瑞葉の学び舎⑪
騒がしかった多目的ホールが静かになる。その静かさにそこにいる人たちの緊張が否応なしに高まり、一人の人物に注目が集まる。
常人ならば緊張により身体がかたくなる状況。しかし、注目を集めた人物は平然とし、手に持った台本のセリフを朗々と読み上げる。
『知らない天井だ……は、いいとして。やれやれ、ここは一体どこなんだ? 教会で選定の儀式を受けていたはずなのに』
セリフを読み上げたのは神宮寺。彼は今、通称『俺スタ』と呼ばれる作品の主人公であるデュープを演じている。
『宰相よ、異世界から勇者を召喚する儀式は成功したのか?』
『宮廷魔導士たちは確かに召喚したと言っております。陛下』
続いて声を上げたのは陛下と呼ばれ、国王を演じる志波。それと宰相を演じる体験入部に来た男子生徒。
三人は俺スタの序章、王国からの追放劇を演じる。
(おお~! 俺スタに声が付いてる! ボイスドラマだよ!)
演劇部の部長である志波はさることながら、神宮寺と男子生徒の演技も役に入り込んでいる。愛奈は好きな作品に音声が付いたことに心の中で声を出して感激した。
『父上ではないか! なぜここに?』
『デュープ! 余のことは陛下と呼べと言っているであろう!』
『あっ……申し訳ありません。陛下……』
(デュープくんは前世で親に恵まれなかった。だから親に憧れて父上と呼んじゃう……でもそれは許されない行為。うぅ~、わたしも親がいないから気持ちが分かるよぉ)
デュープの身の上の設定を思い出し、愛奈はつい涙が出てしまいそうになる。
『陛下……勇者の姿が見当たりません……』
『バカな! ここにはデュープしかいない。貴様、ここで何をしていた!?』
『俺は教会で選定の儀式を受けておりました。なぜここにいるかは俺にも分かりません……そうだ、俺は儀式で何を授かったんだ? 〝ステータスオープン〟!』
『なっ! なんだその気味の悪いステータス画面は!?』
『もしや、デュープ王子は勇者召喚の邪魔をしようとしたのではないでしょうか。あれほど酷いステータス画面は見たことがありません。神罰としか考えられません!』
『デュープ! これまで育ててやった恩を忘れ、この余に仇を成すか! ええい、貴様をこの国から追放する! 兵たちよ! こ奴を捕らえろ!』
(国王はデュープくんの母親を毛嫌いしていた。だからデュープくんにも辛く当たる。分かっていても可哀想だよぉ)
愛奈はこの作品を何回も読み返していた。そのため、序盤の展開はもう頭に入っている。それでも声が付くとまた違った感情が呼び起こされる。
『待ってください陛下! 俺は何も……くっ、離せ! 離せー!』
こうして――王子デュープの追放という、壮大なる物語の幕開けが終わりを告げた。
◇◇◇
『「降りろ! グズグズするな!』
『痛てっ! ここは……森か。どこの森だ?』
『ここは国境付近の魔の森だ。貴様は国外追放と決まった身。ここより戻ることは許されん。分かったら森を奥に進むがいい!』
『来た道は兵士が監視している……奥に進むしかないか』
(王国を追放されたデュープくん。でもそれが運命の出会いをもたらす。そろそろポリンの出番だから集中しないと!)
俺スタの話は進み、魔の森での出会いのシーンとなる。愛奈は台本を見ながら自分のセリフの番になるのを待つ。
『魔の森と聞いていたが案外普通の森だな……と思ったが遠くから声が聞こえるな? これは悲鳴か!? あっちか!』
『出でよ! アイスニードル!』
(雫ちゃん上手っ! すごくウィンディちゃんっぽい!)
