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瑞葉の学び舎⑫

「ふ~。演劇部も楽しかったね雫ちゃん!」

「ええ。全く違った自分になる。というのも貴重な体験でした」

「でもデュープくんの無双シーンまで進まなかったのは残念だったなぁ。勇者の剣技と賢者の魔法をかけ合わせて、都市を襲っていた魔族軍を制圧するところが面白いんだよ!」


 愛奈が身振り手振りを加え、俺スタの見せ場を嬉しそうに解説する。


「ふふっ、楽しそうですね。WEB小説も冒険活劇もあまり手を出したことはありませんでしたが、この機会だから読んでみようと思います」

「ほんとっ! あ、でも、そうしたら、これ以上話すとネタバレになっちゃうね。じゃあ、先の展開はナイショで!……ムンッ!」


 愛奈は真剣な顔をして、立てた両手の人差し指を口の前で交差させる。沈黙を意味するバッテンだ。


「ふふふっ。ええ、お願いしますね」


 その愛奈のかわいらしい動作に雫は思わず本当に笑ってしまった。



「そう言えば、雫ちゃんはどの部活に入るか決めたの?」

「わたくし、ですか……?」


 俺スタの話はネタバレになるのでこれ以上できない。そのため話題を転換し、入部予定の部活について聞いてみた。


「やっぱり雫ちゃんはお嬢様だから、華道部とか? それとも、茶道部とかも似合いそう~。わたし知ってるよ! 『結構なお手前で』って言ってお茶を飲むんだよね!」


 愛奈はドヤ顔で浅い知識を披露する。


「よく知っていますね愛奈ちゃん。しかしながら、この学校には華道部も茶道部もないんですよ」

「あれっ! 無いの? どっちも!?」

「この学校の良いところは親しみやすさですから。茶道や華道などの伝統文化に対しては興味を持たれる方が少ないのかもしれませんね」

「たしかに。雫ちゃんみたいなお嬢様はこの学校にはほとんどいないもんね」


 茶道部と華道部が無い理由に納得した愛奈であった。



「わたくし、小説を読むのが好きなのですが……いつか書いてみたいと思っていたんです」


 雫は一呼吸置いてから、やりたいことについて愛奈に話をした。


「ほんとっ!? どんな小説書くの?」

「恥ずかしながら、まだ書きたいと思っているだけで、具体的な案はないんですよ」


 雫は頬に手を当て、少し申し訳なさそうに話した。


「じゃあ雫ちゃんは小説を書く部活に入るの?」

「そうですね。まだ決めたわけではありませんが、文芸部に興味があるんです」

「そっか~。という事は、次は文芸部に行くんだね!」

「ええ、そうしましょう」


 愛奈と雫は文芸部が活動を行っている部屋に向かって行った。





◇◇◇





「おじゃましまーす……」


 愛奈はおずおずと文芸部が活動している一室の扉を開けた。


「んっ……おや、珍しい。ここは文芸部だが来るところは合っているかい?」

「ええ、文芸部に興味があって来ました」


 部屋の中から意外そうな声が聞こえ、雫が答えた。おそらく文芸部に尋ねてくる人は少ないのだろう。


「そうかい。それじゃあ歓迎しようかね。私は部長の佐倉だよ。いっひっひ……」


 ぼさぼさの長い黒髪。丸縁メガネとそれに大きくかかっている前髪。どこか魔女を思わせるような笑い方をする女性、部長の佐倉(さくら)(ねい)が歓迎してくれた。



「いやはや、こんな可愛くて明るい感じのお嬢さんがたが、この陰気な文芸部にくるとはねぇ……」


 部長の佐倉は愛奈と雫を見ながらしみじみと呟いた。


「雫ちゃんはお嬢様だから当然だよ!」

「愛奈ちゃんは愛嬌がありますからね」


 愛奈と雫は当然のようにお互いを誉めあう。しかし、佐倉の言葉に他の文芸部の部員が反応した。


「ちょっとー、文芸部が根暗の集まりみたいに言わないでよ部長」

「そーよ、うちの部がオカルト研究部に間違われるのは百パーセント部長のせいよ」

「言いたい奴には言わせておけばいいのさ。いっひっひ……」


 文芸部の部員から非難の声が上がるが、部長の佐倉は一向に気にせず、机に座ったままキーボードを叩き続けた。


「さて、この陰気な文芸部だが、大した活動はしていないよ。本を読むなり、文章を作るなり、好きに活動すればいい」

「お~、いっぱい本がある! こんなにあったら読み切れないね!」


 愛奈は所狭しと並べられている本を見渡す。


「歴代の文芸部員たちからの寄贈品さ。好きにやっている分、大した予算は降りなくてねぇ。だからこうして皆で本を持ち寄るのさ」

「よく見れば絶版となった文庫本もありますね。歴代の部員の思いが積み重なって……この部室そのものが一つの物語のようです」


 雫も部屋に並べられている本を見渡しながら呟いた。


「詩的だねぇ……私は古い本の価値はよく分からなくてねぇ。そのおかげで手狭になっても下手に捨てられなくて困っているよ」


