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瑞葉の学び舎⑬

 部活動の体験入部でにぎわう放課後。文芸部の広くない部室は、それらのにぎわいから切り離されて、ゆったりとした空気が流れていた。


「でも小説って、どうやって書くんですか?」


 小説は単純に文章を書くだけでできる。そう思っていた愛奈だが、いざ作ることを考えたらよく分からなくなり首をかしげた。


「まずは何が書きたいかが重要だねぇ。ジャンルとかテーマだね。それを決めてからどういったシーンを書きたいか、どういったキャラクターを活躍させたいかを段々深堀していくといいさ」


 佐倉が愛奈の質問に、早口で得意げに答えた。


「ぷ、プロのアドバイスというやつですね……!」

「WEBに投稿しているだけの素人の意見だよ。いっひっひ……」


 アドバイスを答えてもらった愛奈だが、残念なことに大して理解できていなかった。しかし、佐倉は特段気にする様子は無かった。


「『しにあが』はランキングにも載ってる人気作です! 佐倉さんは素人なんかじゃないですよ」

「ありがとねぇ。でも運がよかっただけだよ」

「佐倉さんはどうやってしにあがを書いたんですか?」

「ん? ああ、さっきのジャンルとテーマの話だね」


 愛奈の質問を受けて、佐倉が少し考えを巡らせてから答えた。


「私が悪役令嬢を選んだのは、単純に人気のジャンルだったというのが大きいねぇ。他の人の作品を見て、私ならこうするのにとか、こうしたら面白くなりそうを積み重ねた結果だよ」


 佐倉は答えながら愛奈の顔を見ていた。愛奈の顔にはあまり理解していなさそうな表情が浮かんでいた。その顔を見た佐倉はにやつきながら続きを話す。


「君も好きな作品で『もしこうだったならば』を妄想したことは無いかい?」

「うっ……あ、ありますぅ……」


 よく妄想をして突飛な方向に考えが飛んでしまう愛奈。そのことを自覚して恥ずかしくなり、小さい声で返事をした。



「ジャンルとテーマの明確化ですか……愛奈ちゃん……」

「ん? わたし? どうしたの雫ちゃん」


 同じく佐倉のアドバイスを聞いた雫は真剣に考えだした。そして、愛奈の方を見てふと呟く。


「魔法少女……」

「えっ……えええっ!?」


 雫の呟きを聞いた愛奈は驚きの声を上げる。その声は自分でも驚くほど大きな声となった。


「ち、違うよっ! わたし違うからね! 魔法少女じゃないよ! 知らないよっ!」

(ピュリステラのことは雫ちゃんに話してないのに何でいきなり!?)


 話していなかったし、話すつもりもなかった。魔力を持たない雫たちを侵魔との危険な戦いに巻き込みたくは無いからだ。

 だというのに、なぜ雫が知っているのか、なぜこの場でいきなり言ってきたのか。愛奈の中にたくさんのなぜが思い浮かび、考えがまとまらないまま取りあえず否定だけを繰り返す。


「そんなに慌ててどうしたんですか、愛奈ちゃん?……もしかして、魔法少女になる想像でもしていたんですか」


 愛奈の様子を訝しんだ雫。雫の頭に先ほどの佐倉からのアドバイスが思い浮かび、さっそく影響されたのかと思って苦笑いが浮かんだ。


「え?……あっ! あはは~……」


 どうやらピュリステラとしての活動がばれたわけでは無かったと安堵し、愛奈は愛想笑いで誤魔化すことにした。


(ピュリステラのことじゃなかった―! 良かった~)


 背中に変な汗が流れたが、一息ついて落ち着いた愛奈。しかしながら、ではなぜ雫がいきなり魔法少女と呟いたのか、そのことにまでは頭が回らない。


「ふふっ、覚えてますか、愛奈ちゃん? 『キラキラ☆エボリューション!』」

「……?」


 雫が小さくポーズを取りながら、決めセリフのようなものを唱える。

 愛奈は雫のセリフの意味が理解できずに固まった。しかし、突然頭の回路が繋がり愛奈の身体に電撃が流れたような衝撃が走る。


「ほあぁぁーっ! し、雫ちゃん!?」


 再び愛奈の背中に嫌な汗がどっと流れる。


「よく二人で一緒に唱えましたよね。愛奈ちゃん」

「唱えたけどっ! それ小学校の時の、それも低学年の頃だよねっ!」


 朗らかな笑みを浮かべながら、雫が同意を求めてくる。だが、愛奈は高学年の時に一人で唱えて冷笑されたという恥ずかしい記憶とセットになっているセリフのため、顔を真っ赤にして昔の事と強調した。


