瑞葉の学び舎⑩
音楽室を後にした愛奈と雫。二人は渡り廊下を使って多目的ホールに移動していた。そこでは複数の人が芝居がかった声を上げていた。いや、実際に芝居をしているのだ。
「やあやあ、可憐なお嬢さんがた! この演劇部によくぞいらしてくれた! 私は部長の――志波・フレデリク・ヴァン・ホッセン・イサム! ……と呼ばれていた時代もあったが、今はただの志波だ!」
志波が良く通る声で愛奈と雫を出迎えた。男性部員のセリフ通り、愛奈と雫は演劇部を訪れていた。
「衣装かっこいい~! よろしくお願いします!」
志波は金の刺繍が施された深紅のマントを羽織り、まるでヨーロッパの貴族のようだった。その衣装に愛奈は目を輝かせる。
「ありがとう。我が部は衣装にも力を入れているからね。体験入部として、ある劇のセリフ合わせを一緒にやってみようと思っている!」
志波がマントを翻しながら体験入部の内容を説明する。しかし、愛奈はピンと来ていなかった。
「愛奈ちゃん、セリフ合わせは台本を持って声に出して読むんです。セリフの確認をしながら、登場人物のイメージを共有する感じですね」
雫が補足を入れ、愛奈はセリフ合わせが何かを理解する。
「しばしの時間、我らと共にいてくれるならば、そなたたちにこの台本を授けよう!」
志波が芝居がかったセリフと共に台本を二冊とり、雫たちに渡そうとする。
「あら、これは……」
「わたしたちはそのためにここに来た! この台本、確かに受け取った!」
困惑する雫に対し、愛奈はノリノリで台本を受け取った。愛奈と男性部員は無言で見つめあい、そしてうなずいた。お互いに何か通ずるものがあると確信したようだ。
「今のは、なんでしょう。愛奈ちゃん……」
「何って、体験入部のお誘いだよ。雫ちゃん」
「そう、でしたか。あそこまで大仰に言うので意味を図りかねました」
先ほどのやり取りの意味を今度は愛奈が補足した。
「これが台本か~。あ! 『異世界転生召喚チート無双 ~前世を持つ俺が勇者召喚された件。重複表示のステータスがバグって見えたせいで追放されたけど国が傾き今更戻ってこいといわれてももう遅い! だって複数の最強職業を使いこなし大切な仲間と自由気ままにスローライフを満喫中~』だ!」
「これはタイトルでしょうか……? ずいぶん長いタイトルに見えますね……」
タイトルの文量に戸惑いを隠せない雫。台本の表紙を見ながら目をぱちくりさせている。
「略して『俺スタ』だよ雫ちゃん。『小説家になるんだー』で人気のWEB小説なんだ! タイトルの長さも『なるんだー』だとそんなに珍しくないよ」
「そう、ですか……小説は読む方だと自負していましたが、世間にはまだまだ知らない作品が多くありますね」
「異世界転生、召喚、チート、無双、追放、ざまぁ、スローライフ! なるんだーで人気の要素をハイクオリティにミックスした傑作だよ!」
愛奈が興奮気味に作品について語る一方で、雫は台本をめくって中を確認する。だが、その困惑はまだ消えていないようだった。
「はいはい! わたし主役の『デュープ』くんをやりたいです!」
「ほう! 主役のデュープが男だと知っていて立候補か、だが問題はない! そこのボードに名前を記入してくれ! 時間になったら最終的に役を決めるのでそこまで待ってくれ!」
「分かりました!」
愛奈は示されたホワイトボードに向かう。そのボードには登場キャラクターの名前と、その下に演者の名前が記載されていた。
「デュープくんに立候補している人はまだいないみたい! このままだとわたしがデュープくんだね! 『ん? 職業が王子なのは確認した! なぜこんなに強いんだっ!? だって……? 残念だったね。君が盗み見たのは僕の持っているステータスウィンドウの一つだけだからだよ』……むふ~ん!」
愛奈はデュープになりきってノリノリでポーズを取りながらセリフを話す。
「おっと、名前を書かないとね~。うっ……文字が崩れた! あはは、でも気持ちは込めたから大丈夫だよねっ!」
意気揚々と名前を書き込んだ愛奈。ちょっと雑な文字になってしまったが気にしない。そしてボードを一瞥し、他のキャラクターの候補者の人数を確認した。
「雫ちゃん! メインヒロインの『ウィンディ』ちゃんの役もまだ空いてるよ! 一緒にやろっ!」
「わかりました愛奈ちゃん。一緒にやりましょう」
「やったぁ! ウィンディちゃんはハエアータ帝国のお姫様だから、雫ちゃんにぴったりだよ!」
