瑞葉の学び舎⑧
部活動の体験入部の初日は、愛奈が血を吐いたことによる騒動で終わってしまった。そして、今はその翌日の放課後、体験入部の二日目である。
「昨日は大変だったね愛奈っち~。一時はホントに救急車を呼びそうになっちゃったし」
「……くくくっ。愛奈はどこでも騒がせてくれる……」
「もぅ! 半分は伊吹ちゃんのせいだよ! 体操服の洗濯、大変だったんだからねっ!」
響華、伊吹、愛奈の三人は教室で昨日の運動部巡りの出来事を話しており、愛奈はぷりぷりと怒っていた。そして、そこに雫がやって来た。
「あら、お三方。楽しそうですね。昨日何があったのでしょうか?」
「あっ、雫ちゃん! もう聞いてよー……」
話の内容が気になったようで、雫が声をかけてきた。愛奈が愚痴混じりに、昨日の出来事を雫に話し始める。
「昨日、運動部巡りってことでバスケ部の後にバレー部にも行ってね。そのときにボールが〝べしん〟って顔に当たっちゃってさぁ」
「まぁ! 大丈夫でした? 愛奈ちゃん」
ボールが顔に当たったと聞いて愛奈の心配をする雫。
「あ、うん。大丈夫だよ。でもそれで、その鼻から……血が出ちゃって……」
「…………」
乙女として鼻血が出たとは大っぴらに言いたくないため、少し恥じらいながら話す愛奈。そして、その話を聞いていた伊吹が無言で席を立った。
「あら、どちらに行かれるおつもりですか?」
「……ちょっとトイレに……」
「愛奈ちゃんの話がもう少しで終わりますから、待ってくださいね」
「……え、いや、ちょっと。あっ、肩が痛い、です……」
伊吹の肩を後ろからつかんだ雫。その細腕からは想像できない握力で肩を掴まれた。伊吹は引き剥がそうとしたが、びくともしない。伊吹の頬に冷や汗が流れ始める。
「それでね。伊吹ちゃんが〝バレーだから下を向くな〟って言ってきて、それでわたし上を向いたの。そしたら喉の奥にビュってきて、思いっきりゲホッゲホッってしちゃって、その……咳と一緒に血が、出ちゃって……」
昨日の事を恥ずかしそうに話す愛奈。その姿は非常に愛らしいものだと微笑む雫であったが、その内容は看過できない言葉が含まれていた。
「つまり、伊吹さん。あなたは鼻から血が出ていた愛奈ちゃんに上を向くように仕向けた、という事でよろしいでしょうか?」
雫が微笑みながら伊吹に問いかける。伊吹からは後ろにいる雫の表情は見えなかったが、肩越しにどす黒いオーラが漂っているように感じられた。
「……え、いや、あたしは愛奈にバレーの心構えを伝えただけで……」
「つまり、言ったという事ですね」
雫の腕が伊吹の肩越しに伸びた。そして雫は掌全体で伊吹の顔面を鷲掴みにする。
「……あ、いや、そうじゃなく……あがっ……!」
「上を向くと血液が喉に流れてしまい、窒息や嘔吐の原因になる可能性があると分かっていながら、言ったんですね」
雫の指先に力が入り、伊吹は自身の頭に雫の指がめり込む感覚と共に痛みに襲われる。アイアン・クローである。
「……きょ、響華~。へるぷ~……」
「あーしが戻って来た時、伊吹っちニヤついてたじゃん。サーブ失敗して愛奈っちに文句言われて、そのことのお礼だって呟いてたっしょ」
「……なぜそれを……はっ! あーだだだっ……!」
響華に助けを求めたが、逆に響華に指摘されて思わず白状した伊吹。それを聞いた雫は掌に更なる力を込めた。
「ふっふーん! うっかりさんだね伊吹ちゃん! 雫ちゃんの制裁を受けるがいい!」
いつも伊吹によってうっかり変な事を言わされてからかわれる愛奈。今日は伊吹が口を滑らせて痛い目を見ている。そのことに愛奈はご満悦だ。
「……おのれ愛奈~、響華の裏切者~! いだいいだい、いだだだだっ……!」
「さすがにあれは伊吹っちが悪いっしょ」
「情報ありがとうございます。響華さん」
「あ~、うん……ま、まぁ、ほどほどに、ね。雫っち」
「やっちゃえ~、雫ちゃん! 正義の執行だ~!」
たおやかに微笑む雫。しかし、その細い腕の先では普段の態度からは想像できないほど痛みに叫びをあげ、顔をゆがめている伊吹がいる。
そのギャップに響華はドン引きする。そして、雫だけは怒らせないようにと心の中でひっそりと誓った。