「愛奈ちゃんの顔を見ていたら昔のことを思い出したんです。……もしかして、嫌……でしたか?」


 雫にとっては大切な思い出。しかし、愛奈が強く否定するため、愛奈にとっては思い出したくない記憶だったのだろうか。雫は寂しげに目を伏せて、そっと言葉をこぼす。


「あっ! そんなことは無いよ雫ちゃん! 二人で一緒に唱えたの、わたしだってすっごく楽しかったもん!」

「愛奈ちゃん……」


 雫の様子に気が付いた愛奈。愛奈は雫との思い出が、愛奈にとっても大切なものであることを雫の目を見てはっきりと言葉にする。


「……でも、その。雫ちゃんが転校しちゃった後、ちょっと……恥ずかしい事があったから……」


 打って変わって、愛奈は雫から目線を反らしながらごにょごにょと付け加えた。


「小学校の高学年になったときですか……もしかして、そのころに唱えて周りにからかわれたりした、ということでしょうか?」

「なんで分かるの!? 雫ちゃん!?」


 蓋をしておきたかった黒歴史をあっさりと暴かれた愛奈。


「ふふっ、そうでしたか。愛奈ちゃん、その笑った輩の名前を憶えていますか?…………わたくしとの大切な思い出を汚した愚か者に、報いを与えねば……!」

「雫ちゃん! なんか怖いよっ! 昔の事だからもう大丈夫だよ!」


 雫の言葉は、後半は囁きになり愛奈の耳には届かなかった。しかし、雫から漏れ出るどす黒いオーラを感じ取った愛奈は、慌てて雫を落ち着けようとした。





「可愛いだけじゃなく、愉快なお嬢さんがただねぇ。いっひっひ……それで、書くジャンルは魔法少女にするのかい?」


 雫の様子が落ち着いたのを見計らって、佐倉が声をかけた。


「そうですね……しかし、わたくしは恋愛小説が好きでよく読むんです。ですから、そちらを書いてみたいと思っておりまして……」


 雫は書くジャンルについて悩み、目を伏せた。その様子を見た愛奈が疑問を口にする。


「一緒じゃ、だめなの?」

「えっ……?」


 雫は愛奈の言葉にはっとさせられ、顔を上げて愛奈の目を見つめた。


「いっひっひ……。良いんじゃないかい。悪役令嬢だって元は異世界転生と乙女ゲームが混ざったものらしいからねぇ。無理にジャンルを一つに絞る必要はないよ。それに、魔法少女と恋愛の両立は古くからある王道のジャンルなのだから」


 佐倉はしたり顔で何度もうなずく。


「ふふっ、どうやら一人で考え込んで、凝り固まっていたようです。ありがとうございます。愛奈ちゃん」

「雫ちゃんの役に立てて良かった。うへへ~」


 雫と愛奈はお互い見つめあい、笑いあった。


「創作は一人でやるものと決まっているわけじゃないからねぇ。行き詰ったときに意見を交換できる人がいると、ありがたいものだよぉ」


 佐倉の言葉には実態を伴った重みがあるように感じられた。そのことについて、雫が佐倉に聞いてくる。


「佐倉さんにも、そのようなことがあったということでしょうか?」

「そうだねぇ。この二人は『しにあが』の最初の読者だよ。いろいろな小説を読んでいるから鋭くてねぇ。WEBに投稿する前に見てもらっているんだ」


 そう言って佐倉は文芸部の二人の部員に目を向けた。


「ん? ああ、部長は文章が雑だからね~。校正、校閲をやらされているわ」

「私は主にもっと面白くなりそうなアイデアを出したりしてるかな。私の考えが元になったエピソードも、いくつかあるんだから」

「この部長、設定を良く忘れるから校閲が大変なのよ。なのに無給なの~」

「書籍化したら私たちにも印税くださいね」


 部員の二人はここぞとばかりに交互に佐倉に言い放つ。


「何を言っているんだ。今ですら毎度のように新しい本やスイーツを集られているというのに……前言撤回だ。創作は極力一人でやるものだな」


 佐倉は口をへの字に曲げて部員たちに文句を言う。しかし、傍から見ても険悪な雰囲気には全然見えないため、ただの軽口なのが見て取れた。





(魔法少女と恋愛かぁ……)


 雫が書こうとしている小説のジャンルが決まりつつある。愛奈はその二つのキーワードを心の中で転がす。


(やっぱり、魔法少女のピンチに颯爽と現れて助けてくれる、影のヒーローが鉄板だよね~)


 女の子なら誰もが心をときめかせた憧れのあの人――黒いタキシードに身を包み、シルクハットと仮面を付けたミステリアスでキザなあのキャラが脳裏に浮かぶ。


(『私は悪を切り裂く一輪のバラ……美しいピュリステラに涙は似合わない』……うっはぁ~、すごくいいっ!)


 原作のヒロインに向けて告げられたセリフだが、なぜか一部が都合よく書き換わって再生される。


(いやいや、最初は敵対関係にあったけど、徐々に仲が発展していって最終的にはってのも……)


 幼き日の愛奈に衝撃をもたらし、今も脳裏に焼き付くカードを捕獲するために奮闘する魔法少女――そして、その恋仲となった男の子が鮮明に浮かぶ。


(『わかってる。ちゃんとわかってるよ……日本にきてよかった。おまえに、いや、愛奈に会えたから』……ふわぁぁー! 熱いっ!)


