わる愛奈の表情を見て、縫野は苦笑を浮かべながらペンギンのぬいぐるみを愛奈に手渡す。

 ぬいぐるみを受け取った愛奈はとてとてとクローゼットの前まで移動した。


「よーし、それじゃあ撮るぞー……って、なんでそんな端にいるんだよ……」


 縫野は懐からスマホを取り出してカメラを起動したところで愛奈の立ち位置につっこみを入れる。


「しかも、ぬいぐるみを前に出し過ぎて顔が半分以上隠れてるぞ。いいからクローゼットの真ん中に来いって」

「でも、それじゃあぬいぐるみたちが隠れちゃいますよ! わたしは一緒に写っていれば満足です……」


 愛奈は前に出したペンギンのぬいぐるみの陰から半分顔をのぞかせ、ちょっと恥ずかしそうにもじもじする。


「なにも撮影が一回だけとは言っていませんでしたよ。気のすむまで撮りましょう。愛奈ちゃん」


 雫もいつの間にかスマホを取り出し、撮影の体勢に入っていた。


「そっか! いっぱい撮って良いんだ!」


 雫の言葉に愛奈の表情はぱあっと明るくなった。


「ちょ、お前たちなぁ……」

「ふふっ、お詫びしていただけるのでしょう?」

「まぁ……そうだな。しょうがない」


 雫はにっこりと笑いながら縫野に問いかける。最初は一、二回撮って適当に切り上げようと思っていた縫野だが、愛奈の顔を見たら許してしまった。


「ところで、光源が足りていませんね。このままでは愛奈ちゃんをかわいく撮れません。撮影は愛奈ちゃんのスマホで行いましょう。わたくしとあなたのスマホは光源として使います。貸してください」

「お前も案外厚かましいな……」


 雫が当然のようにスマホを貸すように要求してきた。縫野はあきれ顔と共にスマホを差し出す。

 こうして急遽、愛奈とぬいぐるみたちの小さな撮影会が始まった――


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