雫がウィンディとして初めてセリフを読み上げる。俺スタを知らなかった雫だが、台本を読んでキャラクターの特徴をしっかり掴んでいたようだ。
『数匹倒せましたが、ゴブリンはまだまだいますわね……』
魔の森の中、ウィンディとメイドのポリンがゴブリンたちに襲われるシーンとなる。
『姫様~。私の事は置いて逃げてください~』
愛奈がポリンとして初めてのセリフを話す。やはり神宮寺や雫と比べると素人っぽさが出てしまう。そのことに愛奈は恥ずかしくなり、セリフを話す声量が少し小さくなってしまう。
『バカを言わないでポリン! 高貴なるものとして、見捨てる訳にはいかないわ!』
雫の迫力あるセリフに、愛奈は思わず雫の方を見る。雫も顔を上げて二人は目が合った。
『でも、私は足を怪我して……動けません~。このままでは、ただの足手まといですぅ~』
目が合った際、雫は微笑んでいた。今はただの体験入部なのだ。上手い下手を気にするような段階じゃない。
(それよりも雫ちゃんと一緒に声を合わせてお芝居できるのが楽しいっ!)
そう考えたら自然と声量も上がり、愛奈は思ったよりもいい感じの声が出たことを感じた。
『ウィンドカッター! 本当に数だけは多いっ!……っ! 死角からゴブリン!?』
『てやぁっ! 君たち、大丈夫かい!?』
ウィンディはゴブリンに襲いかかられあわやというところで、主人公であるデュープがゴブリンを切り伏せる。二人の出会いのシーンとなる。
『あなたはっ!?』
『今はそれより、このゴブリンどもをなんとかしましょう!』
『ごもっともですわ。ならば、剣を持っているあなたは前衛をお願いいたします!』
『ああ、任せてくれ!』
雫と神宮寺の掛け合い。息も調子もぴったり合っている。
『お二人とも! ゴブリン以外にも何かきます~!』
メイドのポリンのセリフ。協力して順調にゴブリンを倒していたところに新手が現れるシーンだ。
『あれは……タイラントボア!?』
雫が演じるウィンディが新たに現れた強力な魔物の名前を告げる。
『さすがにあれを相手にするのは危険だ! 今すぐ離れよう!』
『だめよ! ポリンが動けないもの!』
『なにっ! あのメイドの子か!』
神宮寺が演じるデュープが離れることを提案する。だが、メイドのポリンが動けないため、タイラントボアと戦う事を選択する。
『申し訳ありません~』
(さっきまでは恥ずかしかったのに、今は……なんだか楽しい! これが、お芝居の面白さなのかも!)
愛奈はポリンとして謝罪のセリフを言う。それだけだが、なんだが自分も一緒に物語を作り上げてるる感じがして楽しくなってきたと愛奈は笑う。
『来るぞっ!』
『なんとか足止めだけでも……フロストブリザード!』
『姫様の魔法でもタイラントボアが止まらないです~!』
(タイラントボアが迫り、三人がピンチに陥る……でもそこでデュープくんが覚醒する!)