 こちらも原作のヒロインに向けられたセリフ。だというのに、対象を自分に置き換えて愛奈は妄想にひたる。なお、年齢差は考えない。考えてはいけない。


(うへへ~。どっちも捨てがたいよ~)


 愛奈の妄想は加速度を増し、脳内だけに留まらない。


(わたしは一人なんだからぁ、取り合わないでって~)


 あふれた妄想が現実を侵食し始める――単に身体をくねらせているだけともいう……





「ふぅ……ちょっとだけ、暑くなっちゃったかな……」


 ひとしきり妄想に耽った愛奈は小さく呟いた。


(あれ? 佐倉さん……それから部員のお二人もわたしの方を見て……?)


 そして気付く、自分に向けられた視線に。その顔は――ものすっごく、ニマニマしている。


「いいよ、いいよぉ。ぜひとも続きを聞かせてくれたまえ。いっひっひ……」

「ふ……ふああぁぁーー!」


 愛奈は自分の顔が真っ赤に熱くなるのを感じてしまう。流れて欲しくは全然ないのに、汗が流れ出るのが止まらない。


「聞かせてくれって! わたし口に出してたのー!?」

「さてさて、口に出していたのかなぁ?」

「でもでも、君の身体は正直だよねぇ!」


 部員の二人は目から下を読んでいた本で隠している。それでも目だけで表情が分かる。笑っているのがはっきりと分かる。


「どっち!? どっちですか!?……どっちなんですかぁぁー!?」


 人様にばれてはいけない恥ずかしい妄想を口から垂れ流していたかもしれない。そんなことはないはずだが、三人はニマニマと笑うだけ。

 否定も肯定もされないがゆえ、愛奈は沈黙に弄ばれ続けた――





「……はぁ、はぁ、わたし、もう生きていけないよ~」


 あんな恥ずかしい妄想が聞かれていたら恥ずかしくて表を歩けない。そんなことを思いながら、愛奈は真っ赤な顔を両手で覆う。


「愛奈ちゃん、大丈夫ですよ。愛奈ちゃんの可愛い想像は、愛奈ちゃんだけのものです。口になんて出ていません」


 雫が愛奈に答えをくれる。


「ほんとっ!? 雫ちゃん!」

「ええ、本当です。愛奈ちゃん」


 それは愛奈に救いをもたらす。


「雫ちゃーんっ!」

「よしよし~、愛奈ちゃん」


 救われた愛奈は雫に抱きつく。抱きつかれた雫は愛奈をそっと包み込む。



「う~、あの三人がイジワルする~。ひどい~」


 恥ずかしさのあまりからか、愛奈は幼児退行しつつ、文芸部の三人を非難する。


「そうですねー。ひどいですね。でも大丈夫ですよ。ぎゅ~っ」

「も~、雫ちゃんしか信じられない~」


 雫は愛奈を抱きしめ、愛奈は雫に身をゆだねる――そして、ここに二人の世界ができあがる。



「でも君だって、答えるのがずいぶん遅かったんじゃないかねぇ」


 できあがった二人の世界を半目で見つつ、佐倉はぼそりと呟いた。

 聖母のように抱きしめる雫。だが、愛奈が慌てふためいていた時に、すぐに答えなかったのは一緒なのだから。


「ふふっ……なんのことでしょうか……ねぇ?」

「いひっ!……ひ、ひひっ……」


 佐倉は突然の悪寒に襲われ、慣れてるはずの笑い方が引きつったものとなった。半目で見るのを止め、息を潜めて邪魔にならないように努めた。





「小説の作り方については名残惜しいですが、そろそろ他の部活も見てみようと思います」


 しばらくしてから雫が切り出した。愛奈が落ち着きを取り戻したタイミングを見計らっていた。


「おや、行ってしまうか。文芸部は兼部でも問題ない。できたら入ってもらえると嬉しいねぇ」


 佐倉は引き留めることはせず、しかしながら、勧誘は忘れない。


「私たち以外はほとんど兼部してるわよ」

「そしてそのほとんどが幽霊部員だけど」


 文芸部の部員二人が補足を加える。


「そうですね。またお邪魔させてもらうことになると思います」

「しにあがの更新、楽しみにしていますから!」


 雫は暗に入部する意思を示し、機嫌を取り戻した愛奈は三人を見て告げる。


「それでは、失礼いたしました」


 そして、雫たちがあっさりと文芸部の部室から出ていった。



 文芸部に、元の静かな時間が流れ始める。いつも通りの三人の時間。だが、どこか物足りなく感じてしまう。

 そんな思いからなのか、手元に集中できずに周りを見る。ふと、三人の目が互いに合い、誰からともなく苦笑が漏れた――


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