愛奈は大きな動作で雫を招き寄せ、雫がボード近くに来たところでペンを渡した。
「ここに名前を書くんですね」
雫はそう言って綺麗な文字で名前を書いた。愛奈は自分の文字と雫の文字を見比べて、ちょっと恥ずかしくなった。
「まだ役に空きがあるけど、そろそろ時間だね。雫ちゃん」
「ええ、そうですね愛奈ちゃん。この内容……職業が賢者とはどういうことなのでしょうか? 収入は冒険者の活動で得ているようですし……ですが、活動内容としては魔物ハンターという方が実態に即している気が……?」
愛奈と雫は台本を読みながら最終的に役を決める時間になるのを待つ。雫はなるんだーのお約束が分からず、疑問符を浮かべながら台本を読んでいた。
多目的ホールは演劇部の部員が思い思いにセリフの練習をしており騒がしい。しかし、急に多目的ホールの外の方が騒がしくなる。
「賢者は魔法使いの上級職だよ。冒険者は強い魔物と戦うため、危険と分かっていても挑戦する勇敢な人たちのことだよ! って、なんだか外からも人の声が……」
愛奈は雫の疑問に答えていたが、ふと外から聞こえてくる声が気になった。愛奈は何となく既視感のようなものを感じたが、思い出すよりも先に既視感の正体が判明する。
「ここが多目的ホールかい? へぇ、演劇部は衣装もなかなか凝っているね」
「神宮寺くん!?」
学園の王子こと神宮寺清彦が、ファンクラブを引き連れて多目的ホールに現れた。
「やあ、朝丘さん。それから上水流さん、奇遇だね。君たちも体験入部を楽しんでいるようだね」
神宮寺はクラスメイトである愛奈と雫を見つけ挨拶を行ってきた。だが、同時に護衛として周りを固めているファンクラブの視線も集まる。
「ごきげんよう、神宮寺さま。わたくしたちは演劇部の体験入部を楽しもうとしているところです。わたくしのような素人の拙い演技をお見せするのは恥ずかしいです」
「そんなことは無いさ。始めは誰だって素人だよ。僕だって演技に関しては素人だしね」
「そうでしょうか? 先月の展示会で発表したプレゼンテーションは、聴衆を魅了したと伺っておりますよ」
「あれは製品や資料を作成してくれた社員たちのお陰だよ。それに演劇とプレゼンでは全く違うものさ」
「台本を元にして、見ている人の心に届くように全身を使って訴えかける。演劇もプレゼンも似たようなものではないでしょうか」
「そうでもないさ。ふふふ……」
「そうでしょうか。ふふふ……」
神宮寺に挨拶された愛奈と雫。雫が一歩前に出て挨拶を返し、そのまま世間話のようなものを続ける。
(な、なにこの会話……なんか頭良すぎて全然ついていけない……!)
愛奈は挨拶を返すタイミングを失い、会話の内容もよく理解できなかったため、そのまま固まってしまった。
「やあやあ、君が噂の神宮寺くんか! この演劇部に来てくれるとは光栄の至り! 私は部長の――志波・アンドルフ・フォン・イ・サム! ……と言いたいが、志波と呼んでくれればよい!」
神宮寺と雫がお互い微笑みあっていたが、なんだか近寄りがたい空気に動けずにいた愛奈。だが志波がその空気を読まず神宮寺たちの間に割って入った。
「我が一座に一時的に加わる栄誉を頂けるのであれば、この叡智の書を汝に預けよう!」
「台本をありがとう部長さん。せっかくだからご一緒させてもらうよ。ねっ」
(うわぁ! 神宮寺くんがわたしの方を見た!……って雫ちゃんか)
台本を受け取った神宮寺は体験入部に参加する意思を示した。その際に愛奈の方を向いた。一瞬ドキッとした愛奈であったが、隣に雫がいたのでちょっと落ち着いた。
「セリフ合わせだね。さて、どの役がいいかな……」
「神宮寺様なら主役がふさわしいかと!」
神宮寺は台本をぺらぺらとめくりながら呟く。その呟きにファンクラブの一人が断定的に答える。
「そうだね……うん、そうしようか」
神宮寺はファンクラブの答えに少し思案する様子を見せた。ちらりとボードの方を確認した後、提案を受け入れることに決めたようだ。
「おや、先約がいるようだ。この場合はどうなるのかな、部長さん?」
役を決めるホワイトボードを見た神宮寺は、すでに主役に立候補している人がいることを確認し、志波に尋ねた。
「立候補者が複数いる場合は、話し合いで決めてもらう! どちらも譲らなければクジで決めることになる!」
志波の答えに納得した神宮寺は、すでに主役に立候補していた愛奈の方に近づいてきた。
(うわわっ! 神宮寺くんがこっちに来たー!)