 佐倉は雫の言葉に反応し、肩をすくめた。


「この本、分厚いけどタイトルがかっこいい! 『罪と罰』だって。ダークヒーローが悪い貴族に裁きをくだすお話かな!?」


 本棚を見ていた愛奈が一冊の本に興味を示した。


「愛奈ちゃん……それは世界的にも有名なロシア文学の古典ですよ。どちらかというと、ダークヒーローと思い込んで凶行を犯してしまった青年の、苦悩を描いた小説ですね」


 雫は苦笑しながら作品の概要を愛奈に伝える。


「ダークヒーローの苦悩……それはそれで面白そう! え~っと……うっ!」


 興味を持った愛奈は目を輝かせて本を開き、中をしばらく見た。その後、短くうめき声を漏らして本をそっと閉じた。


「どうしました愛奈ちゃん?」

「だって……中に文字がびっしりと書いてあって……」

「小説ですからね。愛奈ちゃんもWEB小説をよく読むんですよね?」

「でも~。漢字も多くて難しい言葉が多いんだもん~。わたしには無理だったよぉ」


 愛奈はがっくしと肩を落として本を棚に戻した。雫は苦笑したまま愛奈の事を見ていた。


「いっひっひ……最近の若者は平易な文章じゃないと読めないって言うからねぇ。WEB小説なんてその辺りが顕著だよぉ」


 佐倉は手元のノートパソコンに向かったままだったが、愛奈と雫のやり取りに反応して笑いかけた。


「佐倉さんは先ほどから何をされているんですか?」


 雫は佐倉に問いかけた。他の部員が静かに本を読んでいるのに対し、佐倉はキーボードをたたいたり、頭を捻ったりしていた。


「私は小説を書いているんだよ」

「作家さんだー。もしかして、なるんだーに投稿してるんですか?」


 佐倉はWEB小説について知っているような雰囲気を出していた。愛奈はもしかしてと思い、『小説家になるんだー』について聞いてみた。


「ああ、そうなんだ。『死に戻りした悪役令嬢。今度は好き勝手にやってやる~婚約破棄から敵国に嫁がされた私、いつの間にか聖女と崇められる~』というタイトルなんだが、知っているかい?」

「知ってます! 略して『しにあが』ですね! こんな身近に作者さんがいるなんて!」


 知っているタイトルが出てきたため、愛奈は興奮してしまった。


「こちらも、タイトルが長いんですね……」


 演劇部で聞いた『俺スタ』同様に長いタイトルに雫は苦笑する。


「なるんだーで異世界ファンタジーに並ぶ人気ジャンルが悪役令嬢なんだよ! いわれなき罪を押し付けられて国外追放されて失意のままに死んでしまった主人公が、記憶を持ったまま15歳の誕生日に戻って来たところから始まるの! 主人公は未来に起こる様々な危機を知っているから事前に対策するんだけど、そのせいで別の危機が発生したりするの! 主人公は降りかかる火の粉を払うだけって言いながら、結果として多くの人を救うんだけど、主人公にはその自覚がなくて、そのギャップもまた面白いの!」

「そ、そうなんですか……」


 愛奈は目を輝かせ、熱量高く、雫にしにあがの概要をまくしたてる。雫は愛奈の熱量に引き気味に相槌を打つ。


「いやぁ、照れるねぇ」


 愛奈の熱量に佐倉が照れた様子を見せた。そんな愛奈たちの様子をみて部員たちが話しかける。


「知ってる? この人って作者名が『明るい筋肉犬』なのよ」

「絶対根暗なの気にしてるよね~」

「うるさいなぁ。君たちは黙って静かに小説でも読んでいたまえ」


 佐倉は口をへの字に曲げて部員たちに文句を言う。部員たちは適当に生返事を返して読書に戻った。



「それで、君たちは書く方と読む方、どちらに興味があるかい?」


 佐倉が手を止めて視線を上げ、愛奈と雫を見て問いかけた。


「ああ、ええと、それはですね……」

「書く方! だよね、雫ちゃん!」


 言いよどみかけた雫ときっぱりと言った愛奈。


「ほう! 書く方かい。他の部員は書く方に興味がないみたいでねぇ。私も寂しいと思っていたんだよ」

「そう、でしたか……」


 佐倉は雫の方に身を乗り出して聞いてきた。対して雫はなおも言いよどんでいた。


「あっ……ご、ごめん雫ちゃん。勝手に言っちゃって……」


 雫の様子を感じた愛奈が、己の早とちりを察してしゅんとする。


「ふふっ、いいんですよ愛奈ちゃん。なにも書いたことが無かったので、人に言うのを物怖じしていただけです」

「ほんと……?」


 愛奈は叱られた子どものように身を丸めたまま、上目づかいで雫の様子を伺う。


「謝らないでください。小説を書きたいとは、今まで恥ずかしくて言えませんでした。ですから、背中を押してもらえたような気分なんですよ。愛奈ちゃん」


 雫はそう言って愛奈の頭に手を置き、髪を優しくなでた。


「そっか……それなら、良かった」


 愛奈はニカッと笑った。


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