ここが作品の最初の山場であり見せ場。そのことに愛奈は興奮気味に次の神宮寺のセリフに注目する。
『どうすれば……いや、これは!? 剣に魔を切り裂く力が集まる! どこを斬ればいいかが分かる!……そこだぁ!』
神宮寺の迫真に迫る演技。声だけなのに周りを圧倒する力が宿っている。
「すっご!……あっ! すごいです~! あのタイラントボアを一撃で斬り伏せるなんて~!」
愛奈は思わず素で声が出てしまい、慌てて語尾をポリン風に直す。
『素晴らしい一撃でした。私はハエアータ帝国の第四王女ウィンディ。あなたの名前を聞かせてもらえないかしら』
『俺は王国の……いや、ただのデュープだ。これからはあなたの騎士だ!』
『私の……騎士?』
『ああ、いや! 済まない! つい口から言葉が出てしまった! 不快であったなら――』
『「ふふっ、ふふふっ……私のような呪われた醜い王女に騎士なんて……』
『そんなことは無い! 君は綺麗だ!』
『んなっ……あなた、初対面の人にそんなことをおっしゃるのですか……』
『あっ! そんなことはっ! でもあなたが綺麗なのは本当だ!』
『姫様~。顔が真っ赤ですよ~』
『お黙りなさいポリン!』
こうして――王国を追われた元王子デュープと、帝国の呪われし王女ウィンディの邂逅が果たされる。後に語られる壮大な叙事詩は、ここから静かに始まったのだった。
◇◇◇
「うむ、うむ! 皆、素晴らしい演技であった!」
志波が台本を閉じ、全員に先ほどまでの演技を褒めたたえる。体験入部としてのセリフ合わせはここで終わりとなる。
「面白かったね雫ちゃん! 雫ちゃんが演じたウィンディちゃん。なんかこう威厳があって、すごく合ってたよ!」
「愛奈ちゃんが演じたポリンも似合ってましたよ」
「えーっ! わたしポリンちゃんほどドジじゃないって~」
ポリンと言えばそそっかしいとかドジとか、そういった面が思い浮かんだ。そのため愛奈はポリンと違うと腕を振って否定する。
「ふふっ、そうですね。愛奈ちゃんの方がかわいいですね」
「そんなこと無いってば! も~、雫ちゃんってば~」
愛奈は雫のお世辞に照れ臭くなる。いくらなんでも自分が大人気作品のサブヒロインよりかわいいとは思えなかった。だが、それでも敬愛する雫に褒めてもらえて気分が良くなる愛奈。
「そうだよ。朝丘さんはかわいいから、もっと自信を持っても良いんだよ」
「ししし、神宮寺くん!」
愛奈はいきなり神宮寺にも容姿を褒められて大いに焦りだす。
(うわ~! 気障っぽい言葉も神宮寺くんが言うと全然違う! でもファンクラブの人たちが怖いからヤメテ~!)
またあの殺気を乗せた視線に晒されるのは御免こうむりたい愛奈は、とりあえず神宮寺にお礼だけ言って離れようとタイミングを見計らう。
「あ、あ、ありがとうございまひゅ……」
「ふっ、ふふっ。そういうところもかわいらしいね」
(噛んだー! わたしのバカ~! これじゃポリンちゃんよりドジじゃん~!)
お礼を言うだけなのに噛んだ。それにより脱出のタイミングを逃してしまった。
(あああっ、どうしよう! どうしよう~!)
愛奈はファンクラブの人たちを刺激せず、かつ神宮寺と円満に離れる方法を考えようとするが、全くいいアイデアが思い浮かばない。
「良かったですね愛奈ちゃん。では神宮寺さま、わたくしたちはこれで失礼させていただきます。では行きましょうか、愛奈ちゃん」
「あっ、うん! 神宮寺くん、ありがとうねっ! 志波さんも体験入部楽しかったです!」
雫が助け舟を出してくれた。愛奈はそれに乗り、自然な形で神宮寺の近くから離れることに成功した。
「さらばだ、可憐なる乙女たちよ! この舞台の幕が再び上がるその時に、再び相まみえることを期待しているぞ!」
愛奈の別れの挨拶に志波がマントを翻しながら答えてくれた。
「それじゃ行こっか、雫ちゃん!」
愛奈は雫を伴い、やや足早に多目的ホールを後にした。
「ふぅ……逃げられてしまったか」
愛奈たちが多目的ホールから出た後、残っていた神宮寺が周りに聞こえない音量で呟いた。
(見ていて分かったが、あの子は容姿に比べて自尊心が低い。程よく褒めて、肯定してあげれば靡くかと思ったが……)
しかし、周りが彼女を支えている。そして厄介なことに自分を警戒している。
(一筋縄ではいかないか。でも問題はない。まだまだ時間はあるのだから……)
そう思い、神宮寺は歩き出した。
「し、神宮寺様!? 行くぞ、お前たち!」
護衛に着いていたファンクラブたちが慌てて神宮寺の後を追って行った。