愛奈は神宮寺が近づいてきたことにどぎまぎしてしまう。
「ということだけど、どうしようか朝丘さん。主役のデュープは男の子だし、王子という設定だから僕の方が合っていると思うけど」
「知らない作品の主役をやるのは難しいんじゃないかなって思うよ……って、神宮寺くん、知ってるの!?」
愛奈は主役を譲る気は無かった。いくら神宮寺とはいえ、知らないキャラをいきなり演じることはできないだろうと、そう考えていた。
「俺スタなら知ってるよ。なるんだーは最近アニメ化される作品も多くあるしね。小説はあまり詳しくないけれど、流行りのサブカルはチェックしているんだ」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
しかし、神宮寺は作品の事をちゃんと知っているようだった。そのことに虚を突かれた愛奈は生返事になってしまった。
「それで、朝丘さん。君と少し話をさせてもらっても、いいかな?」
「えっと……そのぉ~」
(うわわぁっ! 顔っ、近い! てか話ってなに!? って今は役の話だよ! 意味深に言わないでよ~イケメン眩し過ぎる~!)
神宮寺が身を乗り出して愛奈に話しかけた。愛奈の視界にイケメンが大きな割合を占める事となり、思わず愛奈は身を反らして一歩下がる。
しかし、愛奈の心拍数は急上昇し、自分でも分かるくらい鼓動の音が激しく感じられる。耳と心臓が直結したと錯覚してしまうほど心音が間近に聞こえてしまう。
(こっ、これは……このうるさいほどのドキドキは、はじけそうなくらいのバクバクは……そう――!)
愛奈の視界は依然、イケメンが大きな割合を占めている――しかし、そうでない箇所に映る四対の光。
(恐怖だぁぁぁ! ファンクラブの人たちの眼が怖すぎるよぉぉぉ!)
四対の光、それはファンクラブの眼光。隠すことなく発せられる殺気をビンビンに乗せて愛奈を射抜き、グサグサと突き刺してくる。
「わっ、わたしは、別にいいよっ。神宮寺くんがやるって、言うなら大丈夫だよっ」
愛奈は激しくなる動機をなんとか抑えつつ、言葉につっかえながら神宮寺に返事をする。
「んっ?……ああ、彼女たちか」
愛奈の様子を訝しんだ神宮寺が後ろを振り向き、ファンクラブたちの行動を察した。
「君たち。少し大人しくしていてくれないかい?」
「「もっ、申し訳ありません!!」」
ファンクラブたちが一斉に頭を下げた。神宮寺は口調こそ穏やかなものであったが、そこには有無を言わせぬ何かがあった。
「済まないね朝丘さん。役を奪うような形になってしまったね。代わりと言ってはなんだが、朝丘さんがヒロインのウィンディをやってみるのはどうだい?」
「えっ!? えっと、それは……」
(神宮寺くんの言う事だから受けた方が良いのかな!? でもすでに雫ちゃんがいるのに、なんでわざわざそこに入れようとするの!? なにがしたいの~!?)
神宮寺の提案に愛奈は混乱する。メインヒロインのウィンディの役には雫の名前がすでに書いてある。さっき神宮寺はボードを確認したのだから知らないはずがない。愛奈は神宮寺が何をしたいのかが全然分からない。
「お言葉ですが、ウィンディ役にはわたくしが立候補しています」
「おや、そうだったかい。なら上水流さんには――」
「愛奈ちゃんでしたらメイドの『ポリン』が合っているかと思いますよ」
雫は神宮寺の言葉を遮って愛奈に新しい役を推薦した。神宮寺の言葉を遮ったことによりファンクラブたちの気配が険しいものになる。
(な、なにこの空気! 周りの人たちが遠巻きに見てるよ! わたしもそっちに回って傍観者になりたい~。けど、雫ちゃんをおいては行けないよぉ)
愛奈はこの険悪になっている雰囲気に耐えられずそわそわしてしまう。
「ふむ! ウィンディ付きのメイドのポリンか! そそっかしくも愛らしいキャラクターだ! 確かに彼女には合いそうだな!」
「わたしそんなそそっかしくないで……あっ! いや、そそっかしい……でぇすっ! ポリンです! わたしポリンちゃんやりたいです!」
そこに空気を読まない志波が声を挟んだ。愛奈はそそっかしいと言われ、つい否定しようとしてしまった。だが、この険悪な空気を思い出し、逃げるために全力で志波に便乗することにした。
「ふふっ、愛奈ちゃんはポリンで決まりですね」
「どうやらそのようだね」
雫の宣言に神宮寺はあっさりと同意した。こうして、各キャラクターを演じる役が決まった。




