瑞葉の学び舎⑤
青チームの青木は、目の前で腕を広げて目を鋭く光らせる愛奈の頭上を通して悠々とパスを出す。
「小さい子の上を通すのは楽だねぇ!」
これ見よがしに声を出した。試合前にあれだけ敏感に反応していたので、今回も面白い反応が見れると思った青木。しかし、愛奈は意に介さず、黙々とディフェンスを行っていた。
「ちっ! ほら、さっさと決めちゃえって!」
面白くないと感じた青木は他の青チームのメンバーに発破をかける。その声に釣られてか、青チームの選手が強引にシュートを放つ。
「甘いぞぉ!」
だがそのシュートは百瀬によって弾かれる。弾かれたボールは青チームの選手が取り、素早くシュートを放つ。
「百瀬先輩本気でブロックしすぎでしょ……よっ!」
「こっちも甘ーい! ってね」
青チームの選手のシュートは今度は響華がブロックした。
「モモちゃん先輩も響華ちゃんもブロックうまーい!」
二連続のシュートブロックに愛奈が歓声を上げる。
「連続で防がれてるんじゃねーよ」
「だったらあんたが決めなさいよ、青木!」
シュートを連続でブロックしたが、ルーズボールはまた青チームが拾い、青木に渡される。そして青木前にはディフェンスとして腰を落としながら腕を広げる愛奈がいた。
「はっ! そんなの楽勝だろっ!」
そう言って青木はシュート体勢を取る――が、そこで動きを止めた。
(ちっ……フェイントには引っかからないか)
背の低い愛奈がシュートを止めようとするならば先に跳ぶ必要がある。青木はそれを誘ったが愛奈は乗ってこなかった。
(仕方ない、パスか……と見せかけて)
青木は味方の方へ顔を向け、パスを出すように腕を構えた。だが愛奈がこれに反応する。パスコースをふさぐように身体を傾けた。
(何度も頭上を通されるのはイヤだよなぁ……だったら!)
パスの動作もフェイントにして青木は素早くしゃがみ、そして跳んだ。
「なっ――!」
だが、青木よりも早く愛奈が跳んでいた。まだ青木が腕を伸ばし切れていないタイミング、シュートを打つためボールの握りを緩めた瞬間――それは愛奈の背でもギリギリ届く高さ。全身をこれでもかと伸ばした愛奈の指先が、ボールに触れる。
「ぶろぉぉぉっく!」
パシッ! 愛奈の指先がボールを押し出し、空中に弾き飛ばした。
「愛奈っちもやるじゃーん!」
響華が愛奈に称賛を送る。
「青木もブロックされてんじゃーん」
「うっせ! 早くよこせ!」
ルーズボールは青チームの最後尾にいた選手が拾った。ブロックされたことを揶揄された青木は早くボールを回すように要求する。
「わかってるっ――?」
青チームの選手は青木にパスをしようとした瞬間、後ろから伸びてきた手に驚きの声を上げる。
「……おかえし。さっきの……」
青チームの最後尾の選手の更に後ろにいた伊吹が手を伸ばし、ボールを弾き飛ばした。
「速攻―っ!」
「あっ、てめぇ!」
いち早く愛奈が飛び出す。攻めに意識が向いていた青木は脇を抜けられた愛奈を追う形で一歩遅れて走り出す。
「行かせないっ!……ってウソ!?」
愛奈がボールを取り、ドリブルで青チームの陣地へ向かう。青チームの最後尾にいた選手が愛奈の進路をふさごうとするが、愛奈にワンステップで抜き去られて驚きの声を上げた。
「速い……だが追いついたっ!」
青チームの選手を抜くためにワンステップ踏んだ。それにより青木が愛奈の真後ろに追いつく。抜かれた選手も愛奈を追い、三人は青チームのゴール下まで走り――勢いのまま愛奈が跳んだ。
(レイアップシュートか! だが叩き落す!)
愛奈が空中で右手を高く伸ばす。青木もその手の上にあるボールを弾こうと跳んで――
「ボールが……無い!?」
愛奈の右手の上にボールは無かった。混乱する青木の脇にボールがあった。青木ともう一人の青チームの選手の間を縫うように。ゆったりとボールが後ろに放られる。
(左手首だけで、後ろにパスした!?)
後ろに振り返った愛奈と青木は目線があった。その顔にはイタズラが成功した子供のようなイジワルな笑みがあった。
(このチビ……やりやがったな!)
「……ナイスパス。愛奈……」
愛奈からのパスを伊吹は受け取った。青チームの二人は愛奈に釣られて跳んでしまった。フリーとなった伊吹は悠々とジャンプシュートを放つ。
自陣に戻って来た青チームの選手が懸命に手を伸ばすも、伊吹の手を離れて高く放たれたボールには触れられない。
「……左手はそえる――」
伊吹はドヤ顔を決め、ボールは綺麗な放物線を描き、そして――
ガンッ!