「……ふおぉ~、脳が、脳が二つに割れた気がぁぁ……!」
「人間ならみんなそうっしょ……」
雫のアイアンクローからやっと解放された伊吹。頭を抱え机に突っ伏して残った痛みに耐えていた。
心配そうに見ていた響華だが、案外大丈夫そうなので伊吹のセリフは適当に流した。
「悪は裁かれましたよ、愛奈ちゃん!」
「小悪党の伊吹ちゃんもこれで改心するね! ありがとー、雫ちゃん!」
一方の雫と愛奈は熱く抱き合っていた。愛奈は無邪気に抱きつき、一方の雫は、頬を染めながらどこか熱を帯びた吐息をこぼしていた。
「……ぐぎぎ、愛奈め~。許すまじ……」
「そこで雫っちには行かないのね。気持ちは分かるけど……」
二人の世界に入り込んでいる愛奈と雫を睨み、愛奈にのみ恨み言を言う伊吹。直接手を下した雫に恨み言を言わない理由を響華は何となく察した。
「……じゃあ、あたしは帰る……」
頭の痛みがやっと治まった伊吹は、家に帰ることを愛奈たちに告げた。
「あれ、伊吹っち帰るの?」
「……今日は家の用事。放り投げたい……」
伊吹は哀愁漂う雰囲気をまといながら呟いた。
「じゃーねー伊吹ちゃん! ちゃんと足を洗って真人間になるんだよ!」
「……あたしは元から真人間だー。調子に乗るなよー愛奈。覚えておけー……!」
愛奈の勝ち誇った顔を見た伊吹は顔をしかめ、捨て台詞と共に教室から出ていった。
「じゃあ今日も運動部を巡りに行くっしょ!」
響華はそう宣言したが、愛奈と雫の反応はいまいちだった。
「ゴメン響華ちゃん。わたし、今日は雫ちゃんと一緒に文化部の方を回る約束したの」
「文化部の方であればご一緒できますが、いかがしますか?」
そう言われて少し悩んだ響華。
「あーし、文化部には興味ないからなぁ。やっぱり運動部の方に来ない?」
「体操着は昨日洗ったばかりで乾いてなかったから、今日は持ってきてないの。だから運動部の方には行けないよ」
「伊吹っちのせいかー。あーしも一発どついとけばよかった!」
愛奈に再度断られた。その原因となった伊吹はもういない。響華は伊吹が出ていった教室の扉を睨みながら恨み節を吐いた。
「しゃーない。別のグループ誘って運動部巡るかー。でも、愛奈っちにフラれて寂しいよ~」
「ホントにゴメンね、響華ちゃん」
響華に寂しいと言われ、罪悪感が湧く愛奈。
「あ~ん、慰めてぇ愛奈っち~」
「うわぁ! きょ、響華ちゃん!?」
響華が愛奈に抱きついてきた。わざわざしゃがみ込み、顔を胸に沈めて頬ずりし、愛奈の豊満な胸を堪能する響華。
「響華さん、少しわざとらしいのでは?」
雫は冷え切った眼で響華を見つめる。
「えーいいじゃん、雫っちだってさっき抱き合って堪能してたっしょ」
「こほん……まぁ、少しくらいなら仕方ありませんね……」
なにがとは言わないが、心当たりのある雫。響華に指摘されて雫は引き下がった。
「も、も~しょうがないなぁ。響華ちゃんも甘えん坊さんなんだからぁ」
若干セクハラまがいに抱きつかれているが、愛奈はお姉さんぶりながら響華を積極的に受け入れる。
「愛奈っちの胸はいいね~。どれちょっと……ん~この弾力! やっぱ愛奈っちのは格が違うわ~」
「うひゃぁ! あんっ!……ちょ、ちょっと! 響華ちゃん!」
響華は愛奈の胸にある豊満な二つの果実を鷲づかみしてその柔らかさを堪能する。愛奈はちょっと変な声が出てしまい、顔を赤らめて慌てだした。
「じゃ、愛奈っち成分を補充できたから、あーしはこれで。じゃね~」
愛奈が慌てている隙に響華は離れ、そのまま素早い身のこなしで教室から出ていった。
「う~。響華ちゃんのえっち~」
愛奈はドキドキする心音を務めて抑えながら、少し乱れた服を元に戻す。
「逃がしてしまいましたか……」
雫は響華が出ていった扉を見つめながら、底冷えするような声で小さく呟いた。
「どうかしたの雫ちゃん?」
「ふぅ……何でもありませんよ。さ、愛奈ちゃん、気を取り直して文化部の方を回りましょうか」
「うん! そうだね。一緒に行こっ!」
こうして愛奈と雫は文化部を巡るため、一緒に教室から出ていった。