「だ、げっ……!」
ボールがリングに弾かれた。
完全に決まったと思い、有名なバスケマンガの決め台詞を呟いていた伊吹のドヤ顔が一瞬で崩れる。
「あーっ! わたしの完璧なパスがーっ!」
愛奈の顔も一緒に崩れた。
「ラッキー! ほいっ……と!」
弾かれたボールは攻め上がって来た響華の方に偶然にも飛んできた。それを拾い、響華もジャンプシュートを放つ。
パサッ、ときれいな音を響かせ、ボールはリングをすり抜けるように吸い込まれた。赤チームが二点を先取する。
「ナイスシュート! 響華ちゃん!」
「……や、やるじゃん、響華……」
「伊吹っちのスティールと愛奈っちのノールックパスの方が凄かったって!」
愛奈、伊吹、響華は互いの健闘を称えあい、笑う声が体育館に響く。コート中央付近まで上がっていた百瀬や試合を見ていた他のバスケ部員もつられて笑みをこぼした。
三人は自陣に戻って行くが、伊吹だけは一歩遅れていた。バツが悪いのか、髪のハネを手でいじっていた。
(チビのくせに……調子乗りやがって……! くそっ!)
「ほら! 速攻っ!」
青チームのゴール下、ボールを持った青木は即座にボールをコートの中に入れる。赤チームが悠々と自陣に戻ろうとしていて陣形が整っていないうちに、点を取り返すようにと青木は声を出す。
「ディフェンスーっ!」
青チームの動きを察知して百瀬が声を上げる。
「おおっ! あちらさんやる気だね。早く戻ろ、愛奈っち!」
「あ、うん……」
百瀬の声に反応して自陣に急いで戻る響華。だが愛奈は後ろを振り返り、歯切れの悪い返事をした。
「行くよー! はい、パースっ!」
青チームの選手たちがパスを回してラインを押し上げる。
「はーいっ、って、えっ!?」
青チームの選手が出したパスが弾かれる。それまで後ろを振り向かず、のろのろと自陣に向かって歩いていた伊吹が急に鋭く手を伸ばしたためだ。
「……手が痛い。もういい……」
強くボールが当たった伊吹はその衝撃からくる痛みに手のひらをさする。自分の仕事は終わったと言うように、ボールの行方は見ずに手のひらだけを伊吹は気にしていた。
「さすが伊吹ちゃん!」
こぼれたボールにいち早く愛奈が反応する。赤チームが自陣に戻っている際、伊吹だけは戻らずに青チームに紛れていたのを愛奈は見ていた。愛奈は自陣に戻りながらもカウンターの可能性を考えており、伊吹がその通りに動いてくれた。
パスをインターセプトされて浮足立つ青チームの選手を愛奈はドリブルで真っ直ぐ抜き去り、一気にゴール下まで攻め込む。
青チームのゴール下には悔しさと怒りをにじませた青木が待ち構えていた。
「またあんたか……!」
ゴール手前、愛奈は両手でボールを持ってブレーキをかけるように沈み込む。
(周りに赤チームはいない。こいつ一人、だったら……!)
愛奈が膝のバネを解放し、ボールを持ち上げながら勢いよく跳ぶ。愛奈は一人、パスを出す相手はいない。取りうる選択肢はシュートのみ。それを認識して一歩遅れて青木も跳ぶ。
(こいつの背ならシュートを防ぐのは楽勝! んっ……!?)
愛奈が頭上にボールを掲げて跳んでいる。背の高さを持ってそのシュートを上から叩こうとした青木。しかし、そこで青木は違和感を覚える。
「このチビ……遠ざかって……!」
「フェイダウェイじゃん! 愛奈っちやる~」
フェイダウェイシュート。それはディフェンスのブロックを避けるために後ろに下がりながら打つジャンプシュート。愛奈のシュートは青木の手の上を通り、そのままゴールに吸い込まれた。
「ふっふーん♪」
シュートが決まったことを確認し、意気揚々とする愛奈。だが――
「おっ!?……とととととぉ!」
フェイダウェイのため勢いよく後方に跳んだ愛奈。着地の瞬間、踵がズルッと滑り、体勢が崩れる。そのまま足をもつれさせて後方に、走る! 滑る! 止まれない!――
「……えっ!? ちょ、愛奈!?……」
「ふぎゃぁ!」
「……ぐえぇっ!……」
そのままの勢いで伊吹とぶつかり、二人まとめて床にズッコケた。
「伊吹っち! 愛奈っち! 大丈夫!?」
「いったぁ……ああっ! ゴメン、伊吹ちゃん!」
こけた衝撃から気を持ち直した愛奈。伊吹を下敷きにしていることに気付いて謝罪する。
「……愛奈、早くどく……! 重い! デカ乳め……」
下敷きにされてうつ伏せの伊吹。苛立たしげに上に乗っている愛奈に要求する。
「はぁーっ!? わたし、重くないし!」
〝重い〟それは年頃の女の子にとって最も言われたくない言葉の一つであろう。もちろん愛奈もその一人だ。
確かに自分が加害者であることは自覚している。しかし、それとこれとは話が別だと愛奈は憤慨した。伊吹の背中をぺちぺち叩きながら強く訂正を求める。
「絶対重くない! 重くないってば! ほらっ!」
「……ぐえっ、ぶえっ!……分かった、からっ。いいから、どくっ……!」
流石の剣幕に伊吹が折れた。上で暴れられてはたまらないと再び退くように要求する。
「もうっ! わたし……重くないし、普通だもん……」
ぶつぶつと文句を言いながら伊吹の上から降りる愛奈。
「ちょっとぉー! 愛奈っちマジで戻ってー! ゴール下ピンチだってー!」
二人がもみ合っている間に青チームがすでに赤チームのゴール下まで攻め込んでいた。
「ああっ!? ごめーん、響華ちゃーんっ!」
……だが時遅く、青チームのシュートがゴールネットを揺らしたとこだった。




